第2話

 熊谷市万平公園の目の前にあるカフェが三船千佳子の職場だった。鷲島と佐々川が行くと既に店の前には熊谷警察署の皆野が来ており、やる気に満ちた顔で待っていた。


「お待ちしてました!もう話はついてますので聞き込みしましょう!」


「あれ、皆野さん他の勘取りじゃ・・・」


「よく分かりませんけど、お二人と聞き込みを行うようにと異動しました!」


 要するにこの元気さが他の勘取りでは邪魔になって飛ばされたのだ。厄介なのを押し付けられるのはいつものことだ。何せ佐々川が少し厄介なやつとして認識されているからだ。厄介なものには厄介なものを合わせる。どんな化学反応を起こすのかは想像ができなかったが、今の鷲島にとっては皆野のやる気はとても勇気付けられた。

 カフェには店長と思われる女性、バイトの女子高生二人がいた。


「お忙しいところ失礼します。埼玉県警の鷲島です。こちらは佐々川・・・」


「熊谷警察署の皆野です!先程も話した通り!」


 店長達が少し押されているのを見て皆野に少しテンションを落とすように合図をする。皆野が大人しくなったのを確認して店長達に向き直る。皆一様に緊張していた。幸い他の客がいなかったので話しやすい環境ではあった。


「店長の佐東です。こちらはバイトの子達です」


 店長に紹介され、それぞれ頭を下げる。バイトの女子高生に至っては目が赤くなっていたので泣いたのかもしれない。


「早速ですが、こちらで働いていた三船千佳子さんについて・・・もう話は聞いていると思いますが・・・」


「千佳子さんは殺されるような人じゃないです!何かの間違いなんです!」


「そうです!あんなに良い人が!」


「ちょっと、あなた達は裏に行ってて・・・!」


 取り乱すバイトの女子高生を店長の佐東が裏のスタッフルームに連れていく。あの信頼ぶりだと本当に良い人だったのだろう。キッチンの奥にある白い扉の向こうで何やら話した後、佐東が出てくる。佐東もどこか疲れているような顔をしていた。鷲島達の前に立つと改めて顔を合わせる。


「すみません、彼女たちと三船さんはその・・・姉妹みたいな関係だったみたいで、三船さんも彼女たちを妹みたいに可愛がってたので・・・」


「あ、いえ、こちらも配慮が足りませんでした・・・彼女たちは大丈夫ですか?」


「はい、奥でとりあえず休ませてます。今日は客もそこまで多くはありませんし、今なら大丈夫です」


 店内を見回す。少し狭い店内に置かれたテーブルとカウンター席には一人も座っていなかった。報道でも名前が出されてしまっているので常連なんかは三船千佳子の事を知ってる人もいるので行きづらいのかもしれない。天気も怪しく雨も降りそうだったのでそういうのも関係しているのかもしれない。

 佐東に奥の席に座るように促され、鷲島と佐々川は隣同士、向かいに佐東が座る。皆野は座るように何故か立っており、熱心にメモを取ろうとしている。


「三船千佳子の交流関係について何か知りませんか?恨みを持つ人間がいたとか・・・」


 先程の女子高生達の反応を思い出し、恨みを持つ人間のところは少し声を落として聞く。まだ扉の向こうにいるのだ。聞こえでもしたらさらに深く傷を抉ることになってしまう。その気遣いに気付いたのか佐東は少し頭を下げてから話す。


「交流関係については、正直分かりません。よく自分のことは話してくれる人でしたが、友人とかのことはさっぱり・・・ただ彼女たちの反応を見て理解してくれたらと思いますが、三船さんはとても面倒見が良くて信頼される人です。恨みとかは・・・」


 そこまで言って顔を伏せ肩を震わせているのが見えた。佐東も店長と従業員としての関係の中でとても信頼していたのかもしれない。もしかしたら仕事以外でも交流があり、その関係の深さ故の涙か。佐東が落ち着くのを待っていると店の扉が開き客が入ってくる。佐東は顔を上げると目元を拭ってすぐに笑顔で接客を始める。佐東はその客の顔を見ると少し表情を強ばらせ、注文をとり、キッチンに戻ってくる。その表情に気付いたのか佐々川がすかさず聞く。


