わたあめみたいな恋。夫の隠しごとに気づいた私。

桃もちみいか(天音葵葉)

『勝也side』

第1話 あなたの涙

 窓から、はらりと散る桜を眺めていた。

 見惚れてしまうのはなぜだろう。


 数本ある桜の木はとっくに葉桜になっていたが、一本だけまだ美しく咲き頃を迎えピンク色の花が盛りを迎えていた。

 ある人の姿がよぎり、きゅっと胸が痛み切なく疼く。

 思い出す。

 何度も。

 いつの間にか心が彼女でいっぱいになっている。


(綺麗だな。あれだけ違う品種だろうか?)


 勝也かつやは25才になった。

 専門学校を卒業してからずっと、飲料水メーカーの会社の事務員として働いていたのだったが違うことに挑戦したくなったのだ。

 何をやりたいのかと、悶々と自分の心に問う日々。

 そんな時に必ず浮かぶのは、幼い頃にかじっていた空手だった。

 夢中で体を動かし、上達していくのが楽しかったなと、思う。


 空手にまた関わりたくなってここ最近やっと転職して、子供向けの空手教室のインストラクターになった。


 空手教室で働きだして、すぐにに会ってびっくりした。

 だって、ご近所に住む気になるあの人だったから。


 ベランダで泣いていたあの人。

 なぜだか胸を打つその姿に声をかけて慰めたくなってしまった。


 今日は笑顔だったけれど、なんで泣いていたのかな?

 

 なぜだかとても気になった。

 育児で大変だから?

 それとも旦那さんと喧嘩けんかしたのかな?

 何があったのだろう。


 聞けないもどかしさに、なんだか気持ちがやられている。

 とても気になるんだ。


 きっと俺はあなたに恋している。


 一本だけ遅れて咲いた桜を眺めながら思った。

 あの人は輝いている。

 他の木に目がいかなくなってしまうこの桜のように、自分の中で咲く気持ち。

 心、奪われてしまえば、もう他の女性など視界に入らなくなってしまう。


 あなたに話しかけたら、歯車が回りだすだろうか?


 勝也はきゅっと締めつけれる胸をそっと押さえた。

 休憩室で時折り溜め息をつきながら青い磁器のマグカップを握る。目に映るのは、揺れる深く茶色の液体。

 すっかり温くなっていた。

 勝也はほろ苦いブラックコーヒーを一気に飲み干した。





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