第1話-11
三十分もするとハンバーガーの包みをどっさり買い込んだレイと仲間二人が戻ってきた。清らかだったコンクリートの空間は濃いチーズのニオイであっという間に台無しになる。
「お、多いな……」
「ここのダブルチーズバーガー美味いんだよ〜」
「そ、そうか」
「おじさんたち一応神父だけど肉食べちゃいけないとかない?」
レイは膨らんだビニール袋の一つを魔祓い師たちに手渡した。
「我々は食事制限はない。時期にもよるが……」
「へー、そうなんだ」
「制限があると思ってたのか」
「だってなんか神父さんってお堅いイメージあるから。食事もそうかなって」
「まあ、堅そうな印象については否定しない」
ガサガサと袋を開けレイは早々にハンバーガーに
「やっぱお祈りするんだ?」
「そりゃあな」
「お前は祈らないんだな」
「悪魔だもの」
「まあ、そうだな」
「食べながらで良いや。おじさんたちに昔話してあげる。デイヴィットの話とか、この街の由来とか」
「む、頼む」
「そうだなぁ。火の一族は古い神の末裔って話は知ってるようだから、そこは飛ばして良い?」
「いや、もう一度聞きたい」
「あら、そう。じゃあ最初からか……」
短時間でハンバーガーを食べ切ったレイは二つ目に手を出しながら説明を始めた。
「サンセットヒルシティ、名前の通り太陽が沈む街。本来は古語で太陽が地に落ちた場所って地名で、アメリカ独立戦争時代に現代語に直されてる。地に落ちた……墜落したってのは比喩で、太陽の化身である炎の知性体が降り立った場所なんだ。俺たちのご先祖様はずっとここである物を守護してきた」
「守護?」
「うん。通称地獄の門。別の次元へのゲートの一つだね」
「ぐっ……なんだと!?」
思わぬ情報に魔祓い師たちは危うくハンバーガーを喉に詰まらせるところだった。
「そんな物がこの街にあるのか!?」
「あるよ。デイヴィットがこの街を牛耳ってるのはほぼオマケで、本来の使命はこの門の守護。まあつまり、俺たちは異次元へのゲートを守る門番なわけ。ちなみにゲートも門番もこっちの次元からは見えないよ。向こう側だね」
「なるほど……」
「白人がアメリカ大陸を支配する頃には悪魔になってしまったけれど、それまで俺たちは神の末裔だった。だからまあそんじょそこらの悪魔とは訳が違う。概念的に若干弱体化したけど神の末裔って言うのは嘘じゃない。デイヴィットはその直系の子孫。存在強度が違うんだよね」
「続けてくれ」
「んー、あと何が聞きたいの?」
レイはいつの間にか二つ目を食べ切り三つ目のハンバーガーに手を付ける。
「その神の末裔相手に俺たちは上手く立ち回って聖女を奪還して来ないといけない。一族ならではの弱点とか、裏を掻く方法とか……」
「弱点かぁ……。ひとまず、ここへ隠れている時点でおじさんたちはデイヴィットには見付からずに済んでるって言うのが好条件の一つだけども。うーん……」
「何か思い付かないか」
「銀の弾丸と聖水は持ってるみたいだし、それを上手く活用する方に頭使ったら良いんじゃないかな。デイヴィット弱点……あんまりないな。デイヴィットは格闘技も銃撃戦も戦闘魔法も熟知してる。その道のエキスパートに英才教育されてるからね、昔から」
身体的な弱点はない、ならば精神的には? と
「やはり強いか……」
悪魔が口の端を上げていることに気付かない魔祓い師たちは顎に手を添えううんと唸る。
「王様だからね。まず正面からの突破は無理だろう」
「なら、作戦で勝つしかないな」
「聖女の居場所がまだわかっていない。見当はつくか?」
「デイヴィットが大事な物を仕舞っておくならDDタワーしかないね。あの中にはデイヴィットの自宅もあるし」
「なるほど。家の中に奇襲をかけるしかないな」
「デイヴィットの自宅は真正面から見て左のタワーの最上階だよ」
「高いところに住んでるんだな……。よし、なら二手に分かれて陽動と奇襲だ」
「そうなるだろうな」
「奇襲かけるなら二対五ぐらいで分かれたほうが良いと思うよ」
「ん? その根拠は何だ?」
「DDタワーの結界を潜りながら最上階まで到達するには一人じゃ難しいけど陽動の人数は減らさないほうが良い。でしょ?」
「……理に適ってるな。それで行くか」
レイはハンバーガーを六つ食してポテトを喉に流し込んだ。
「面白くなってきた」
昼過ぎ。魔祓い師たちはいよいよ行動を開始する。五人は姿を見せた状態で街をうろつき、レイと残り二人は姿を隠した状態でDDタワーへ向かう。魔祓い師たちを目視した梅の報告を受けたデイヴィットの
