第12話 出口の先は

「んぅ……生きてる……?」


 しばらくして意識を取り戻したシェリルは、驚きに目を瞬かせる。

 あれから疲労と諸々で意識を失っていたが、実際に眠っていた時間はそう長くない。

 痛む頭を手で押さえながら、ゆっくりと起き上がった。


「これで二回目……ダンジョンのど真ん中で寝るなんて、死ぬよ私」


 無防備に眠りこけていたことに、シェリルは衝撃を隠せない。

 死闘を制したとはいえ、他の魔物にやられる可能性は大いにあった。そうなっていれば、ホブゴブリンの時と何も変わらない。

 本当に、ダンジョンに入ってから、幾度となく幸運に助けられている。


「痛っ――」


 立ち上がろうと全身に力を入れた途端、ズキズキと体中が痛みを訴え出す。

 見れば、全身傷だらけだ。

 至近距離からあの魔法を打てば、こうなるのも仕方がない。むしろ生きているだけマシだろう。水蜥蜴の黒鎧が無ければ間違いなく死んでいた。

 シェリルは傷を少しでも治そうと魔力治癒を発動させると、暖かい何かが身体を包むような感覚を受ける。


 少し経ってその感覚が収まると、傷の様子をもう一度確認した。


「まずいかもしれない」


 擦り傷や切り傷などの軽傷はなくなっていたが、骨折や打撲などの大きな怪我が治っていない。

 念のためもう一度発動してみたが、やはりそれらの傷が癒えることはなかった。


「いくつか反応しない怪我がある……早く外に出ないと、今度こそ死ぬ気がする」


 ただの勘だが、なんとなくそんな気がした。

 死を間近に感じ、鼓動が早まる。

 焦る気持ちを落ち着かせるように魔力ポーションを飲む。

 魔力が全快するのを待っている間に、タイラントスネークとウォーベアのドロップが無いか確認することにした。

 体を動かすたびに呻き声を上げそうになるのをぐっと堪えて、岩場を観察する。


「落ちていたのは魔石だけ。そう上手くはいかないか」


 ドロップ品は無かったが、だからと言って気を落とすことはしない。

 魔力も回復したので、先へ進むことにした。



◆◆◆



「はあ、はあ……」


 あれからすでに半日以上は歩いている。

 ちょうど魔物が現れにくい時間らしく、ここまで目立った交戦はない。

 だが、体の痛みは時間が経つごとに増していた。

 先ほどから、動悸が収まらない。

 けれど、今ここで休んでしまうのはマズい。そう危険察知が訴えるので、足を止めることができない。


「いつになったら、出口につくの……?」


 恐ろしいことに、これだけ歩いても景色はほとんど変わっていなかった。

 少しずつ川幅が狭まってきているため、進んでいることは分かるが、終わりが見えない。

 魔物に出会っていないことだけが救いか。


「……痛い」


 痛みがここまで辛いものだというのを久方ぶりに思い出す。

 孤児になってから毎日が、痛みとの戦いだった。

 何も物理的なことに限った話ではない。

 孤独や、言いようのない感情の数々。そういった類のものだ。


 今更になって不安が襲う。

 もしダンジョンから脱出できたとして、この傷は治るのだろうか。

 こんな目に会う原因を作った人身売買組織は、王都ルヴナードの裏を牛耳る裏組織の主だ。そんな場所へ戻って、自分は生きていけるのだろうか。

 考え出すと止まらない。

 シェリルはここにきて、心身ともに参っていた。



「はあっ、はあっ……」


 あれから更に半日。

 シェリルが意識を取り戻してから丸一日が経過していた。

 その間に再び魔物が現れるようになり、シェリルの体力を更に消耗させる原因となっていた。

 もはや強がりを言う元気すらない。

 耐えがたいほどの痛みを発する体を、気力だけで動かしている状態だ。


 だが、歩みを止めなかったためか、確実に出口へと近付いていた。

 川幅は水路ほどの広さになっており、暗かった行く先は緩やかな曲線を描いている。

 その水辺を今にも倒れそうな勢いで歩いていたシェリルは突然、立ち止まった。


「あ、れ……光……?」


 カーブを描いた水路道の先から、光が漏れているのが見えたのだ。

 それは緑光結晶のような幻想的なものではない。

 紛れもない、陽の光だった。


「……っ、出口……!」


 諦念を浮かべたシェリルの瞳に、希望の光が宿る。

 傷だらけで、血と土埃に塗れた体を懸命に動かして、命を振り絞るように歩き出す。

 シェリルにとってあまりにも濃く長い旅が、もう終わる。

 走り出すような力は残されていない。

 一歩一歩を踏みしめて進み、そしてついに、シェリルは出口へ踏み出した。



 暖かな日差しがシェリルを迎え入れ、心地良いそよ風が頬を優しく撫でる。

 緑に包まれた、生きた空気を確かめるように、シェリルは目一杯に吸い込んだ。


「戻ってきた……っ」


 ずっと暗い場所にいたからか、目が慣れない。

 眩し気に手で覆いながら、目をゆっくりと慣らしてゆく。

 そして、数秒が経って。

 目の前に広がる光景を見たシェリルは、驚愕の表情を浮かべた。


「……なに、ここ……?」


 目に入ったのは、見覚えのない景色と、見たことの無い濃緑色の服を着た人の集団。

 その誰もが、シェリルと同じように驚きを顔に浮かべている。

 少しして武装した集団が慌てた様にやって来ると、場はみるみるうちにざわめき出す。


 そんな彼らを様子を放心したように眺めていたシェリルは、ややあって、力なく崩れ落ちた。

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