第32話 魔法の授業①
剣術の授業で上級生を救護室送りにした次の日のこと、アレクは生徒たちからは密かに戦闘狂と言われるようになっていた。
しかし悲しい話だけでもなく、サラなどはアレクの強さにもはや崇拝するほどに憧れたようだ。残念ながら恋愛感情にまでは届かなかったものの、サラから父親と並んで尊敬する存在へと昇格したことは僥倖であろう。
アレクも美少女一人に好かれるのであれば他の者たちと距離を取られても以下仕方ないと考えるようになった。
そうしたサラの様子を見ていたアイリーンは、サラがアレクに対して恋愛感情を持っていないことに安心していたようだ。一応、男爵令嬢であるサラが王国の第一王子に懸想したとあれば、婚約者のアイリーンがいるだけに大問題となる。したがってアイリーンがアレクにわるい虫がつかぬよう目を光らせておくことは大事なことであるのだ。
それはそれで、アイリーン自身もアレクの予想以上の強さに驚き、アレクの事をもっと好きになった。カインとの試合で互角に渡り合い、しかも魔法で瞬殺したのだ。自身の祖父のように強い
「アレク様、割と、いえ、本当に…素敵でしたのね」
アイリーンは表面的にはアレクを恋慕う乙女のような態度で接してはいるものの、まだ恋というより、婚約者としての義務感の方が優先するアイリーンにとって今回のアレクの実力は懸想までには届かぬものの、それなりの好印象にまでは到ったようだ。
しかし、アイリーンは昨日のカインの事で少し心配になっていた。
それはアイリーンが幼少の頃、
幼なじみのカインが自分に優しくしてくれることを知ったあたりから
アイリーンは日頃のストレスを発散すためにカインに対して様々な悪戯を仕掛けていったようだ。カインがやり返してこない分、ますます調子に乗ってしまったのだろう。
そして悪戯しているうちにとうとう次の
アイリーンはそういった黒歴史ともいうべき過去を持っていたため、カインとの思わぬ再会に驚きながらも、同時に調子に乗って悪戯してしまった過去を思い出してしまったのだ。
さすがにカインをいじめていた過去がアレクにバレるのはよろしくないと考えて昨日のような反応をしてしまったわけだ。カインがアイリーンのことを好きだということは理解しつつイジメていたのでヒロインの割になかなかの悪役令嬢ぶりである。
または性悪令嬢ともいえる。
さて、本日は魔法の授業である。
入学した最初の頃などは魔法の授業といっても座学のみで、なかなか魔法を使わせてもらえないものだ。ここで我慢して魔法の基礎論を学んでおけば、しばらくしてようやく簡単な魔法を使う実技が始まるのだが、やはり例外というのはどこにでもいるものだ。
一年生の中でもすでにアレクとアイリーンの魔法は群を抜いており、なんと上級レベルにまで達しているため、昨日の剣術同様、上級生と共に実技を含めた魔法の授業を受けることになったのである。
ただ、今回サラの方は魔法が苦手だったために一学年(貴族)必須科目である魔法基礎理論の授業を受けている。
ということでアレクとアイリーンの二人は魔塔と呼ばれる魔法科の校舎に来ていた。
五角形の校舎は共通の魔法の授業や修練場があり、現在一年生の授業を行っている。
魔法科の校舎には校舎を中心にして五つの魔塔が建っている。各魔塔ではそれぞれの属性に分かれて授業を行なっており、属性の頂点に立つ宮廷魔法師が魔塔主として管理している。
アレクは全属性の魔法を扱えるのだが、今回はアイリーンが水の魔法属性の持ち主なので、アイリーンと共に授業を受けるべく水属性魔法の塔へと向かっていた。
水の魔塔というのは分かりやすく水色の建物で、天空に届くかと思えるほど空高く長く伸びた塔である。
二人が塔の中に入ると、一階の中央には大きな噴水があり、たくさんの水玉がふわふわと浮かびながら円を描き、噴水の周りをまわっている。
「うわあ、綺麗だなあ!」
「そうですわね」
いかにもファンタジーな景観にアレクも思わず感動する。アレクは噴水に近づくと水玉に触れたりして遊んでいた。そしてそんなところに二人を迎えに来たであろうフラン先生がやってきたのである。
「えーと、アレク王子とアイリーンさん、ようこそ水の魔塔へ」
「あれフラン先生が担当なんですか?」
「あ、ええ、はい、私がお二人の魔法の担当者として決まりました。よろしくお願いします」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってアレクとアイリーンはペコリとお辞儀した。
「それではあなたたちの教室に案内しますね」
そう言ってフラン先生は案内してくれた。
魔塔は中心に螺旋状の階段があり、各々ラボと呼ばれる魔法師専用の研究室がある。フラン先生の後をついて行く二人はその階段を登りに登って、二十階あたりでようやくフラン先生の研究室にたどり着いた。
「これ、何階まであるんだ?」
「そうですね、おそらく50階ほどかと思います」
「え!?そんなにあるの?」
「ええ、結構な数の魔法師がいますからね、宮廷魔法師の研究室もここにありますから」
「へええ!それはすごいですね!」
フラン先生と話しながら研究室に移動すると、アレクたちの目の前には、扉に可愛らしい黄色の花の木札にフラン先生の名前が彫ってある。
なんともファンシーな雰囲気の扉なのだ。
「さあ着きましたよ」
扉を開けると部屋の中は書類の束と本がそこらじゅうに積み上がっており、なにやら理科室で見た事のあるようなビーカーとフラスコみたいな実験用の道具などが作業台の上に乱雑に置かれている。
