とあるちっちゃなファンタジー
長船 改
とあるちっちゃなファンタジー
その昔、地球と火星は長い長い争いのまっただ中にありました。きっかけはもはや両者ともに忘れてしまっていますが、それはどうでもいいこと。大事なのは、日常がこれ即ち戦争であるということです。
ある時、火星側の軍がとても巨大な建造物を立てているらしい事を、地球側は察知しました。これもひとえに、特別製望遠鏡による毎日の観察のたまものです。
「この絵は数か月前のものです。ご存知とは思いますが、我々の技術レベルではリアルタイムで情報を得ることが出来ず……。」
技術士官が言いました。年老いた、犬の技術士官で、定年退職も間近です。
地球の科学力は火星のそれに比べて遥かに劣っていました。
その代わりに、火星にはないものもありました。魔術や呪術、陰陽道といった魔法の力と、そして、言葉を喋る動物の存在です。この時代、人間や動物たちは、自然界に溢れている魔法の力によって、ごく自然に、他の種族の動物たちと言葉を交わす事が出来ました。ただ、それだけでは、とても火星の力に対抗なんて出来るわけがありません。
「よい。早く見せなさい。」
将軍がそう言いました。こちらは白髪の人間のおじいちゃんです。
技術士官から手渡された絵を見て、将軍の顔が強張りました。
「これは……扇風機か……!?」
そう。クレヨンで描かれたその絵の中心には、ひとつの扇風機がドデンと立っていたのです。絵で見るとちっぽけなものに見えるかもしれませんが、問題は、その絵の中に火星がスッポリと収まっていたことです。つまりその扇風機のサイズは推して知るべし、というわけなのです。
「扇風機!?」
「なぜ扇風機が……!」
この作戦本部に集まったいろんな動物や人間たちが、異口同音に言いました。しかし疑問こそ出ても、その答えまでは分かりません。
答えを求めようと、彼らの視線が将軍へと集中します。
将軍はあごに手を当てて考え込んでいましたが、やがて何か思い当たったように顔を上げました。
「たしか、2ヵ月ほど前から、月の動きに異常が見られていましたな?」
たしかに、以前から地球では、「月と地球との距離が、なぜかは分からないけれど少しずつ縮まっている」という報告がなされていました。将軍の言葉に、一同はぽかんとしながらコクコク頷きました。
「……読めました。これは、扇風機による風の力で、月を地球にぶつけようという火星の作戦なのでしょう。」
一同の顔色がサッと青ざめました。……正確には、顔が体毛でおおわれていて、顔色が変わっても分からない動物もいましたが、青ざめたのです。青ざめたんです。
「ど、どうするんですか……!? もし月がぶつかってくるなんて事になったら、我々の地球は……!」
「そうだ! ゴリラ隊とゾウ隊の合同作戦で、岩を投げつけてみてはどうだろう!?」
「そんなものじゃ役に立たん。やはり科学の力だ。火縄銃でバラバラにしよう!」
「隕石というものは地球に落ちる時に、かなり熱くなるらしい。ここはクジラ隊総出で潮噴きを敢行して、月を冷却するんだ。」
「それじゃ落ちる事に対処できてないじゃないか!」
あーでもないこーでもないと意見をぶつけあっています。まさに喧々諤々と言った作戦本部です。
その時、ガチャリと音を立てて作戦本部の入口の扉が開きました。その音にビックリした一同が一斉に扉の方を見やります。
そこには、ひとりの(一匹の?)亀さんが立っていました。亀さんはゆっくりゆっくりと中へ入ってきます。その姿を見て、将軍の眼がカッと見開きました。
「だれだお前は! 出ていけ!」
そう言って、若い人間の将校が亀さんを追い出そうとするのを、将軍は思わず叱責しました。
「こら! そんなことを言っちゃいけません! この方をどなたと心得るのですか!
