ドラゴン舐めんなチート共~チートスキルを持った人間たちがドラゴンを淘汰した後の世界で始まる、合法ロリドラゴン最強への道~

大小判

私のヒーローはお婆さん


 冷徹な視線をした実の父に、少女は情の欠片もなく見下されながら告げられた。


「あわよくば、古の支配者であるドラゴンとしての力が手に入ると思っていたが……所詮は落ちぶれるに落ちぶれた種族。期待外れだったな。即刻、貴様ら母娘を我が公爵家より追放する。これより先、私との関わりを口外することはするなよ」


 ドラゴン……それは世界最強生物。

 鋼鉄のような鱗を持ち、口から灼熱の炎を吐き、その翼は竜巻を引き起こす、人間では逆立ちしても倒せない究極の存在…………だったのは、大昔の話である。


 簡単に言うと、ドラゴンは人間に討伐されまくって全体的に弱体化しまくった。

 このテンプ・レチートと呼ばれる世界に生きる者には全て、体内の魔力を消費して超現象を引き起こす、スキルという力が宿っている。大抵は種族ごとに宿るスキルの種類はある程度決まっているが、人間という種族だけは身体能力で劣る代わりに多種多様なスキルを宿して生まれる。


 大抵は突出して強力なスキルではなく、ドラゴンとまともに渡り合えるだけのスキルを持つ人間は極稀なのだが、ある時を境にいきなりドラゴンを一方的に嬲り殺せる強力無比なスキル……反則級の強さという意味を込めて、後にチートスキルと呼ばれる力を持った人間たちが台頭し始めた。

 やれチート転生者だの、チート異世界人だの、チート追放者だの、雑魚スキルだと思ったらチートスキルだっただの、滅茶苦茶なまでに強いスキルを持った人間たちが世代を跨いでは現れ、これまで最強の座に君臨していたはずのドラゴンは虫けらのように狩られまくったのである。


 ドラゴンの鱗や牙に爪、特に角などは高純度な魔力の塊であり、高額で売買されていることにも乱獲に拍車をかけていた。明らかに異常なまでの強さを誇る人間たちは数百年に渡って世界中の同族は乱獲され、ドラゴンはその数を著しく減少。

 特に強い個体は優先的に狩られたせいで高位のドラゴンの血筋は失われ、弱いドラゴンばかりが残るようになり、いつしか人の姿に化けて隠れるように暮らし始めた。

 そうして淘汰され、進化の過程で何時しか牙も爪も鱗も翼も失い、スキルすらも宿さなくなって、残されたドラゴンの証である角すらも切り取ろうと狙ってくる人間たちに、とうとう屈した当時のドラゴン族の長は、かつての王者としてのプライドを捨てた。


 ――――もう勘弁してください。絶滅してしまいます


 土下座で命乞いをする、元の姿への戻り方も忘れたドラゴンたちに、人間たちは罪悪感に満ちた表情で頷いたそうだ。

 そこからの凋落ぶりは酷いものだった。スキルを宿さない種族など他にいない……ドラゴンは正真正銘の弱小種族となり下がり、スライムを見かければ避けて通り、狼がいれば泣いて逃げ、ゴブリンが出てこようものなら一族揃って阿鼻叫喚。

 神話でも最強と呼ばれていたドラゴン族の威光は見る影もなく、今となっては世界の各地に隠れるように点々と存在している小さな村で、角以外で人間と見比べる手段がない姿をしたドラゴンたちがひっそりと住んでいるだけだ。


 そんな日々を過ごして数百年。ドラゴンは最弱種族の名を欲しいがままにし、本来の怪物の姿に戻る術も忘れ、かつては最強と呼ばれていたことがネタにされて、昨今の冒険小説では完全な噛ませ犬としての扱いが定着するという、何とも情けない姿を晒して周囲から憐れみと嘲りの視線を集めていた。

 ドラゴンたちも先祖の誇りを忘れ、自らが弱い種族であるということを当然のように受け入れて暮らしている。そうしなければ、出る杭が打たれると言わんばかりに、本当に種族として滅んでしまうから。そうすることこそが、子々孫々が生き残る唯一の術であると、信じていた。


