第5話 一皮むけました。

結婚記念日を境に、なんか私達はぎくしゃくとしていた。


「ごめん。本当にごめん」と平謝りする雄也。


別に仕事だったんだからそんなに謝らなくたって。私だって聞き分けのない子供じゃないんだから。

それとも何か後ろめたいことでもあるの?


それを聞き出す勇気なんてあるわけないじゃん。だって………雄也の事。信じてるもん。


て、そんなことを愛子さんにいうと。

「ああ、それってさぁ―。お互いに疑い始めてるっていうかさぁ。あなたの方が疑い始めちゃってるんだよきっと」

「嘘! そんなことないよ!」


「そぉお? 何か自分に言い聞かせてない? 信じてるよ。なんてさ」

ギクッと胸を刺された感じだった。


その通りだ。自分で自分に言い聞かせている。……自分がいる。


「疑い始めるとさ、止まらないんだよね。それにさ、なんかもやっとしたのが生まれちゃって来るんだよね」

「もしかして愛子さんもそんなことあったの?」


「あはは、私達? もうそんなのとっくに過ぎちゃったわよ」

過ぎちゃったって。て、いうことはあったんだ。


「まっこれも夫婦としての通過点かもね」

にんまりと意味ありげに笑いながら、応える愛子さんがなんか不気味だ。

そんな会話をしていると。



「おい上野!」

と編集長が私を呼んだ。


びくっとした。また身に覚えのない? と言いうのか。ミスしたんだろうか?

脅えながら頭を下げて、ゆっくりと編集長のデスクへ向かった。


「なんだよその元気なさげな姿は?」

「あのぉ――。もしかして私何かまたやらかしました?」


「はぁ―、上野何かお前やらかしたのか?」とにんまり笑いながら編集長は応えた。

プルプルと顔振って「やらかしていません!」と答えると。


「ほれ。これ新企画の資料。今回お前が担当しろ」

わたされた資料の表紙には「百合企画」と書かれていた。


「えっ! な、なんで私なんですか?」

「適任だろ」

「て、適任って……私そっちの趣味無いんですけど」


にんまりとしながら編集長は「今週中に作家5人ピックアップしていてくれ」そう言いながら私から視線を外した。

そうなれば、用事は済んだ。ということを意味している。


自分のデスクに戻ると、愛子さんが資料をひょいと取り上げ。

「へぇー百合企画ってうちじゃ珍しいわね。いよいよそう言うのにうちも手を出してきたんだ」

「あのう、愛子さんなんか面白がっていません?」


「うんうん、面白そうだよ。あ、そうだ春日先生にも声かけよっか」

ジトっと愛子さんを見つめながら。


「春日先生って不倫専門じゃないですか。百合路線いけないでしょ。やばいの書いてきますきっと」

「あはは、確かに言えてる。でもねぇ、この前ちょっと聞かれたんだ。上野さんどうしてるって」

「それってどういう意味なんでしょうね?」

「なんだかさぁ―、寂しがっていたよ彼。麻奈美に会えなくてさ」


「いやいやそんなことは無いでしょ。愛子さんとは良好なんですから。今更私なんか」

「そうかなぁ。そうでもないと思うんだけどなぁ。私って春日先生より年上じゃない。なんかちょっと遠慮って言うかそんな感じがするんだよね」


遠慮って何だろう?


「それにさぁ、本当は春日先生から頼まれてたんだ。麻奈美に取材したいって」

「取材って……何?」


「結婚二年目の浮気についてだって」


「はぁ―? 浮気? 私そんなことするわけないじゃないの?」

「んっ! でもさ、浮気って夫婦。つまりはさ妻だけじゃなくて、旦那についても言えるわけだよね」


「旦那って。雄也が浮気するはず……」

なぜか、そのあとの言葉が続かなかった。


「まっ、別に断りたきゃ、私からそれとなく言っとくけど」

春日先生。担当していた時からちょっと警戒バリアーを這っていたことは確かだ。


でも、今は直担当ではない。その春日先生から『浮気』の取材。

してないから取材にもなんないと思うけど。断ろうとした時私のスマホにメッセージは送られてきた。


雄也♡:「ごめん。今晩かなり遅くなりそうだから、先に休んでいていいよ。夕食もすませておくから大丈夫」


はぁ―またか。最近多いよなぁ。お仕事そんなに忙しんだ。

麻奈美:「わかったあんまり無理しないでね」と返信したら、そのあとは何も返ってこなかった。


「はっ」思わずあきれたようなため息が口から洩れてしまった。



「で、どうするの?」愛子さんから返事を聞かれた。

思わず私は……。



「いいよ」と答えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る