「“わざわざ顔を出したのかしら? 馬鹿ねえ”」
チェスの駒たちは廃工場の屋内から杖を構える魔祓い師たちを見下ろしていた。
「“何か奇策でも練ったんだろう。奴らは陽動だ”」
ボンテージに身を包んだ女性の
「“んなもん見りゃ分かる”」
トサカ頭の
「“俺は王に知らせてくる”」
「“あら、今抜けると取り分なくなるわよ?”」
「“譲ってやる”」
「“ご親切にどうも”」
男性のナイトは身体を透明にすると階段を音もなく降りていった。
残った八人はいよいよ工業地帯の汚い路地裏で魔祓い師たちと対峙した。
「よぉお坊ちゃんたち! 暇なら遊んでくれや!」
「来たな、悪魔ども……!」
「我らが王に喧嘩を売るとは良い度胸だ」
「そうね、度胸だけは認めてあげるわ!」
「おやつに魂くださーい!」
「はいそうですかとはいかん!」
「そうだろうな!」
サンセットヒルシティの街外れで一つの抗争が始まった。
レイは魔祓い師二人を連れDDタワーへ足を運ぶ。天球の頂点から太陽は傾いたもののまだガラス張りの建物は明るく、DDタワーに収められたデイヴィットの表社会の部下たちが普段通り勤務している。レイと魔祓い師たちは誰にも知られずエレベーターに乗り込んだ。誰が呼んだかわからないエレベーターは、一見誰も載せずにそのまま扉を閉じた。
「……上手く行きすぎじゃないか?」
「そりゃあ人が出入りできる階数のうちは何も起きないよ。ご覧、このタワーかなり高いのに階数が六十もないだろう?」
「本来より少ない、と?」
「最上階は百階だよ」
「階数を偽っているのか」
「うん、でも違和感に気付く人は少ない。みんな五十階建てだと思い込んでるからね」
「魔術で認識を阻害されているのか?」
「いいや? もっと単純さ。このオフィスタワーは五十階しかない。その説明だけで十分なんだよ。だって一番上はデイヴィットのプライベートルームだし一般人は知りようもない。だから俺たちはこの隠しボタンをポチッとするだけ」
レイは周囲と同じ銀色のボタンを押し込む。エレベーターは音もなく地上百階を目指して動き出した。
「本来なら部外者は地上百階にはたどり着けない。五十階に着いておしまいさ。宅配や郵便業者を装っても侵入は不可能だ」
「だが、お前がいる」
「そう言うこと。デイヴィットに許可を与えられた俺がいる場合は百階に着くってわけ」
エレベーターが最上階に辿り着く。警戒しつつも踏み込んだ魔祓い師たちは目を見開いた。最上階には何もなかった。デイヴィットの自宅はなく、目の前には展望台が広がっていた。そして窓際に堂々と立っている、黒炎の悪魔が一人。
「これは一体……!?」
「レイ! 貴様やはり嘘をついたな!?」
「やあ、デイヴィット」
「よお、レイ」
二人はまるで他に誰も居ないかのように話す。デイヴィットが片手をさっと上げると何もない場所から銀色ヘルメットのライダースーツの男が姿を現す。デイヴィットが次に指先で指示すると男性の
「まあ何となくは分かってたんだが、
「おい!!」
「よかった。お土産を持って来たんだ。部下が全部始末しちゃったら気に食わないでしょ? お姫様を今まで粗末に扱って来た人間だもの。己の手で殺したいじゃない?」
「よく解ってるじゃねえか」
「そりゃあだって、俺と君の仲だし」
「貴様ら……!」
デイヴィットはニンマリと口の端を上げた。
「ああ、悪い奴だ。獲物をその気にさせて罠に追い込む。お前本当にこっち側だよな。早くモッブになれよ。歓迎するぞ」
「その選択肢は別の軸で使ったから俺はいいよ。俺にはアンジェラの最期を見送るっていう責務があるから」
「一途だねえ」
「デイヴィット程じゃないよ」
デイヴィットは思わぬ言葉に四つの目を丸くする。
「……何だって?」
「ああ、何でもない。忘れて」
「何だそりゃ。……いや、待て。そう言う事か? 将来俺とエヴァはそうなるのか?」
「ダメだよ自分で探っちゃ。いま一生懸命思考止めてたのに」
「マジかよ〜」
「お前ら、俺たちを無視して話を……!!」
「あー、悪い悪い忘れてた。改めてお前らの後ろにいる男を紹介しよう」
デイヴィットは芝居がかった動きでレイを恭しく示した。
「そいつはレイ・ランドルフ・ローランド。我が一族の中で現在最も門番に近しい男だ」
「やあ。紹介されたから改めて詳しく話そうか。私たちは同じ<火の一族>の中でも門番候補と言って、若干レアな存在なんだよね」
レイの周りの空気が熱を帯びる。青い髪が輝きを増し炎のように揺らめく。活火山の噴火口にいるような熱が魔祓い師たちを襲う。