 だが弱い種族ほど足元を見られやすいもので、ある時、市場を操作し、商人に根回しをしてドラゴンたちが育てた収入源……農作物を買い取られないようにした貴族がいた。

 数多くのチートスキル持ちを輩出し、世界でも有数の大国へとのし上がったアルケンタイド王国のある公爵家である。

 その公爵家は、代々王国軍の重役として任じられ、時に戦略に役立つスキルで、時に直接戦闘で多大な力を発揮するスキルで活躍して来た名家だ。

 戦うこと、それに役立つスキルが絶対とする家の当主は、ある時ふとこう考えた。


 ――――代々受け継がれてきた強者の血と交われば、かつて世界を支配した古のドラゴンの力が目覚め、我が家をより発展させる駒となるのではないかと。


 そう考えた公爵は一芝居を売って商人に根回しをし、保有している領内でひっそりと暮らしているドラゴンたちの村に圧力をかけ、さも自分は村の困窮とは無関係の善人だと言わんばかりの甘言で村で一番美しいと評判の、身寄りのいない娘を騙し、手籠めにし、妻として……実際には、戸籍にも残らない愛人として迎え入れた。

 困窮に見舞われた村を救った貴族と、その村の娘の身分を超えた恋愛というのは民衆受けする美談として扱い易いし、ドラゴンは長命かつ美しい外見をしている者が多い種族だ。娘もその例に洩れなかったので、子供を産ませるのに抵抗はなかったが、公爵にとって最大の関心があるのは強いスキルを持って生まれるかどうかのみ。


 そして結果から言えば、生まれてきた子供は、五歳になってもスキルを一つも宿さない、典型的な弱いドラゴンの少女だった。


 それを知った公爵は一気に愛人と子供への関心を失った。一応五歳まで待ってみたが、この様子では本当にスキルが宿っていないのだと判断したからだ。

 元々愛情があったわけでもなかった公爵には本命の浮気相手がいて、その浮気相手との間に生まれた子供にはチートスキルが宿っていたこともあってか、公爵は母を冷遇し、少女と一緒に公爵家から追放した。


「本来、貴様のような劣等種族に居場所などない。これで強いスキルを持った子供が生まれれば話は違ったが、出来損ないが産む子供は所詮出来損ないということだったか。さぁ、とっとと出ていけ。私はこの、チートスキルを宿した子を産んだ彼女と結婚するのだからな」


 この世界ではスキルこそが全て。それをまざまざと見せつけられた少女は悔しくて仕方がなかった。作られた優しい人格に騙されて、結婚したと偽って手元に置かれ、子供まで産んだのに手酷く捨てられて、それをまるで悪びれる様子すらない。ドラゴンには尊厳を持つことすら許されないのかと。

 泣いている母にしがみつきながら、少女は冷酷な父と、性悪な笑みを浮かべる浮気相手と、その二人にそっくりな子供を睨みつけながら屋敷を去り、母の生まれ故郷へと戻った。 


 それから五年、少女は平穏な時を過ごしていた。手酷く捨てられた母と自分を、村のドラゴンたちは本当に暖かく迎え入れてくれて、初めは憔悴していた母もゆっくりと元気を取り戻してくれたのだ。

 少女も初めて友達ができ、すっかり村に馴染んだ。自分はこの村で育ち、そして穏やかに死んでいくのだろう。そんな漠然とした穏やかな未来を想い浮かべる少女だったが……現実は、どこまでも残酷だった。


「逃げろぉおおおおお! 密猟者だぁああああああああー!」


 ドラゴンの角を狙い、狩りと称した不法な略奪行為を目論んだ野盗の集団が村を襲ったのである。

 カンカンカンカンと、村中にけたたましく鳴り響く物見櫓の鐘と共に現れた、見るからに野盗であると分かる密猟者たちにドラゴンたちは逃げ惑うが、戦う力を忘れて久しい彼らが、犯罪者として官軍とも渡り合う機会がある野盗たちに何かをできる訳もなく、あっという間に角を切り取られ、体も命も蹂躙されて終わった。


「はぁ……はっ……! ぜぇ……ぜぇ……!」 

 