この方は、この地球に語り継がれる伝説の仙人、亀法師さまなのですよ!」
ズガガガーン!という効果音と共に、一同は仰天しました。まさか目の前にいらっしゃるのがあの伝説の亀法師さまだなんて、夢にも思わなかったからです。
「おや、ワシって有名?」
亀法師さまは穏やかそうな雰囲気でそう言いました。
その時、どこかから声が上がりました。
「あの……一度聞いてみたかったんですが、なんで仙人なのに亀 “法師”さまなのですか?」
「だって、わし、武術の神様じゃないもの。」
「あ、そうですか……。」
将軍は声のした方をチラリと見ると、メモ帳に「あいつは1週間、おやつ抜き」と書いて、亀法師さまに向き直りました。
「お久しぶりでございます。亀法師さま。」
「うむ。元気にしておるようで何よりじゃ。」
「亀法師さまこそ、お元気そうで。ところで、今日はいったい何の御用で?」
「知っておるぞ。火星の者どもの作戦は。」
「な、なんと! では、やはり月を?」
亀法師さまは鷹揚に頷いて、懐から一枚の地図を取り出すと、中央の卓に広げました。
それは、とある地方の地図でした。この作戦本部から、そんなに遠くはないところです。
将軍はその地図に、一ヶ所だけ鉛筆で星印が書かれているのに気付きました。
「法師さま、この地図はいったい? そしてこの印は……?」
「お前も知っておろう? このワシの力を。」
「と、言う事は……。これは、星詠みの力によるもの、予言を示すものなのですか!?」
一同が一斉にざわつき始めました。彼らは、亀法師さまの力を知らなかったのです。歴史に残るすごい人なんだなぁ、というくらいの認識だったのです。
しかしそんな一同を尻目に、将軍はいたってシリアスです。
「いったい、この印が描かれている所に何があるのですか? 今回の火星の作戦を打ち砕くカギになるようなものがあるのですか?」
亀法師さまは、その言葉を聞いて、ズズイッと身を乗り出しました。そしてたっぷりと将軍の目を覗き込んで、さらに周囲をゆっくりと見回しました。
亀法師さまは手招きをしました。もっと近くに寄れ、という合図です。
一同は亀法師さまをグルリと囲むようにして近寄りました。将軍に至っては、卓の上に身を投げ出してまで、亀法師さまに近づいています。
亀法師さまは口元に手を当てて、ぼそぼそ声で言いました。
「……聖剣じゃ。」
『……聖剣?』
「さよう。そして、その聖剣のもとに勇者がやってくるはずじゃ。今から2~3日の間に。それが視えたのじゃ。」
『勇者……聖剣……?』
まさかのファンタジーな展開に、一同ついていく事ができません。
将軍がみんなを代弁して質問しました。
「あの……法師さま? それは……マジですか?」
「……大マジじゃ。」
「聖剣に……勇者……?」
「聖剣に勇者じゃ。」
「それが……月をなんとかしてくれると……?」
「その通りじゃ。」
「…………。」
『……うそだああああああ。』
亀法師さまを除く、全員の声が綺麗にハモりました。
とは言え、尊敬してやまない亀法師さまの予言を聞かないわけにはいきません。将軍は急いで部隊を編成しました。
そしてそれから2日後、将軍と亀法師さまを含めた一行は、地図に記された目的地へと到着したのです。
「法師さま。ここで間違いないのでしょうか?」
将軍が言いました。
「うむ。ほれ、あそこに何か見えんかな?」
亀法師さまが指さした先には、なにやらこんもりとした砂山のようなものがありました。そしてそこには、予言の通り、一本の聖剣らしきものがぶっ刺さっていたのでした……!
