第16話 日歴122年 三役会議 上
アサム王国王城4階会議場にて、ライアン奪還作戦に向けた三役会議が開かれていた。
扇形の卓の一辺に軍団関係者、一辺に御三家の当主、双方に挟まれる位置に王族が座し、その顔ぶれはそうそうたるもので、ここに一般市民が1人でも迷い込んだら気絶してしまうのではないかといった緊張感がある。
そしてその議題、『ライアン奪還作戦』の責任者かつ準王族としてこの会議に参加することになったツァイリーは、内心穏やかではなかった。
今日は冬月48日。
月宴会があけてから初めての会議で、この場にいる知り合いはギオザとリズガードのみである。座席や服装から、どちらが軍団関係者でどちらが御三家当主かくらいはわかるが、名前など誰1人としてわからないし、力関係も全くわからない。
ギオザは何も話さなくていいと言っていたが、そういうわけにいくだろうかとツァイリーは不安で仕方なかった。
「では、ライアン奪還作戦に向けた会議を始める」
その声を合図に一人ひとりに資料が配られる。目次にざっと目を通した御三家席の1人の男が手を挙げた。
「なんだ、ヨコバ郷」
「恐れながら陛下。アザミ様についてご説明いただきたい」
自分の名が初っぱなから出てきたことにツァイリーはどきりとした。しかし表情には出さないように努め、質問をした男の方へ顔を向けた。
「月宴会で説明した以上のことはない」
「責任者について、前回までの会議では決まっていなかったと記憶していますが」
「不満があると?」
そのギオザの言葉にヨコバ家当主セダルは言葉に詰まった。
セダルはまだ30代と若く、場慣れしていないためか、他の御三家当主よりも言動に隙がある。
「いいえ、そうなった経緯をご説明いただきたいのです」
セダルがなんとか言葉を繋ぐと、ギオザは口を開いた。
「歴史をかんがみても対国作戦の責任者は常に王族が務めてきたが、リズガードはエドベス帝国外交責任者だ。アザミ以外に適任はいない」
「……よろしいですか、陛下」
御三家席唯一の女性が声をあげた。
「なんだ、イイヅカ郷」
「そのアザミ様が、本当に陛下の義弟であるという証はあるのでしょうか。作戦には我が領土からも義兵を募りますゆえ、大切な領民の命を預けてよいのか、私が判断しなければなりますまい」
「証というのならば存在しない。しかし、アザミの生まれ育ちと、父の手記に記載されていた隠し子の行き先が一致した。もちろん詳細に調査した上で、彼が私の義弟であると判断している」
有無を言わさないギオザの返答に、イイヅカ家当主ヒナタは礼をして引き下がった。
それを最後にツァイリーの話は終わり、用意されていた議題にうつった。内容は主に、日時や動かす軍隊の規模など具体的なものばかりで、これまでの三役会議で概ね決まっていたことなのか、話は揉めること無くどんどん進んでいった。
作戦実行日は春月1日。ライアンへ1万の軍を送り、街を占拠する。人民を人質に取り、隣国メルバコフに、人質と引き換えに『ライアンの主導権の放棄』と『30年前の賠償金の支払い』を認めさせることがこの作戦の目的だ。
ツァイリーの役割としては、随軍し占拠後のライアンの街で待機。メルバコフの使者と面会し、使者にこちら側の要求を伝え、合意を取り付けることだった。
ツァイリーはこの会議内で初めてそれを知ったのだが、ギオザには「お前は椅子に座っていればいい」と言われていたわりに、重要な仕事を任されていて、内心自分にそんな役が務まるだろうかと焦っていた。
会議も終盤に入り、ギオザが質問の有無を確認した時、これまで一度も発言していなかった御三家席の壮年男性が手を挙げた。
「カサイ卿、なんだ」
「アザミ様に質問です」
完全に油断していたツァイリーは、思わずギオザを見た。ギオザに会議中は発言するなと言われていたからである。しかし、ギオザはツァイリーに一瞥もくれず、あろうことかカサイ家当主クアトロの発言を促した。
「許可する」
「アザミ様は他国で育ったとのことですが、アザミ様にとってアサム王国とはどのような存在ですか?」
ツァイリーは答えに窮した。
クアトロの声音は穏やかだが、その瞳の奥にはツァイリーを見定めるような剣呑な光が見えた。下手なことを言うわけにはいかない。
ツァイリーはその場の全員が自分の答えを待っていることに気づき、あまり考えている時間はないことを悟ると、もうどうにでもなれという気持ちで口を開いた。
「……確かに私は他国で育ち、ここではない場所に友人、恩人がたくさんいます。しかし、私の両親が育ったのはこのアサム王国であり、父は亡くなるその時までこの国を守ったと聞きます」
ツァイリーは一息つくと、言葉を続けた。
「私にとってアサム王国は第二の故郷です。私が何か役に立てるのであれば、全力を尽くしたいと思っています」
そう言い切ったツァイリーは、おそるおそるクアトロの反応を待った。
誘拐監禁された上に命を握られている状況なので、正直ツァイリーはそこまでアサム王国に尽くしたいという気持ちはない。しかし、この国が自分のルーツであるという思いはあり、第二の故郷というのは全くのでまかせでもなかった。
「……そうですか。妙なことをお聞きし、失礼いたしました」
納得したのかどうかはわからないが、クアトロは引き下がった。ギオザが再度質問を受け付けるが、発言する者は現れず、本日の会議はここで終了となった。次なる質問を危惧していたツァイリーは心の中で安堵する。
「リズ様」
御三家当主が退席し、ツァイリーも席を立とうとしていた時、軍団関係者席の丸眼鏡をかけた男がリズガードに声をかけた。
「なあに? ハイテン軍団長」
「その呼び方は気色が悪いのでやめてください」
気色が悪い、その一言に、ツァイリーは思わず動きを止めた。リズガード相手にあの物言いである。タメ口を許されているツァイリーも、まさかあんな言葉は使えない。
会議中は特に発言もしておらず目立っていなかったが、丸眼鏡のこの男性こそリズガードの後釜で、現国軍団長のようだ。
「あらあ? あたしこれでも王族なんだけど? そんな口の利き方していいのかしら」
「処分したければお好きにどうぞ」
「ほんと変わらないわねえ」
なんだかんだリズガードは楽しそうに言葉を交わしている。
ツァイリーは軍団長が意外にも華奢なことに驚いた。リズガードと並ぶと、リズガードが高身長かつ体格が良いのもあり、どうしても貧弱に見える。
「時間がある時に、訓練場へ顔を出してやってくれませんか。あなたに憧れる者は多いので」
「……そうねえ。あたし暇じゃないのよね」
ツァイリーは嘘つけと思った。
確かに予定がないこともないだろうが、ツァイリーが体づくりをしていた20日間、かなり時間を作ってくれたし、訓練以外でも茶々を入れに部屋に突然来ることもあるので、ツァイリーは、リズガードは結構暇なんじゃないかと睨んでいた。
「また適当なことを。どうせこの城で時間を持て余しているんでしょう。出不精も大概にしてください」
「リズガード、たまには行ってやれ」
実は聞いていたらしいギオザの一言で、2人の会話は終わった。
リズガードが渋々受け入れ席を立ち、それに満足したハイテン軍団長もといセオ・ハイテンも会議場を後にする。
会議場にはツァイリーとギオザの2人だけになった。
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