プリンセスは屋上で
華乃国ノ有栖
1.『お姫様』
『「光るに、美しいに、姫?この字でオーロラって読むの?」
「え~、読めないよね?」
「オーロラちゃんって呼ぶより、姫ちゃんって呼んだ方が可愛くない?」
「あー、確かに~~。」
今思うと、この言葉が全ての終わりだった。
姫ちゃん、で済んでいたなら良かったけれど、歪みに歪んだ結果的に『お姫様』になった。
私自身はいたって普通にしていたつもりなのに、名前の所為で怪異の目を向けられた。
本来なら誰の目にも止まらないはずの顔は、名前とセットで覚えられた。
そして、必ずこんな呪いのような言葉が付きまとった。
「あの顔で、オーロラ姫?」
名前なんてどうしようもないことなんて分かっているんだろうけど、それでもやっぱり皆私を避けた。
当然だと思う。だって、そんな名前を付ける親の子供がまともなわけないから。
私は普通にしてるつもりだけど、やっぱりどこか違うんだろうね。
グループ学習や体育の時間、部活に、それから修学旅行。絶対的に私と行動を共にしないといけないとき、どこか変な目で見てきたこと、忘れてないよ。
それに心の中で思ったでしょ、『お姫様と一緒だ』って。
忘れてないって言ったって、別に私はそれを恨んでない。仕方ない、とは言いにくいけど私もその立場だったら同じようにすると思うから。
話がズレちゃってごめん。私が今こうして書いてるのは何かって言うと、まぁ予想を裏切らずに遺書的なもので。
突発的に死ぬか、じゃあ遺書書かなきゃいけないか、って書きだしたものだから、まとまりがないのは許して欲しい。
そこまで勢いで書いたところで、パキンという音と共にシャーペンの芯が転がった。
芯と共に集中力も折れたらしく、息を吐きながら改めて読み返してみる。自分に酔ったような言い回しや、誰に向けてかもわからない話口調が目について読めたものではない。
そのことを自覚した瞬間、猛烈な恥ずかしさが襲ってきて書き途中のノートの切れ端をぐしゃぐしゃと丸めた。
今日も自殺、失敗。そう胸の中で小さく呟き、どこか腑抜けた声を上げながらそのまま倒れ込んだ。
スカートを舞い上がらせる強い風、視界一杯に広がる憎らしいほどの青い空。光美姫以外に誰もいないこの場所は、教室に代わる彼女の居場所だった。
もうあれは何時だったか覚えていないけれど、今日みたいに突発的に死にたくなった日。まだ夏服を着ていたから、春か夏。まだ若干肌寒かったから、春だろうか。
いっそのこと色んな人に見られながら死んでやろうと思い、屋上に上がろうとした。
アニメや漫画ではあるまいし、本気で入る気はなかったのだ。今思えば、死にたいという気持ちを抑え込めるため、『死のうとした』という形を取りたかったんだと思う。
妙に清々しい気持ちで屋上へと続く階段を上がり、絵にかいたような鍵が何だか無性に面白く思えたのが鮮烈な記憶としてこびりついている。
まさか空くわけもないよなぁ…なんて思いながらヘアピンを指すと、確かな手ごたえがあったことも。
拍子抜けしてしまうくらいにあっさりと屋上に侵入できてしまった訳で、それからというものの何となく『死にたいな』と思ったときはいつもここに足を運んでいた。
といっても、あまり頻繁に来てしまうと目を付けられかねないため、来ても月に一二回。
勝手に不良のレッテルを張られている為、それくらいの頻度で授業を抜け出したって何も言われない。その事実がまた、光美姫の脚を屋上へと向けさせた。
今日は珍しく、遺書を書く段階まで来たのだ。いつもなら、『閉塞的な教室から開放的な外に来た』という事実だけである程度は気持ちも軽くなり、数時間分サボったら満足できる。
でも今日は、中々鬱屈とした気持ちが拭えない。自分でも驚くくらいにテンションこそは上がっているものの、全体的に黒い靄がうっすらと立ち込めているような、そんな感覚。
勢いだけでペンを走らせてみれば、遺書がこんな容易く書けてしまうということにも更に驚きだ。
そんなこと、ある?なんてまるで他人事のように思いながら目を閉じた。
名前のせいで損しかしない人生。『名前なんて関係ないよ!』とか言って友情ごっこする優等生も、『光美姫って何?調子乗ってんじゃないの』って虐めてくる典型的な奴も周りには一人もいなかった。これを幸と見るか不幸と見るかは人次第かもしれないけれど。
ここ一週間くらいは家に一人きり。親は今頃若い男の腕の中だろうか。きっと今ここで飛び降りたところで、悲しむ人もいない。地方紙のすみっこに名前が小さく乗せられてきっと終わり。今時高校生の自殺なんて珍しくもなんともないんだから。
留まることを知らない負の感情に操られるようにして、足が一歩、また一歩とフェンスの方へと動いていく。
遺書の一枚も残ってないけど、もう飛び降りちゃってもいいかな?いじめが無いのは───というよりは、自殺の原因は火を見るよりも明らか。
もういっか。
ぽつり、とその言葉が唇から零れだした。すると糸が切れたように抵抗しようとしていた気持ちが消えていく。
フェンスに足を引っかけ、よじ登って超えようとする。嫌でも視界に映る周りの市街。名前も分からないくらい遠くの街の家々まで見えて、それがこの場所の高さを示すようだった。
でも意志を固めてしまったんだから、とまた腕を伸ばそうとする。
あと少しで乗り越えられるというところ。その時、後ろから人の声が響いた。そんなの、ある訳がないのに。
「待って、渡辺さん!」
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