第15話 日歴121年 神子の生まれ変わり 下
そこまで考えたところで、レイディアはメリッサに呼ばれた。その声はやや上気している。
「レイ兄、はやくきて!」
レイディアはペンダントを服の下にしまうと、ツァイリーの部屋を出て広間に向かった。
広間に着き、そこに1人大人がいることに気がつくと、レイディアは思わず足を止めた。
「先生!?」
そこにいたのは、療養で長期不在にしていた施設長モーリスであった。
子ども達に囲まれていたモーリスはレイディアに気づき顔を上げると、柔らかく微笑んだ。モーリスは、レイディアとツァイリーにとって親のような存在であり、セゾンの園の創設者でもある。
5年前に体調を崩して、故郷で療養していたので、会うのは5年ぶりだった。
「レイディア、久しぶりだね」
「お久しぶりです……」
あまりの予想外に、レイディアは上手く反応することができず、ただただモーリスを凝視した。自分が成長したからなのか、前よりもモーリスの背が低く見える。
「ねえ先生、あれ作って!」
「あれ?」
「シチュー!」
「僕も食べたい!」
「私もー!」
子どもたちがモーリスに彼の得意料理をねだる。モーリスは5年施設にいなかったので、彼の記憶が全然ない子もいる。しかし、モーリスの温かな雰囲気に、その空白を感じさせないくらい、子どもたちは彼に懐いていた。
「じゃあ、夜ご飯にしよう。みんなも手伝ってくれるかな?」
「うん!」
「手伝う!」
子どもたちが我先にと駆けていく。モーリスはやれやれと笑いながらそれを見送る。
「ほら、そんなに走らないで」
メリッサも子どもたちを諌めながら、台所に向かった。
「レイディア、不在の間、子どもたちを守ってくれてありがとう。夕食後にまた話しましょう」
モーリスはそうレイディアに言葉をかけると、子どもたちの呼び声に応じた。
モーリスと子どもたちが協力して作ったシチューを堪能し、子どもたちがベッドに入った後、モーリスとレイディアは2人で語らいあっていた。
「あの子もシチューが好きだったね」
「……そうですね」
礼拝堂で、2人は椅子に座り、同じ方向を向いていた。その先にはツァイリーの遺骨がしまわれている。
2人ともありし日のツァイリーを思い出していた。モーリスが作るシチューが好きで、シチューの日は飛び上がって喜んでいたものだ。
「あの子が事故で亡くなるなんて、私は想像もできなかった」
それはレイディアも同じ気持ちだった。自然災害が起きても1人だけ生き残っていそうな生命力がツァイリーにはあったのだ。
「レイディア、君に神官の話がきていると聞いた」
「はい……半年ほど前から」
レイディアはモーリスにそのことを伝えていなかったが、彼が知っていたことには驚かなかった。モーリスは神官なので、直接国から何かを言われたのかもしれない。
「断っているのは、なりたくない理由があるのかい?」
レイディアは言葉に詰まった。国に不信感を抱いているのは事実だが、話を断っていたのは、神官にはなりたくないというよりも、この施設を離れることへの懸念が大きかったからだ。
「もしこの施設のことを気にしているのだったら、大丈夫。私もだいぶ体調が安定したから、戻ってこようと思っていた。もちろん君がいなくなったら子どもたちは寂しがるだろうけど、全く会えないわけじゃない。君が寂しいというのなら話は別だけどね」
ふふふと笑ったモーリスにつられて、レイディアの口元も緩んだ。
レイディアは、モーリスはきっと自分のことを聞いてセゾンの園に戻ってきたのだと思った。もしかしたら国からの要請かもしれないが、モーリスは終始レイディアの意思を尊重する姿勢だった。レイディアは5年前と変わらぬ彼の様子に安堵し、懐かしさを覚えると、モーリスに自分の考えを全て打ち明けようと思った。
神官のモーリスに対して、国がツァイリーの死に関わっているという仮説を話すのは少し勇気がいる。
しかし、モーリスは自分にとってもツァイリーにとっても親のような存在で、久しぶりに会ってそのあたたかさを感じると、隠し事をする方が憚られた。
「たしかにそれは変だね」
レイディアからことの顛末を聞いたモーリスは長考の末にそう呟いた。
「……レイディア、私にはひとつ心当たりがあるんだ」
「心当たり?」
モーリスは声をひそめた。
「ツァイリーの出自を知ってるかい?」
「いいえ、聞いたことありません」
レイディアはツァイリーとのやりとりをざっと振り返ってみたが、そんな話はしたことがなかった。自分自身も親のことなど知らぬし、一緒に生まれ育ったツァイリーだって同じだろうと漠然と考えていたので、話題に出したこともない。
「私はある時、ほぼ同時に2人の赤子を預かった。それがレイディア、君とツァイリーだ。この教会で神官を務めていた私は、それを機にこのセゾンの園を開設した」
セゾンの園は約20年ほど前に開設され、ツァイリーとレイディアが最初の養い子だった。そのことは知っていたので、レイディアは黙って頷いた。
「ツァイリーの母親はこの教会に通っていた女性でね、ある日、手紙を渡されたんだ。そこには彼女のことと、子どものことが書かれていた。彼女はある国の王太子との子を授かり、子を守るためにこの国に逃げてきたそうだ。しかし、体が弱く、自分の命は幾ばくもないと感じているという」
「王太子……?」
「その手紙には日時と場所が書いてあってね。そこに行くと、ツァイリーが残されていたんだ。私は拾って育てることにした」
レイディアは衝撃の事実に驚きを隠すことができなかった。
「リー自身はこのことは?」
「母親のことは詳しく話していないが、王族の血をひいていることは知っていた」
「その国というのは?」
「アサム王国、黒の国と呼ばれている」
世間事情に疎いレイディアだが、黒の国というのは神話で読んだことがあった。色の名前がつくのは、
「私はそのことを本人以外に話してはいないが、もしかしたら知られていた可能性はある」
モーリスは誰にとは言わなかったが、レイディアは彼が指すものがわかった。
ツァイリーが王都に呼ばれたのは、もしかしたらそれが理由かもしれなかった。
「レイディア、君が今やりたいことはなんだい?」
そう問われて、レイディアは心の中ではっきりと答えが浮かんだ。
「リーの死の真相を知りたいです」
力強い返事に、モーリスは頷いた。
「それは私も同じだ。ツァイリーは我が子のような存在だった。私は、ツァイリーの死はなんらかの形で黒の国が関わっていると考える。しかし、黒の国は他国とほぼ関わりを絶ち、入国はおろか情報さえほとんど入ってこない」
そうなると、自ずと選択肢は絞られていた。
レイディアは再度ツァイリーの遺骨がある方を見つめると、覚悟を決めた。
「先生、俺、神殿付きの神官になります。そこで、リーの死の真相を探ります」
そう言い切ったレイディアには、先ほどまでのどこか物憂げな雰囲気がなくなっていた。
モーリスはレイディアの瞳に光が宿ったのを確認すると、ふふふと笑った。
「こちらのことは私に任せて。辛くなったら戻ってきなさい」
こうして、レイディアは神殿付きの神官になった。
すべてはツァイリーの死の真相を探るためである。
そしてレイディアが覚悟を決めたその頃、ツァイリーはというと、まさか自分が死んだことになっているとは知るよしもなく、地下牢で見張り番と駄弁っていたのであった。
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