「何だこの熱は……!」
「<火の一族>の中でも実際に門番になるには条件があってね。普通の子はそもそも成れないんだ。勉強とか熱意とかそう言うものは全く関係なく、構造の問題で。門番候補は特異な精神構造をしていて個としての精神と門番の支流としての精神、その二つから成り立ってる。私たちは<初めの門番、太陽の子>を源流とし、その支流として存在している。初めの門番が大海原。支流にあたる門番候補が川にあたる。まずこの川に属していないと門番に成れない。どれだけ端っこに居てもそれは関係ないんだけどね」
「
「精神的にはデイヴィットの方がまだ生き物っぽいよ。人間の扱いも上手いし。私はそう言うのダメだね、昔から」
「お褒めに預かり光栄でぇす」
魔祓い師たちは身体と武器をレイへと向ける。歯を食いしばるような、苦虫を噛み潰したような表情をして。
「……ああ、いいね。その焦りと望みが消えた顔。食欲がそそるよ」
レイは今までで一番邪悪な笑顔を人間たちに向けた。
「よりによって一番のハズレクジを引いた訳だ、お前らは」
「最初から我々を罠にはめるために……」
魔祓い師たちの武器を持つ手が震える。
「悪魔を味方に付けたと勘違いしたのはそっちだよ。まあ、俺が勘違いするよう仕向けたわけだけど」
「最上階にこのボスの自宅があると言ったのも嘘か!」
「いや、それは本当だよ。
「本当に悪い奴だなお前」
「そんなに褒めるなよ」
「お前を仲間に出来ないのは口惜しいよ。たしかに俺の自宅、城はこのタワーの最上階にある。ただし、俺が許可を出していないなら城へは出入りできない。入り口にちょっと小細工してあってな」
「城には砦があって当然ってこと。それに俺、言ったじゃない。おじさんたちはここには居ないって」
「何……!?」
デイヴィットとレイは同時に笑みを浮かべた。
「俺ら悪魔がお前らと同じ層にいるとでも思ったのか?」
「俺はともかく、デイヴィットはずっと人間界にいる訳じゃないよ。君たちは生半可に魔術が使えるから、デイヴィットが自分たちと同じ次元に居ると勘違いし易いんだ」
「そうだ。俺やレイは今この部屋にいるが、お前らと同じ場所には居ない」
「おじさんたちに良いこと教えてあげる。このタワー、本来中央は最上階から地階まで吹き抜けなんだ」
「そんなはず──」
ガコン、と魔祓い師たちの足元が揺れた。やがて部屋の中央が、その口が唐突に開く。煮えたぎる溶岩で満たされた地獄の口が嬉しそうに嗤う。
「な……!!」
魔祓い師たちは身動きが取れなかった。長々と語る合間にデイヴィットは彼らを拘束し宙に浮かせていた。
「六百六十六階分のフリーフォールを楽しみな」
魔祓い師たちは完全な魔術師ではない。魔祓いに特化した魔術を扱っているに過ぎない。魔術師ならば、魔法使いならば持っている当たり前の技を身に着けていない。空中に留まる術もなく彼らは落ちて行く。
「あああああああ!!!」
ハッチが閉じ静寂が戻る。レイは閉じた床を靴底で叩いた。
「浮遊を覚えてない魔祓い師なんてそもそも敵じゃないんだよね。もう聞こえてないか。デイヴィット、死体は確認に行くの?」
「いや、いま喰った」
「ああ、それなら大丈夫だね」
デイヴィットが懐のタバコを取り出して咥えると男性の
「ちゃんとしたご褒美は今度な」
「いえ、十分です」
「相変わらずの
「可愛いもんさ。さて、せっかくだ。獲物を取って来た礼はしよう」
「んー、美味しい物は食べたいけど……。アンジェラも連れて行って良いかな?」
「もちろん」
「じゃあ、良いホテルでディナーと行こうじゃない。彼女の都合を聞いたら連絡するよ」
「おう」
「騒がしい出来事も終わって平和になったし、
「あー……その件だが、あまり勧めない」
「なんだ、つまんない」
「まだ理由を言ってないぞ」
「考えたじゃない、相性が悪いんでしょ? まあ何となく解るし良いよ。今度で」
「悪いな」
「もうちょっとあの人間たちで遊びたかったなぁ……」
「ほんと、こっち側だよお前は」
レイは立ち去ろうと踵を返したが、何かを思い出しデイヴィットに振り返る。
「そうだ、言い忘れ」
「ん?」
「君で言うところの勘なんだけど、オレンジとか言う能力者、今夜肉体に戻しておかないと君の知らないところで死ぬよ」
「……そりゃ聞き捨てならないな」
レイはまた、悪戯っ子のようににんまりと笑った。
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