「あ、あれが……聖剣……!」
すると、一行のうちのひとりが、鼻息荒く前に進み出ました。ゴリラの中尉です。
「将軍! 本当にあれは聖剣なんでしょうか? 私がちょっと行って確かめてきましょう!」
将軍が止めるよりも早く、ゴリラ中尉は走り出して聖剣のもとへと向かうと、聖剣の柄をむんずと掴み、力いっぱい引き抜こうとしました。
「どりゃああああ!」
しかし、聖剣はまったく動く気配を見せません。
「ぬおおおおぉぉぉぉうぅおうおう!!」
顔を真っ赤にしながら(という雰囲気で)ゴリラ中尉は力をさらに込めますが、それでも結果は変わる事はありません。とうとうゴリラ中尉は、聖剣を引き抜くことを諦めてしまいました。
しょんぼりとした様子でゴリラ中尉が戻ってきました。すると、彼の体から何か妙な匂いが漂ってきました。
「なんだ、この妙に甘い匂いは? どこかで嗅いだことのあるような。」
誰かが言いました。しかし考えても、誰も答えを出せませんでした。
将軍は彼らをスルーして、亀法師さまに問いかけました。
「それで法師さま。いつ、その勇者さまはやってこられるのでしょうか?」
それに対して、亀法師さまは呑気に答えました。
「これからかもしれんし、すでに去った後かもしれん。なにせ、素早いやつじゃからのう。」
「そこに聖剣がある以上、勇者さまはまだ到着されていないのでは?」
「ワシは『聖剣のもとに勇者がくる』とは言ったが、引き抜きに来るとは言っておらんよ。ここの名物のお団子を買いに来ただけかもしれんし。」
「普通、勇者が聖剣を抜かずに帰ったりはしないのでは……? まぁそれはともかく。
ならば……、月が落ちてくるのはいつか分かりますか?」
亀法師さまはキョトンとしました。
それを見て、将軍もキョトンとしました。
さらに一行もキョトンとしました。
みんなキョトンとしました。
「……言ってなかった?」
「……はい。」
「ありゃま。」
しまった、という表情を浮かべて、亀法師さまは天をちょいちょいと指さしました。その指につられるようにして、みんな空を見上げました。
そこには巨大な月がありました。よーく見えました。そりゃあもうクレーターが肉眼で見えるくらいにハッキリと。
「今来とるよ。」
『遅いわああああああ!!!!』
その場にいる全員から大ツッコミの声があがりました。
「ほ、ほ、法師さま!! こここ、こんな状況じゃあ、勇者さまが来る前に、月がおおお落ちちゃいますよ!!」
「そう言われてものう。ワシが見たのはあくまでも勇者がここに来る映像だけじゃし。」
「いやいやいやいや! 月となにか関係があるんじゃないんですか!?」
「そりゃあハッキリと言えるよ。『たぶん』じゃと。」
「法師さまあああああ!!!」
一同はパニックになりました。
ゴリラ中尉は石を月に向かって投げつけています。
おサルさんの兵士は無駄に木登りしています。
犬の技術士官は遠吠えをし、アリの軍隊はラインダンスを踊り始めています。
その近くで、若い人間の将校はなぜか火縄銃を分解し始めました。
亀法師さまに至っては、甲羅の中に自分の体を収納してしまいました。何気に自分だけ助かるつもりのようです。
将軍は空に向かって叫びました。もうダメだ。地球はおしまいだぁ。
……その時です! 一陣の荒ぶる風が、遥か彼方からとんでもないスピードでやってきたのです! その風は将軍たち一行を瞬く間に追い越すと、聖剣の前でピタリと留まりました。
一行はパニック状態のままです。その中にあって、将軍だけが、その風に気付きました。
「…………?」
将軍は注意深く、その風を見つめました。すると、その風の中から一本の腕がにゅっと出てきて、聖剣の柄をぐっと握りました。
ぽんっ!
と、妙に小気味のいい音を立てて、聖剣はあっさりと引き抜かれました。と言う事は……これが、亀法師さまの予言にあった……?
「ゆ、勇者さま……!?」
「誰だぁ? おいらを勇者だなんて呼ぶのは?」
風の中から声が聞こえてきます。
「そりゃあまあ、この地球を助けるって意味じゃあ勇者かもしれないけどよー。そうやって持ち上げられてもなぁ。それにさ、ここに来るまでにさ、おいら何度もスピード違反で捕まっちゃってさ。免許停止がどうのって言われるし、っていうかおいら自分の足で走ってたのに免停ってどういうこと? 走るなってこと? やってらんねぇ~。」
やたら愚痴の多い勇者さまです。
「まぁそんなわけで、おいらはこの星になんの未練もないんだよ。聖剣も手に入ったし、これからはおいら、好きにさせてもらうぜ。」
その言葉に将軍の顔がサッと青ざめました。
「ま、まさかこの地球を壊してもいいと思っているんですか!?」
抗議の声を上げて、将軍が風をまとった勇者さまに詰め寄ろうとすると、勇者さまは土で汚れた聖剣を、将軍の鼻先につきつけました。なぜかほんのり甘い匂いがします。
「ちっちっちっ。いくらなんでも故郷を壊すなんて選択肢はないぜ。おいらがやるのは……。」
そう言うと、勇者さまは今や地表にぶつかる寸前の月に向かって歩き出しました。
月の落下による衝撃波は、思い出したかのように、一行を吹き飛ばしていきます。いや、ゴリラ中尉だけはその衝撃波に耐えていました。しかも将軍の盾になるようにして立っています。見上げた忠誠心です。
将軍はゴリラ中尉の背中に守られて、事の成り行きを見守るしかありませんでした。
衝撃波は、勇者さまのまとった風をも吹き飛ばしていきました。少しずつ、少しずつ、露わになっていく勇者さまのお姿。
空に向かってピンと立った長いお耳。ズボンのお尻部分からは、丸いしっぽが飛び出ています。そしてもふもふの白い毛並み。
そう、勇者さまの正体は、うさぎだったのです!
