最初の晩餐

元薺ミノサト

一皿目



「オ"ェッブッゥ……ッッェヴロロロロロッ







はぁ……はぁ…ヴガゥッオヴェェェェッ」







痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


今日で何回目だ?今日で私の喉は胃酸によって溶かされてしまうのだろうか?もう呼吸するのさえ痛くて、鼻に劈く異臭が喉に染みて嫌で嫌で堪らない。



私は味を知らない、否味を忘れさせられる








私が味を覚えてはならないのだ




理由は分からないが母様は全て私の為だと言っていつも私の喉に無理矢理指を入れては腹に満たされたソレを出させる。



目の前が涙でぼやける、意識が異臭と酸素不足で朦朧としてくる


鼻から冷たいそれが垂れてくるも母様は容赦無用で未だに私の口の中の奥に指を出させようとする。



もう入ってないよ、と胃が無理矢理出そうとして嗚咽に合わせて上へ上へと無理に動いているのがわかる


定位置から無理に動いで出そうと言うのだ



それがまた痛くて痛くて堪らない。






次第に吐瀉物には赤い何かが滲み始めてきた



あぁ、声帯が切れたか胃が異常を起こしたのか。大丈夫、この位ならたまにあるからどうせすぐにまた治る。


治ったらまたいつもの繰り返し







「はぁ"ー……はぁ"ッ…」







呼吸音にも、担が詰まった時の音にも声とも似つかわない音が口から漏れ出る


その度に空気が喉に染みて嗚咽を軽く出してしまう






「よく頑張ったわね、はァァ…これでもう大丈夫よ!これでまた貴女は綺麗な私の娘に戻ったの


ほら、顔をよく見せてごらん?




あぁ……何て愛らしいの?何かを食べたらそれに穢れさせられるから食べさせたくないけれど、そしたら周りからの波風が立ってしまう




悩ましいわねぇ……あ、もう部屋に戻って良いわよ?お人形さんのメリーと遊んでらっしゃい」









分厚く層を塗られた白粉の上からでもわかるほど頬を赤らめさせ、紅く轟々しく光る唇からは小さく涎が垂れているのがよく分かる。


恍惚とした表情で、興奮しきって口から出る生暖かい呼吸が疎らな母様




いつもこうだ、母様は自分にとって完璧な私を見て興奮を覚える




お許しも出たことだからと桶から顔を離してすぐ横にあった綺麗な水が入った桶に顔を突っ込む



ついでに口も開いて染みる喉を我慢して洗う





息が続く限りそれをして、終わったらタオルで濡れた箇所を吹き自分の部屋に向かう。




廊下を歩くと、少し横を見ると奥にこの家の出入口……玄関が丸見えだ



出れるなら出れるだろうが、私じゃ外に出ても野犬や狼、クマに襲われて食べられてしまうのがオチだ。








食べ物を粗末にしている私はいずれ外で罰を受ける




母様がたまに私を教会に連れて行ってくれるけれど、懺悔してる間私を蔑んだ穢らわしいものを見るような目で見てるのを私は知っている




きっと、私が食べ物の名前を口に出す事すら不愉快でならないのだろう。




たまに、本当に偶に母様はお仕事で家を留守にするからその間教会で暇してる神父を私に任せて出ていく



その時優しい神父様は私にケーキやマカロン、普段食べれないし戻させられてしまう甘いものを食べさてくれる



私は教会が大好きで、唯一の逃げ場。




でも殆ど栄養が体に行き渡らない私のヒョロヒョロした体じゃ1人じゃこの家から教会の所まで行くのは不可能


結局私は庭に放たれ、死を待つだけの兎だ。











「───ッ…──…─」






部屋について、試しに口を開けて音を出そうとしても



口からはもう掠れ千切れた音しか出なかった




これは……暫くは喋れない


 



 










コンコンッ





 



「お嬢様、少々お時間よろしいでしょうか?」




「……?」







出ないと分かった声を使う理由はない、と口を開くより行動を起こして扉を開ける。



扉の向こうではいつも私に気を使ってくれる優しい年老いた執事長が何やら思い詰めた表情で私を見ていた







「お嬢様……どうか、どうか気を悪くせずこのじいやの言うことを聞いては下さりませんか?」






私を見るやいなやその場に膝を着いて私の手を取って泣きそうな顔で見上げる執事長



只事じゃない…?



いつも余裕綽々としていた執事長がこんなにも弱ってる姿を見るだなんて思いもしなかった。




今の私は声が出ないから、代わりに返事として私の手を握る執事長の手を握り返す






「あぁ声が、そんな……いえ、ありがとうございますお嬢様



お嬢様、私はもうこの歳です…この屋敷で長年務めてまいりましたがそろそろ隠居しなければなりません」



「………」






そっか……確かに執事長はお母さんが子供の頃から既にここに居たって聞いたことあるし、もうそんな年になってもおかしくないのか



……私が口にすることは許されないけど、嫌だなぁ…私に優しくしてくれる数少ない人がいなくなるの





「お嬢様、お嬢様



これを機にこの屋敷から逃げませんか?私と共にここを出るのです」





「!?」





「私はもうお嬢様が喉を潰してまで食事を吐いてしまう姿を、フラフラになりながら歩く姿を見たくありません……


例え私一人がここを出てもこの胸の苦しみは解けることは無いでしょう……いや、きっと更に悪化してしまう



私一人がぬけぬけとこの場から抜けて、一人苦しみ人間としての育て方をされないお嬢様を置いていくことなんてじいやには到底できません







お嬢様、どうか……どうか私と共についてきてはくれませんか?」




 



とうとうしわくちゃで開いてるかも分からない執事長の目に溜まった涙は零れて床に落ちた



……どうしてそこまで執事長は私に優しくせってしてくれるのだろう



やっぱり謎だ








「……………」







「!お嬢様……私と、来て下さるのですか?」






泣き出した人をどうやって慰めればいいのか分からなくて、声が出ない今どうやって返事をするのかわからなくて



思わず執事長を抱き締めれば、私の意図が分かってくれた




執事長の言葉に頷けば、涙が溜まった目をそのままに年寄りのくせして嬉しそうに私を軽々と抱えあげた。




執事長、ほんとに力持ち







「それでは明後日のこの時刻、私はここを出ることになっています


玄関から出て私はこのお部屋の窓からお嬢様をお呼びします、それまでに持っていくものをまとめて下さい




必ず、必ずここから抜け出しましょう」






「………」






今度はさっきより力強く頷けば、執事長も満足したのか私を下ろして一度頷きこの場から静かに離れていった





……そうか、出れるのか











私、ここから出れるのか







早く、早く太陽が沈まないかな…

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