第2話 エルフの棲み処②
たむろしていた団員のうちの一人が、ベルを見るなり「あれ」と声を上げた。
「ギルドから来たのは二人だと聞きましたが」
「ええ、そうなんですが」
ベルは唇の端を持ち上げた。
「相方はちょっと別件で。一座のことで、お話を伺っても?」
問いかけると、面々はもちろんと頷いた。
「でも、今まで来られた方に話したのと同じですよ」
「構いません。ヘラさんにお話を伺っていたんですけど、練習に行ってしまったので」
「ああ……」
納得したように言う団員たちに、ベルは単刀直入に聞いた。
「あの二人、姉妹仲は良いんですかね?」
すると彼らは、気まずそうにお互いの顔を見合わせた。
「あんた、意地が悪いな」
一人が言った。
「俺らだって詳しい話は知らねえけど、妹に一番の歌い手の座やら何やらを奪われたんだ。何も思わないはずはないだろうさ」
「…… 今回の件、エルフの呪いだという話も聞きますが」
今度は誰かがはっと笑った。
「あれだけ歌っていれば、声も嗄れるさ。新しい座長になってから張り切ってるんだろうが、空回ってるね、どうも。ギルド連合に加盟するとかしないとかいう話もあるけど、まったく――」
「おい、やめろよ」
彼の小馬鹿にしたような言い方に、一人がたしなめる。
「エルフの呪いではないと?」
ベルが尋ねると、彼はさあね、と肩をすくめた。
「子どもが見たとか言ってるが、子どもの言うことだからな。―― ああ、でも」
ブーツが草を踏み分けると、遠くで鳥が飛び去る音がした。
「―― 〈幻術無効〉……」
ラフはぼそぼそと詠唱した後、ぴたりと足を止めて辺りを見回した。木々のざわめきに混じって、ひそひそと囁きあう声が聞こえてくる。にわかに靄が満ちはじめ、視界がぼやける。
その瞬間、ラフの顔の真横をなにがか素早く駆けていった。駆け抜けていった方向へ目をやると、木の幹に一本の矢が突き刺さっている。手に取ろうとするとたちまち焼け落ち、あろうことか地に文字を残した。
“去れ”
「…… あー…… 聞きたいことがあるんだが」
返事はない。
「ロジーナ座について―― 少し前に、ここへ……」
一歩踏み出しかけた時、さっきと同じか、それ以上に鋭い勢いで矢が迫ってきた。すんでのところでラフが受け止めると息つく暇もなくもう一本穿たれる。避けなければ完全に当たっていた。
取り付く島もない。
ラフはゆっくりと後ずさりした。そして詠唱もなしに、近くの木に向かって火を放った。途端、ぎゃっ、という小さくない悲鳴とともに何かが落ちてくる。すぐさまラフは彼を引き立て、今しがた自分に向かって穿たれた矢を少年の首に突き立てた。少しでも動けば突き刺さる、という姿に、顔が見えないながらも息を呑む気配がした。
思った通り、それほど数は多くない。
ラフは捕らえた少年を周囲に気を配りながら一瞥した。耳が人間の倍は長い。
「正直に答えてほしい。すぐにわかる嘘をついたら刺す」
周囲が再びざわめいた。
「卑怯な」「そうだ卑怯だ」「人間は卑怯だ」
木々のざわめきに混じって、風の低く唸るような声が次々聞こえた。
「族長を呼ぶか」「そうだそれがいい」「長を呼ぼう」
「人数を増やしても刺す」
ラフが再び宣告すると、辺りは静かになった。
「あんたたちはエルフか?」
問いかけると、誰かがそうだ、と口にした。
「我らはエルフだ」「神聖なる一族だ」
「棲み処はずっとここに?」
「それは言えない」「そう、言えない」「人間が襲いに来るから」「人間は危険だから」「そう、危険だから」
「…… ロジーナ座のことは知っているか?」
そう尋ねた瞬間、周囲は突然静まり返った。誰も答えようとしない雰囲気にラフが眉をひそめると、
「…… ロジーナの話は禁忌なんだよ」
とラフの腕の中で少年が言い、
「そう、言えない」「その話はできない」「そう、できない」
と、いくつもの声が続いた。
「なぜ?」
「ずっと昔の話だ」「我々は関係ない」「そうだ関係ない」
戸惑いつつも頑なな態度に、ラフは質問を変えることにした。
「巷で噂のエルフの呪いについて、なにか知っていることは?」
再び沈黙が降りる。少年に目をやるが、今度は気まずそうにうつむいたままだ。
「呪いは魔の物だ。我々はそんなことはしない。恨みこそあれど」「そう、しない」「それが人間にはわからない」「愚かだ」「人間は愚かだ」
と、その時、エルフたちが少年も含めはっと息を呑んだ。
「隠れて! 早く!」
切羽詰まった様子で少年に言われ、ラフは反射的に近くの背の高い植物の陰に身を潜めた。息を詰めて待つと、どこかからずるずると重たい体を引きずるような音が聞こえてくる。
「なんだ、あれ……」
ラフは思わず呟いた。今まで見たこともないような巨体の怪物が、森を徘徊していた。
「エルフの棲み処は魔力をたくさん集めて作るから、よくああいう大きな魔物が引き寄せられてくるんだ」
「…………」
「こっち」
怪物が背を向けた隙に手を引かれ、ラフは少年とともに森の入り口まで出てきた。
「助かった」
開口一番にラフは素直に礼を言った。
「悪かったな。怖がらせるような真似して」
その言葉に少年はふるふると首を振って、
「本気の人たちは、もっと必死だから」
と答えた。
「お兄さんは、騎士の人?」
「いや、違う」
「じゃあなんでロジーナのこと調べてるの?」
「依頼があって…… 詳しいことは言えないが、少し前に男女の集団がこの辺りを通らなかったか?」
少年は少し考えた後、
「僕たちはあまり外に出ないからわからないけど、ちょっと前にじいちゃんがそんなこと言ってたよ。その時もさっきみたいなのが出たから、女の人が大怪我するところだったって」
「………… 外には大人しか出ないんだな?」
「ううん。大人も出ないよ、危ないし。出るのは今みたいな、見回りの人だけだよ。じいちゃんはロジーナの声が好きだから時々抜け出して見に行ってるみたいだけど」
少年は、先ほど呪いの話をした時のような気まずそうな、後ろめたそうな顔になった。
「でも、みんなは人間が嫌いだから……」
うつむいて言う彼の頭に、ラフは自分の手を乗せてくしゃくしゃとかきまぜた。
「色々教えてくれて有難う。このこと、仲間たちには話さないでおいてくれると助かる」
「あ、でも……」
「頼むよ」
じゃあな、と言って、ラフは今度こそ森を後にした。
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