 そんな地獄から僅か十歳のか弱い少女が一人助かったのは奇跡に等しいだろう。

 野盗が放った衝撃波によって家が壊されながらも、偶然傍にいた母に庇われ、瓦礫の中に身を潜ませ脱出の機会を見計らった。

 今日の夕方まで共に遊んだ友達も、馴染みのある近所の老夫婦も、小さな農場を営む気さくな一家も、少女と関わりのあるドラゴンたちが野盗に狩られていく断末魔を聞きながら、その度に悲鳴を上げそうになる口を母に塞がれながら、ただひたすらに息を殺し続けた。


 そして野盗が居なくなった頃、少女は瓦礫の中から這い出て、未だに瓦礫の中に埋まっている母を連れて燃え盛る村を出ようとする。

 母が怪我をした。早く医者がいる場所へと連れて行かないと行かないのに、ぐったりとして殆ど動きそうにない。そもそも簡単に瓦礫を退けて母を担いで行けるほどの力が少女にはなかった。


「うぅぅぅぅ……!」


 それでも少女は必死になって瓦礫を退かそうとした。折れた木材で小さな手が傷付き、家が燃えて舞い上がる灰で喉が痛くなっても、少女は諦めようとしなかった。

 祖父母は既に他界し、父とは名ばかりの男を除けば、母だけが少女の家族だったのだ。それをこんな理不尽なことで失うだなんて、許されるはずがない。


(なんで……! なんでこんな事に……!)


 決して裕福な生活ではなかった。種族柄、他の種族に侮られることもあった。しかし、少女には自分を愛してくれる家族がいて、共に遊ぶ友達も、親切にしてくれる村の者たちがいて、何よりも平和な時間があった。そんな何気ないものがどれだけ恵まれて幸せなことであったのか、それら全てを失いそうになったようやく気付く。

 

(……持って行くな……! 私から、何もかも奪っていくな……!)


 ただ平和に暮らしていただけなのに、こんな理不尽、認められるものかと、少女は火事場の馬鹿力と言わんばかりに何とか瓦礫をどかし、母を引き摺り出すことが出来た。


「お母さ――――っ!?」


 そして絶句する。折れた角材が母の背中に突き刺さり、そこから流れる大量の血と、漂ってくる鉄っぽい臭い。  

 もう助からない。弱々しい母の呼吸が、現実から逃げ出したい少女を無理矢理現実に向かい合わせた。


「……逃げなさい。……人間たちの手が届かないくらい、遠くに……どうやら私はここまでみたいだから」

「……お母さん」

「……ごめんね……もっと、強い子に……せめてスキルを持たせて生んであげられなくて……そうすれば……」


 少女は母の手を握りながら、首を左右に振る。

 

「……生きてよ、お母さん。私はまだ……お母さんに何も出来てない……一人で育ててくれた恩も返せてない……! 大人になったらお母さんに楽させるんだって……私……!」

「…………それは、私も見てみたかった……貴女が大人になった姿を……」


 目を細めて、その光景を夢想するように母は微笑む。

 ……それでも、母から生きる活力が湧き出ることはなかった。呼吸はどんどん浅くなり、血と一緒に温もりが体から抜けていく。


「……信じてたあの人に捨てられた時……目の前が真っ暗になって、生きていく気力もなかったけど……そんな闇の中でも光を見つけられた……貴女のおかげよ、私の可愛い娘。何もなかった私に、家族の温もりを与えてくれた……それを最後まで守れたことが、今は誇らしい……」

「……お母さん……」


 ボロボロと涙を零す娘の瞳を指で弱弱しく拭いながら、母は最後の最後まで優しく微笑んだ。


「生きて、アンジェラ……どんなに辛くても、前を向いて……真っすぐに……そうすれば……きっと…………」


 そう言い残して、母は動かなくなった。暖かかった彼女の体がどんどん冷たくなっていき、少女……アンジェラはしばらくの間そこで俯いて泣き続けた。こんなに泣いたのは記憶のどこにもないくらいに。

