新世界現象 〜地球side〜

 西暦2031年7月6日。

 その日、世界中を震撼させる大事件が発生した。


 それは穏やかな休日の昼下がり。

 冷夏によりあまり気温が上がらず、過ごしやすい天気となったこの日。

 日本では、さまざまな異常現象が各地で報告され始めていた。


 曰く、晴れているのに海が荒れている。

 曰く、雲がとんでもない速さで流れている。

 曰く、ペットなどの動物たちが一斉に鳴き始めた。


 いずれも普段では見られない現象であり、それらの光景は瞬く間にネットへと拡散されてゆく。

 そして驚くことに、日本で発生したものと似たような現象が世界各地でも頻発していることが分かった。

 これほどの事態をメディアが取り上げないはずもなく、各国の報道機関は先を競うように異常現象を取材し、その説明を国に求めた。

 しかし国もこの異常現象の回答を持っておらず、調査中だと答えるに止まる。


 頼みの綱が頼れない。

 この事実は、人々を混乱の渦に叩き込んだ。

 各地で巻き起こる、平時では考えられないような異常事態の数々。

 それは、世界中を混沌へと導く。

 終末論を主張する者たちが熱弁を振るい、それらを治めるために専門家や政治家が奔走する。

 熱心な宗教家たちは自殺を選び、治安の安定しない場所では暴動や略奪が発生。

 混乱に乗じて悪逆を講じる者が後を絶たず、各地で地獄のような惨劇が繰り広げられた。


 そして、そんな状況に追い打ちをかけるような出来事が発生する。


 ずぅん、という轟音が世界中に響き渡り、大地が揺れ始めたのだ。

 揺れの大きさは震度1以下と大きくはない。

 しかしこの揺れは、日付が変わった深夜0時過ぎまで続いた。

 日本をはじめとした地震に耐性のある国では、ある程度の混乱で済んだ。

 しかし普段地震を経験することが無いような国は違う。まさに阿鼻叫喚といったような光景が世界各地で見られた。


 これらの異常現象は、人類史に残る大事件の始まりに過ぎなかった。



◆◆◆



 二日目。

 7月7日月曜日。

 日本政府はこの日、不要不急の外出を控えるよう国民に通達し、インフラなどの生活の動線となる仕事に携わる者以外は全員、自宅あるいは避難所待機となった。

 そして、世界中で同時発生した異常現象の詳細を知るため、対策委員会を設置した。

 その長の座に就いたのは、引退した陸自の元将官である朝比奈博司あさひなひろしだ。大臣と首相に頼み込まれ、止む無く引き受けたという一幕があるが、それはまた別の話。


 委員会は長時間に及ぶ地震の影響を探るため自衛隊と研究者で連携し、その日中に調査団を派遣した。

 何かと決断の遅い日本が、世界で最も早く調査に漕ぎ付けたのは驚くべきことである。


 そして、調査を始めてわずか数時間後。

 調査団は衝撃の事実を持ち帰った。

 その内容は即時公開され、世界を震撼させる。


 情報の最大の目玉となったのはダンジョンだ。

 創作物に出現する、あのダンジョンである。

 そしてそこに棲まう怪物――魔物の存在が、画像や動画とともに拡散されたのだ。

 情報はそれだけには止まらない。


 ゲーム好きの調査員が偶然発見した謎のシステム、『ステータス』の存在まで確認された。

 その情報量の多さに世界はまた違った種類で混沌と化し、政府や自治組織に属する者たちの胃を盛大に破壊する。


 その後も世界各地で続々と発見されるダンジョン。

 そこには動く骨や王道のゴブリン、魔法を使う魔物までその種類は千差万別。

 中には凶悪極まりない魔物の出現により、全滅した調査団などもあった。


 しまいには、ダンジョン外でも魔物が発見される始末。

 とある自然豊かな内陸の地では、信じられないほどの強大な魔物が現れ、他国への避難を余儀なくされるような国もあった。


 ファンタジーに支配されてしまった地球。

 変わってしまった世界。

 これまでの常識はその日、死んだのだ。

 そして同時に、新しい世界が生まれる。

 人々はこの現象を、口を揃えてこう言った。


 ――新世界現象と。

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