第14話 やっと決まる
勝也先生とはそれっきりだった。
あの日、やんわりと関係を続けることを拒んでからは、勝也先生と会うことも電話することもなかった。
……関係を続けるって言ったって、私達の間には明確なものはなかった。
私と勝也先生は恋人同志でもなく、心にぼんやりとした輪郭で残ったのは彼から好意を寄せてもらえていたことだけ。
勝也先生は素敵な人……、だったけれど。
♢♢♢
その日のちりこは、疲れてはいたがとても上機嫌だった。
「やったあ!」
やっと、やっと決まった!
仕事がようやく決まりました。
こんなに仕事が決まらないと思わなかった。
面接先で、あからさまに子持ちである事と年齢で切られるとは思ってなかった。
だけど、どうにかやっと小さな文房具屋さんのレジのパートが受かりましたあっ!
「ああ、良かった。私、受かったんだ」
本当に嬉しい。
ずっと焦ってた。
季節は巡ってしまっていたから。
10月になっていた。
ここ最近は、まだほんのり暑い日もあったけれど、今朝は少し肌寒かったよ。
これから冬に向かっていくんだね。
ところどころ街の木々の葉っぱが色づいてきて、落ち葉も目立ってきていた。
どこからか金木犀の香りがしている。
私は一生懸命に就活をしつつ、一日だけとか試食販売や本屋さんの棚卸しをやったり内職をやったりしながら、家族三人でどうにかこうにか生活していた。
慶一郎からどうしても産まれてくる子供のためにと何度も頼みこまれて私はついに離婚した。
慰謝料は100万円。
月々の養育費は子供二人で8万円。
「離婚の養育費としては基準よりはるかに高く納得の値段だろう」と、調停員と慶一郎のゴリ押し。
納得はちっとも出来なかった。
でも私はとにかくもう離婚調停では何度も心が抉られ傷ついて色々限界だったし、何より暮らしていくために必死だった。
貰った慰謝料の100万円も始めは嬉しくて、なるべく手をつけないようにとか思っていたのにそうはいかなかった。
長男の小学校の準備資金、ランドセルを買ったりだとか、二人の幼稚園の遠足代とかなんだかんだと毎月かかった。
はあーっ。
生きるってこんなに大変だったかな。
周りには若いとは言われる30代前半だが、20代とは明らかに違う条件の厳しさを感じる。年を取れば取るほど生きづらい。
私、あれから勝也先生にはひと目も会っていないんだね。
だいぶ前に、アパートの前に引っ越し屋さんのトラックを見たことがあった。
勝也先生は引っ越しちゃったのかな? と、少し寂しく思った。
けれど、私にはそんな風に思う資格なんてないんだよね。
今更、勝也先生のことばかりを考えてしまう。
私はそんな想いを振り払うように首を横に振った。
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