アレクは記憶から魔女が大釜でなんか怪しい薬みたいのを作っている時の雰囲気に似ているなあと思うのであった。
「ち、ちょっと散らかっていますけど、どうぞ入ってくださいね」
フラン先生は散らかった資料やら本やらをとにかく無心になってかき分けながらつき進んでいった。アレクとアイリーンも仕方なく後をついて行く。
フラン先生は積み上がった本の台となっていた丸椅子を二つ取り出してアレクとアイリーンの前に用意した。
「それじゃあ、二人ともこの椅子に座ってください」
アレクはそのまま座ったが、アイリーンはハンカチの椅子の上にのせてから慎ましく座った。たしかに椅子に埃がついておりアレクのお尻はすでに埃で真っ白になっている。
「そ、それでは授業をはじめます。まずはポーションの作り方から始めましょう」
「え?ポーションですか?」
「はい、水属性の魔法師の多くはまずポーション作りから始めます。薬草を煮出して魔力を込めながら掻き混ぜます。そして薬の色が変わったら瓶に移して終了です」
「あ、はい」
アレクとアイリーンはいきなりポーション作りの実習に取りかかることになった。しかしアレクとしては意外だったようで、幼少の頃よりガルシア翁の指導のもと、水魔法といえばホースのように水をドバドバと出す修行をしてきたために魔法の修行イコール攻撃魔法の訓練というイメージが強かったようだ。
まさか水魔法の基礎がポーション作りだとは思いもしなかったようである。
フラン先生の説明の後、アイリーンはフラン先生が用意してくれた実験用ビーカーと小さな鍋、そしてかき混ぜ棒と薬草などの用意された道具の確認した。
そしてフラン先生の指導を受けながらポーション作りを始める。
まず鍋に水を入れ、アルコールランプに火をつける。
薬草を手でちぎりながら鍋に入れてそれからはずっと魔力を込めながらかき混ぜるだけだ。
ただアイリーンは以前から何度かポーション作りをしたことがあるらしく魔力の込め方も安定していて手慣れた感じで作っていた。
アレクもアイリーンのやり方を見ながら真似するように作る。
(これって初歩レベルの実習なんだよな)
アレクは上位魔法の訓練はしたことがあるものの、意外にも初歩レベルの魔法をしてこなかったことに内心、複雑な思いを寄せていた。
(俺の修行ってどこまでが正しいんだ?)
アレクは自分が剣と魔法のチートであることは理解しつつも、意外に魔法の知識や能力は穴だらけなのかと不安に思ってしまう。
確かにその通りだった。
アレクも幼少の頃から魔法理論よりも実戦の方を重視して覚えてきたため、座学と実技のバランスが悪かったようだ。
「さ、アレク様、手が止まってますわよ?」
「あ、うん、ありがとう」
アレクはアイリーンに促されたため、かき混ぜ棒を手に持って鍋の中をかき混ぜた。
(ま、今更考えても仕方ないよな。今から覚えれば良いだけだし)
アレクは気持ちを切り替えて魔力を込めながら真剣に棒でかき混ぜる。
まぜまぜ。
まぜまぜ。
まぜまぜ……。
ひたすら混ぜること20分。
(け、結構退屈だ……)
アレクが早く終わってくれと面倒臭そうにポーションを作っているとフラン先生が声をかけた。
「そろそろ出来上がりますね。もう少しで色が変わりますので色が変わったら隣りの瓶に移してください」
フラン先生がそういうと本当にすぐ色が変わってきた。慌てて鍋を火から離して瓶に出来立てのポーションを移した。
出来立てポーションはなめらかな薄緑色で少し光っていた。
「ポーションが冷めたら蓋を閉めて完成です」
そしてフラン先生は胸ポケットからスポイトを取り出すと、次にアレクとアイリーンの出来立てポーションの効能検査を始めた。
なにやらリトマス試験紙のようなものにポーションを垂らしている。
フラン先生は手に持ったカラーパレットを見ながら二人の作ったポーションの効能がどのあたりかを見ているのだ。
アイリーンは高位ポーションだったみたいでフラン先生が「スゴイです!」と褒めていた。
アレクの作ったポーションはカラーパレットには載っていないようで、フラン先生があれ?みたいな顔をしている。そして本棚にある他の資料などをもってきては色々調べてくれた。
そしてフラン先生が一冊の古い魔導書の本を読んでいる時にようやく答えが見つかったようだ。
答えを見つけた時、フラン先生は何やら興奮しており、一人だけ大騒ぎしている。
「こ、これはひょっとして、ば、万能治療薬、エ、エリクサーと呼ばれる伝説の秘薬かもしれません……」
「は?」
「ちょっと他の先生方に確認してみないと分かりませんが、伝説のエリクサーについて書かれている資料にはこのアレク王子が作られたポーションの色と同じ色をしています」
(マジか!)
アレクは実感がなかったのでポカンとしていたが、アイリーンは興奮して「アレク様!素晴らしいですわ!」と騒いでいた。
「アレク王子、よろしければこの薬をこちらで預かってもよろしいですか?」
「あ、はい、良いですよ」
「あっ、ありがとうございます!それでは結果が分かり次第お伝えさせていただきますね」
そう言ってフラン先生はアレクの手作りポーションを鍵付きの棚に入れた。
そして三日後、
アレクは伝説の薬を作る薬師として新しく魔法師の名簿に登録されるのであった。
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