 やがて村の残骸であった瓦礫は燃え尽き、火が消えてようやく動き出したアンジェラは母と、死んでしまった村のドラゴンたちをたった一人で埋葬した。

 放置された屍の中には居ないドラゴンたちもいて、彼らがどうなったのかは想像もできなかったが、碌な目に遭っていないのは間違いないだろう。


「…………」


 とめどない涙で掘り返された土を濡らしながら、長い時間をかけ、粗末ながらもようやく皆の墓を作り終えたアンジェラは、しばらく呆然と母の墓の前で空を見上げていたが、ポツリと、最後に言い残された言葉を思い返す。


「……生き、る……」


 身動きが取れないほどの絶望に襲われるアンジェラだったが、母の最後の言葉が突き動かす。

 そうだ……前を向いて、生きなければならない。こんな所でただ朽ちるのを待っていれば、母は一体何のために死んだのだ。

 母の願いを蔑ろにするわけにはいかないと、アンジェラは小さな体を必死に動かして、溢れ出す涙を乱暴に拭いながら歩き出す。とにかく自分が生きられる場所……食料が豊富な森でも、豊かな村でも、何でもいい。とにかく生きるために必要なものがある場所を探して。

 

   =====


 それでも、現実はとことん残酷だ。延々と続く荒野に辿り着いたレイラだったが、碌に村の外に出たこともない子供が、広い世界で地図もなく生き場所を探し当てるのは容易ではないし、それ以前に食事にすらありつけない。

 ろくに食事にありつけず、休むことも出来なかったことで体力は限界を超えていて、アンジェラの足は突然力を失い、そのまま地面を転がる。何とか起き上がろうとするも、手足に力が入らなくて、結局もう一回転ぶ羽目になった。


「グルルル……」


 そんなアンジェラが倒れる音と、若い獲物の臭いでも嗅ぎつけたのか、鋭く長い牙と爪を生やした犬のような魔物が、涎を垂らしながら三匹も現れた。

 本当に、どうしてこんなことになったのか。尊厳を踏み躙られ、命を奪われ、やっとの思いで生きようとしても、自分よりも小さい魔物に食われそうになっている。これがかつて、生態系の頂点に立っていたドラゴンの姿だと誰が思うだろうか。

 きっと誰もが生きることを、抗うことを諦めるであろう。そうすれば楽になれる。天国にいる母の元へと行ける。そんな考えが脳裏をよぎった瞬間――――


「……ふざけるな……!」


 アンジェラの胸の中に悲しみでも、諦めでもない……それとは真逆の怒りの感情が渦巻く。 

 それは自分と母を捨てた実父や、村を襲った野盗たちに対するものだけではない。アンジェラが怒りを覚えるのは自分自身。理不尽に屈し、なにも守れず、ただ逃げることしか出来ない弱い自分自身にだ。


(……私がもっと強ければ、あんな奴らなんかに好きにはさせなかった。私がもっと強ければ、皆は死ななかった!)


 怒りに身を任せたまま、石ころを握りしめて立ち上がる。

 戦うのだ。もう逃げるだけの弱い自分を捨てて、敵の喉笛を噛み千切ってでも生き抜いてやると、アンジェラはドラゴンが失って久しい闘志を胸に燃やす。


「……ドラゴン舐めんな、犬っころ!!」


 そして手に持った石を魔物の顔にぶつけてやろうとしたその時、力強い蹄の音が聞こえてきた。


「……?」


 その蹄の音は凄い早さで近づいて来る。魔物たちもそれに気づいたのか、音が鳴る方へ視線を向けた瞬間。


「ハイヤァァアアーっ!!」


 雄々しい駿馬に跨った、白髪交じりの長い金髪をポニーテールに結んだ老婆が、手に持った大剣を目にも止まらない速さで振るい、すれ違いざまに三匹の魔物を切り伏せた。

 ドラゴンという種族が失い、求め始めたばかりの強者の姿を体現する老婆を茫然と眺めていると、片手で手綱を引いて馬を止めた老婆はアンジェラと向き合う。


「大丈夫かい? どうやら大した怪我はないみたいだねぇ」


 太陽の光を背に浴びて、大剣を肩に担ぎながら不敵に笑う老婆。その姿は、アンジェラの目には何よりも眩しく映った。

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