「何かありました?」


「え、あ、いえ、さっきの交流関係について・・・なんですけど」


 その客から見えない位置に佐々川のみ移動し、聞こえないように静かに話す。奥の席の客三人が全員移動してヒソヒソ話してたら怪しまれるだろう、と佐々川に止められ鷲島と皆野は渋々席に座る。少ししてから佐々川が戻り、佐東が商品をテーブルに運んでいく。佐々川が座るのを確認すると鷲島と皆野は身を乗り出し佐々川に詰め寄る。


「何かわかったんですか?!」


「お前ら、落ち着け・・・ちゃんと話してやるから」


 そう言われ水を飲むように促される。水を一気飲みして佐々川の話に耳を傾ける。佐々川は怪しまれない程度に佐東が接客している客の男の方を一瞥して話す。


「今佐東さんが接客している男なんだが、数ヶ月前から店に顔を出すようになったらしい。それだけなら普通の常連だが、どうやら三船千佳子に執拗に迫っていたそうだ」


 そこまで聞いて鷲島はその男を見る。歳は三十代前半だろうか。整った顔立ちに眼鏡をかけており見た目は知性溢れる感じだ。耳を傾けても言葉遣いも丁寧であり物腰も柔らかい。だが、その内側に何か溜め込んでいることはよくある。外面が良い人ほど何かを我慢していることが多く、それが爆発して凶行に至ることもよくある。データなんかは無く、ただの佐々川の経験談だが。

 その執拗な行動が叶わぬ恋からなのかは分からないが、タイミング的に見て事件に関わっていることは間違いない。鷲島と皆野はそう考えていた。


「話を聞きましょうよ。執拗に迫っていたその行動がエスカレートした可能性だってあるじゃないですか」


「ほら、落ち着け。まだそんな確証を得られたわけじゃないだろう?まぁ話を聞くのは賛成だがな」


 佐々川はコーヒーを飲み干すと佐東が接客をしていた男の元へ行く。鷲島と皆野はまた佐々川に止められ、後ろでしっかりと話聞いているように言われる。男は佐々川の存在に気づくと少し不審な顔をして会釈をする。


「ちょっと、お話よろしいですか?」


 他の客が来る可能性もあるのでスーツで隠すように内側で男にだけ見えるように警察手帳を見せる。男は手帳を見ても特には動揺せず、逆に納得したような顔をして承諾する。


「あの、なんでしょう?何かしました?」


「この店で働いていた三船千佳子さんに執拗に迫っていたという話を聞いたんですが、本当ですか?」


「・・・そんな事してません。常連として話をしていただけです・・・ちょっと失礼」


 男は簡単に答えるとスマホが鳴ったのに気が付き、そのまま外に出て電話に出る。佐々川は席に戻ると先程と同じように迫ろうとする二人を手で制する。


「何とも言えないな。ただ執拗に迫っていただけで殺人に繋がる証拠はない」


「そんな呑気なこと言ってていいんですか?少しでも繋がりそうなら問い詰めた方が・・・」


「任意同行しても同じだ。こちらも何も掴めていない以上無闇矢鱈に動くべきじゃない」


 佐々川の淡々とした声に正論を言われ鷲島は黙ってしまう。皆野も何か言おうとしていたが何も思いつかなかったのか何も言わなかった。すると後ろから一人の女性が話しかけてくる。それは先程取り乱して奥に連れていかれたバイトの女子高生の内の一人だ。佐東と客がいないのを確認すると、静かに口を開く。


「あの、千佳子さん・・・三船さんなんですけど、近々結婚するって言ってました」


「結婚・・・ですか」


 正直有力な情報とは言えなかった。これから結婚する相手が新婦を残忍にころすとは思えない。何か主枠がない限り。鷲島達は女子高生の話を聞き続ける。


「それでこれも噂何ですけど・・・・・・三船さんは結婚相手の連れ子を虐待してるって・・・そんな事絶対にないと思いますけど・・・」


「虐待ですか?つまり結婚相手の男性はバツイチ子持ち・・・」


 それが何か繋がるとは思えないが三人は一応頭の片隅に置いておく。


「その話は誰に聞きました?」


「えっと・・・三船の知り合いっていう男の人からです。名前とかは分かりません。初めての方でしたし、その後は一回も来ていません」


 鷲島は佐々川と皆野を見て女子高生に柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。この情報は絶対に無駄にはしません」


