ミネスの四大重鎮

「軍の上層部へ取り次いでくれませんか」


 それが、リリーの『お願い』の内容だった。


 ベンジャミンは少し躊躇ってから頷いた。


「良いけど……どうして?」

「今のままでは、双方にとって良くないと思うんです。だから、今後についてはっきりさせたいと思って」


 そう話すリリーの表情を見て、ベンジャミンは悟った。

 リリーは不安なのだ。将来の見通しが立たない今の状況が。そしてそれは、あながち間違いではない。


 アンドリューを筆頭とした上層部では、今もリリーに関する話し合いは続いている。

 そして、上層部にはリリーのミネス軍滞在を良しとしなさそうな人物が二人いる。


 一人は、ともにリリーを助けたネイサン。

 彼が『不確定な要素は排除すべきだ』という思想の持ち主である事は有名だ。


 二人目は、ミネス軍副司令官、ウィリアム・エドワーズ。

 軍の損失を真っ先に考える彼なら、ネイサンと同じようにリスクを回避するという考えになってもおかしくはない。


「分かった」


 ベンジャミンは頷いた。


「話は通してみる。けど、期待はしないでよ」

「本当ですか?」


 リリーの顔が明るくなる。

 次いで彼女は、立ち上がって深々と頭を下げた。


「本当に、色々と有難うございます」

「どうしたの? 急にかしこまって」


 ベンジャミンはその顔を見上げた。


「今後、私の将来がどうなっていくか分かりませんから、今の内に感謝は伝えておこうと思って」


 そう言って、リリーは寂しそうに笑った。

 その表情を見た瞬間、使命感のようなものがベンジャミンの中を駆け巡り、勝手に口が動いた。


「リリー」


 リリーがこちらを見る。


「大丈夫。君の事は俺が守るから。俺は絶対に君の味方だし、君が安心して笑えるように全力で君を助けるから。俺が、絶対に君を一人にさせたりしない」


 この時、ベンジャミンは自分の発言の意味も考えずに口を動かしていた。

 目の前にいるリリーのほほが赤く染まり、ようやく彼は自分の言葉の意味するところを理解した。


「あ……」


 口元を押さえる。頬に熱が集まる。

 まるで告白ではないか。先程の言葉に嘘いつわりはないとはいえ、出会って数日で口にするべき内容でない事は明らかだ。


「ご、ごめん! 俺、変な事――」

「有難うございます」


 しかし、謝罪の言葉はリリーにさえぎられた。


「え?」

「変じゃないです。ベンさんの言葉に今、凄く勇気付けられました。本当に有難うございます」


 そう言って恥ずかしげに笑うリリーの顔は、この世のものとは思えないほど綺麗だった。

 その綺麗さは、自分の言葉がリリーに良い影響を与えたのだと、ベンジャミンに確信させるほどのものだった。


 ベンジャミンは自然と微笑んだ。


「そっか」


 その一言は、自分でも驚くほどやさしい声色だった。








 その頃、ミネス軍会議室では、まさにリリーの進退についての議論が行われていた。


「そろそろ結論を出さないといけませんね」


 副司令官であるウィリアムの言葉に、他の三人も頷いた。


 メンバーは、総司令官のアンドリュー、副司令官のウィリアム、そしてグレイスとネイサン。ミネスの四大重鎮じゅうちんと呼ばれるメンバーだ。


 議題は、謎の少女、リリーブラウンについて。

 これまでは主に彼女が犯罪者だった場合のプランを立てていたが、そろそろ彼女の将来自体を決めなければならない。


 グレイスはちらりとアンドリューを見た。

 ベンジャミンの案に乗り、リリーを未だに地下に置いているのは彼だ。


「我々で情報を小出しにしながら、揺さぶりをかけよう。それで二人以上が黒だと確信すれば、当初の予定通り、リリーにはある程度の金を持たせて出て行ってもらう。逆に黒だと確信出来なければ、監視体制は継続したままで彼女を見習いとして入隊させたいと思う」

「見習いに⁉」


 ウィリアムが目を見開いた。


「それは、流石に危険すぎます!」

「そうか?」


 その緊張感のない声はネイサンだ。


「あんな子に司令やビルがだまされるとは思えないし、記憶喪失の子供を放り出した、なんて噂が流れる方がヤバくないっすか?」

「……確かに」


 ややあってウィリアムは頷いた。

 ネイサンは基本的に頭は良くないのだが、たまにこうして鋭い発言をするのだ。


 ちなみに、ビルとはウィリアムの愛称だ。


「司令もそうお考えなのですか?」

「いや」


 ウィリアムの問いにアンドリューは首を振った。


「勘だ」

「か、勘?」


 ウィリアムが動揺した様子を見せる。


「そうだ。リリーはこの軍にとって重要な存在になる。そんな予感がするんだ」

「……司令がそういう不確かな事をおっしゃるの、めずらしいですね」


 ウィリアムがふっと笑った。

 それは、まぎれもない肯定の証だ。


 その時、扉がノックされた。


「ベンジャミンです」

「入れ」

「失礼します」


 ベンジャミンが会議室に入ってくる。


「司令。一つ、相談事がございます」

「何だ?」

「リリーが、上層部の皆さんと話がしたい、と」








 リリーの今後の扱い方を決めたい上層部と、自身の身体のために上層部と話し合いがしたいリリー。

 図らずとも双方の思惑は一致していたため、話し合いの段取りは即座に今夜と決まった。


 一応ベンジャミンに確認にいかせてはいるが、リリーはいつでも構わないという話だったため、おそらくは今夜で決定だろう。


「皆、さっきの話に異論はないか?」


 アンドリューの言葉にグレイスを含めた全員が頷いた。


 それにしても、あの年で上層部に話し合いを申し込もうなど、リリーは相当腹がわっているようだ。

 それが白ゆえの自信なのか、黒でも絶対の自信があるのか、見極めなければならない。


 程なくしてベンジャミンは戻ってきて、リリーに問題がない事を伝えた。


「では、除霊活動の前に済ませる。夕食を食べたらもう一度ここに集まってくれ」


 アンドリューの言葉に皆が頷き、その場は解散になった。

 除霊活動は、霊が活発になる夜更けに行う。夕飯が終わってすぐに向かえば、時間は十分に取れるだろう。








「この肉美味いっすね」


 と茶碗を抱えるネイサンは放っておいて、グレイス、アンドリュー、ウィリアムの三人で話し合いの段取りを決める。


「発見された当初の状態は、仲間も荷物もなく、情報媒体メディアも《聖域セイクリッド・スフィア》の一つだけ。この事から、特に重要な役割は与えられていないと考えられます」

「そうだな」


 ウィリアムの意見にアンドリューが頷く。グレイスも同意見だ。


「ただ、ボロを出させるためには緩急も必要だ。組織の話か、機密文書などの話か……」

「組織からいくべきだろう。ビルも言ったように、文書に関しては内容を知らない可能性も十分にある」

「では、主だった組織で言うと――」





 その後も内容を詰め、段取りはまとまった。


 しかし、その最終確認をしていよいよリリーの元へ向かう事になったグレイス達の耳に、憑依人間ひょういにんげんの出現を知らせる報告が入った。

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