第56話 日歴123年 王の不在
『リズ様!! ギオザの部屋にいる男を拘束してくれ! ギオザが刺された!!』
その叫び声を聞いて、部屋で就寝の準備をしていたリズガードはすぐさま部屋を飛び出した。おそらくアザミが階段を駆け下りている音を聞きながら、6階のギオザの部屋に向かった。
ギオザの寝室についたリズガードは愕然とした。
倒れている男と、その近くには血痕。
最近のギオザの立場は一層不安定で、いつかこんなことが起こるのじゃないかと危惧していた。
ギオザの怪我の程度が気になったが、アザミがついているなら、今は任せることしかできない。
だから、自分は……。
「寝てんじゃねえよ」
「ぐっ……!!」
リズガードは思いっきり男の腹を蹴り上げた。男の体が大きく跳ねて、その衝撃で男はうっすらと目を開ける。
その視界に写るのは、怒りを露にする麗人。
「一から十まで吐いてもらおうか」
容赦はしない。
結局、得られた情報は、男はメルバコフの人間で、他にも仲間が城の中に潜伏しているということだった。というのも、それが誰かを聞く前に、再び気を失ってしまったのだ。
そして、リズガードが男を尋問している間にアザミがギオザを連れて隠れ家へ向かった。そのことを後から知らされたリズガードは、確かにその方が安全だとも思った。
隠し通路の存在を知っているのは、王族と、その側仕えくらいだ。城の中に刺客がいたとしても、隠れ家にはたどり着けないだろう、と。
しかし、後にその考えが間違っていたと知ることになる。
ギオザ不在により、リズガードは城の責任者となった。ただし、ギオザが隠れ家に避難していることは知られないよう、ギオザは体調を崩して療養しているということにした。
そして、ギオザが刺された2日後。
リズガードは複数人の刺客に襲われた。
早朝、まだ暗い時間帯にリズガードは日課の散歩に出た。いつもは裏山まで出て軽く運動するのだが、ギオザ不在の今、自分は王代理である。遠出するわけには行かない。
心地よい涼風に吹かれながら庭を歩き、たまに立ち止まって植物を観察したり、長椅子に腰かけて考えに耽ったりした。
空が明るくなりはじめ、そろそろ城に戻ろうと立ち上がる。
「で、何の用かしら」
沈黙。
「出てきなさいよ。それでバレてないとでも思ってんなら、随分ナメられたもんねえ」
空気が動いた。リズガードを囲むように、4人の男女が出てくる。
リズガードは口角を上げた。その美しさたるや。思わず見入ってしまうほどであった。
「これでギオザが戻ってこられるかしら」
その後に起こった戦闘は、あっさりと決着がついた。奇襲に失敗したメルバコフ勢は、化け物のような強さを持つリズガードを前に成すすべなく、全員捕まった。
刺客を打ちのめして、城勤の軍兵に引き渡したリズガードは、しばらくしてある事実に気が付いた。
イズミがいない。
そして思い至った。
今日の刺客も、ギオザを刺した男も、雇い入れたのはイズミであることに。
「ラミヤ大森林の旧ラミヤ教会に向かって」
リズガードはすぐに、アサム王国軍軍団長セオ・ハイテンに命じた。もとはリズガードの部下だった男だ。イズミも裏切り者だったと知った今、リズガードが信頼できるのは彼だけだった。
そして。
その日の夜に、戻ってきたハイテン軍団長から報告を受けた。
旧ラミヤ教会は全壊。
その場には多くのメルバコフ兵の死体が残されていた。
周辺一帯をくまなく捜索したが、ギオザとアザミの姿はなかった。
瓦礫の下から、イズミの遺体が発見された。
「あんた、何やってんのよ」
イズミの遺体を前に、リズガードはそう呟いた。イズミの腹には刺し傷があり、それが致命傷になったと思われた。
知性を湛えていた瞳は閉じられ、土気色の肌は、もう取り返しがつかないのだということを雄弁に語っていた。