うさぎの勇者さまは、聖剣を持っていない方の手で落下する月を受け止めました! しかも難なく!
そして、手にした聖剣を逆手に持ち替えました。聖剣も、衝撃波によってまとわりついた土が剥がされて、その真の姿をさらけ出していました。
聖剣は、人参でした!
そしてうさぎの勇者さまは、人参、もとい聖剣を、月にぶっ刺したのです!
「この聖剣はさ、月にぶっ刺せば、いつでも人参を収穫できるっていうスグレモノさ!
これでおいらは、これから食うものに困らないってわけよ。」
なんとも生活感にまみれた台詞を吐くと、勇者さまは将軍の方を振り向きました。
「今からおいら、月に移住する。おいらの遠い親戚やネトゲ友達が住んでてさ、ちょうど会いたかったし。あ、火星の方は心配しなくてもいいぜ。少なくとも、月はもう地球に落とせないからさ。」
この世界の地球の科学力では存在しえないワードが出てきましたが、将軍はそれ以上に、月がもう落ちてはこないという言葉に耳を疑いました。
「それと、あんた、亀じいちゃんの知り合いだろ? じいちゃんに言っておいてくれよ。 じいちゃんがおいらのご先祖様と追いかけっこした時に、ご先祖様に遅効性の魔法をかけて眠らせたの、おいら知ってるからな、ってさ!」
衝撃の暴露をするやいなや、うさぎの勇者さまは、月を思いっ切り天に向かって蹴飛ばしました! そしてそのままジャンプして月に飛びつき、大地をしっかと踏みしめました。ちょうど、地球の大地に立っている将軍たちとは逆さまの状態です。
月はぐんぐんと、猛烈な勢いで地球から離れていきました。
かくて、火星軍の作戦は失敗に終わったのです。
実は巨大扇風機作戦は、火星軍の最後の策でした。これに失敗した火星軍に、新たな兵器を生み出すだけの資源やエネルギーは残されていませんでした。ただ、一旦動き出した巨大扇風機を稼働させ続ける事は簡単でしたので、それからも巨大扇風機は回りっぱなしでした。火星軍にも意地があるというわけです。
そして、風を起こす際に放たれる熱は、寒い環境下で生活する火星の人たちにとっての新しいオアシスとなり、特にその熱を閉じ込める事に成功した小屋の数々などは、人気の観光スポットとしてとても賑わったそうです。
地球はと言うと、元から火星の攻撃にギリギリ耐えるくらいの科学力しか持っていません。なのでこれまで通り、人間と動物たちと、仲良く暮らしていきましたとさ。
めでたしめでたし。
おまけ。
「そういえば法師さま。」
「なんじゃ。魔法の件なら忘れたと言ったはずじゃぞい。」
「いえいえ、そうじゃなくて。」
「ふむ。」
「勇者さまは、なぜ月がもう落ちてこないと断言されたのでしょうか?」
「その答えはすぐに分かるわい。」
「なぜですか?」
「ほれ、空を見てみい。」
将軍は空を見上げました。空には綺麗な満月が浮かんでいます。
「うーん、満月ですね。あそこに勇者さまがおられるわけですね。
しかし、答えというのは?」
「分からんか?」
「はい?」
「ほれ、あそこじゃ。」
将軍が目を凝らして見てみると、2匹のうさぎらしいシルエットがぺったんぺったん餅つきをしているのが分かりました。
「あれって、もしかして餅つき……ですか?」
「そう、餅つきじゃ。あやつは、あの餅をつく衝撃でもって、火星からの風に対抗しているわけじゃな。」
「……マジですか?」
「マジじゃ。」
「……勇者さまの伝説を語り継ごうと思ってたけど……やめようかな……。なんかどれも伝説っぽくないし……。」
「それはワシの役目じゃないわい。好きにせい。」
ほのぼのとお茶をすすりつつ、ふたりはお土産に買って帰ったお団子を頬張るのでした。
おしまい。
とあるちっちゃなファンタジー 長船 改 @kai_osafune
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