「あの、三船さんはそんな人じゃありません・・・殺されるような人じゃないです!だから・・・犯人を捕まえてください」


 先程と同じように肩を震わせているが、泣き崩れるたりはせず時分で奥に戻っていった。被害者が殺されて悲しむのは遺族だけではない。少なからず被害者と関わったことのある人達の心にも深い傷を負わせる。どんな理由があろうと、必死に生きても未来を奪われることがあってはならない。女子高生の言葉を胸に刻んだ三人に佐東が恐る恐る声をかける。


「あの・・・」


「あ、すみません。あの男性にもう少し話を聞いたら我々も失礼しますので・・・」


「いえ、そのお客様なんですけど・・・どこかに行ってしまったみたいで」


 少し申し訳なさそうに話す佐東の横のテーブル見る。先程の男が座っていた席のテーブルには注文した商品分の料金が置かれていた。鷲島と皆野はいそいで外に出て辺りを見回す。しかし男の姿はない。二手に分かれて走り回るがもう男を見つけることはできなかった。店に戻ると佐東が頭を下げてきた。


「すみません!私がもっとちゃんと見て報告していれば・・・」


「そ、そんな・・・頭を上げてください。全て我々の不注意が招いたことです。謝ることなんてありません。それより、バイトの女の子達と佐東さん自身の傷を癒すことに専念してください」


 佐々川が必死に頭を下げる佐東をオロオロしながら宥める。

 店を後にした鷲島達はその後、三船の婚約相手の男性の元へ話を聞きに行った。男性は号泣しながら話してくれたが、あまり有力と言える情報は得られなかった。

 捜査本部の熊谷警察署に戻った鷲島達は一旦情報を整理する。


「三船千佳子については正直恨まれるようなことはなさそうですね。どんな人にも優しくて常連になる人も多かったみたいですし」


 皆野はホワイトボードに貼られている三船の写真を見る。集合写真の一部だが、満面の笑みだった。


「やっぱり今日逃げたあの男が怪しいですよ。やましい事がなければ黙って逃げることはないはずです。それに執拗に迫っていたのが片想いからならその不満が爆発して犯行に至った可能性だってあります」


「あの男については今後も探すとして、虐待の方はよく分からなかったな」


 バイトの女子高生から聞いた噂を婚約相手の男性に聞いたところ、それは無いと言いきった。子どもにも確認したかったがまだ学校の時間帯だったので確認できなかった。男性が三船と婚約したいから隠している可能性もあるが、鷲島はそんな事は思いたくなかった。深くため息をつき、時計を見ると既に午後九時を回っていた。すっかり外も暗くなり他の捜査員達にも疲れの色が見えてきた。佐々川は立ち上がると皆に休息を取るように呼びかける。それぞれ欠伸をしたりコーヒーを飲みに行ったり一服しに行ったりと散り散りに去っていく。


「鷲島、お前も今日は休め。気張りすぎだ」


 そう肩を叩かれ、佐々川も奥に消えていく。鷲島はめを強く瞑ると筋肉が固まっていたのかじんわりと暖かくなり解れる感覚に襲われる。少ししてからスマホに手を伸ばし妻の千聖に電話をかける。数コールの後、千聖は電話に出た。


「ごめん、今日は帰れそうにない。秀斗はもう寝たか?」


「うん、もう寝てる。ニュース見たけど大変な事件なんだね」


「あぁ、しばらくは帰れないかも・・・いつもごめん、なるべく早く・・・」


「いいの、気にしないで。みんなの為に走る貴方を見てそこに惚れて結婚したんだもん。あなたが今もみんなの為に走ってるなら私は帰ってくるのを待つだけ・・・・・・気をつけてね」


 電話を切る。仕事がらとはいえいつも孤独を強いてしまっている。息子の秀斗とも遊べていない。早く帰りたいがだからといって事件の捜査の手を抜く訳にはいかない。千聖と秀斗なら分かってくれる、そう言い聞かせて鷲島は目を閉じる。意識がゆっくりと落ちていく。

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