10年以上もギオザに仕えていたイズミは、まさにギオザの腹心だった。
すべてを一人で抱え込んでしまうきらいのあるギオザが、頼ることができた貴重な一人だった。
「死ぬには早すぎんのよ」
ギオザと同い年、自分より8つ下だったはずだ。
リズガードは、イズミの顔にそっと布をかけた。
ギオザとアザミが行方不明になってから2日後。ギオザの身柄がメルバコフにあることがわかった。そして、あろうことか、5日後に処刑すると公言しているという。
その知らせはまたたく間に国に広がった。リズガードは三役会議を開いた。
「何故、我々には何も知らされなかったのでしょうか」
リズガードがここ数日の出来事を説明し終えると、ヨコバ家当主セダルが声を上げた。
「城の中に裏切り者がいるのに、不用意に言えるわけがないでしょうが」
「当然でしょ、何言ってんのあんた」と言わんばかりのリズガードに、セダルは押し黙る。ギオザのそれに比べると、リズガードの言葉は直球だ。
「時間がないの。今話し合うべきは『ギオザをどう取り戻すか』よ」
「……よろしいでしょうか」
沈黙の後、カサイ家当主クアトロが手を挙げた。
「なあに?」
「国のことを第一に考えるのならば、我々は静観すべきかと考えます」
その意味を理解したリズガードは一気に表情を険しくする。
「つまり、ギオザを見殺しにしろってこと?」
「陛下の身柄はすでにメルバコフにあります。我々が出兵したところで、すぐにメルバコフがそれを察知するでしょう。奪還は絶望的です。そのために多くの犠牲を払うというのは、国民の了解を得られますまい」
クアトロが言っていることは、リズガードも理解できた。しかし、納得はできない。
『無理だから』ギオザを見殺しにするというのか。あんなにも国のために身を粉にしてきた
「私も同意見です。指名手配の件もあり、国民は陛下に懐疑的でした」
イイヅカ家当主ヒナタの言葉に、リズガードはぐっと奥歯を嚙み締めた。
火のないところに煙は立たない。ギオザが先王の子ではないのは事実である。
「アザミ様の行方もわかりません……リズガード様」
クアトロがまっすぐリズガードを見据えた。
「新たな王になっていただきたい」
それが、我々
ややして、リズガードは大きなため息をついた。
本当に厄介だ。
御三家の意見を軽く扱うことはできない。御三家の総意とは、すなわち貴族の総意、だからだ。
「あんたたちってほんとに自分たちのことしか考えてないのね」
国のため、とは言うが、結局は自分たちの豊かな生活を守りたいだけだ。そのためならば、主の首だって挿げ替える。
ギオザは真の王だった。
いつも国のためを考えていた。血筋がどうであろうと、王であるべきは、ギオザだ。
「いいわ。あんたたちの考えはわかった」
リズガードは苛立たしげに、どんっと机を叩いた。そして命じる。
「セオ、メルバコフに出兵しなさい」
「かしこまりました」
ハイテン軍団長は即座に返事をすると、部屋を出ていった。
「リズガード様、我々の」
「口を慎みなさい」
ぴしゃり、とリズガードがセダルの言葉を遮った。
「あたしが王なら、文句はないはずよ」
日歴123年冬月44日の三役会議にて。全会一致により、現王ギオザ・ルイ・アサムの解任と、リズガード・セラ・アサムの王位就任が決定した。そして、翌日の冬月45日の月宴会にて、リズガードの即位の礼が行われた。これにより、ギオザ・ルイ・アサムの治世は僅か2年と74日で終わりをつげた。
新王リズガードの命で、アサム王国軍はギオザ・ルイ・アサム奪還のためにメルバコフへ出兵した。賛否あったが、リズガードは有無を言わせず、強行した。
しかし、ギオザ奪還は予想通り難航することとなる。
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