第18話 次に向かって 1
「う! 眩しい、暑い! けどいい!」
洞窟を抜け、岩だらけの砂地に出るやオリビエははしゃいだ。
外はカンカン照りの暑さだが、暗く、じめじめしたあの場所よりはいい。
あの場所は、この不安だらけの精神状態をより悪化させていた。
「そうね。さっきよりは気持ちがいいわ」
同感とカーリーも近くの岩に腰をかける。
「これからのことだけど、別行動ね」
妖精界に人間は簡単に入れない。
入るためには色々と準備がいる。時間がもったいない。
「カーリー、オレたちは大陸の東側、グルラン帝国内のタニオの街から森を抜けて海岸沿いにある、海の塔とよばれる場所に行く。何か分かったらそこへ来てくれないか」
「了解」
端的に返事をして立ち上がろうとするとフェリオが物騒な表情でいる。
「団体さんのおでましですよ」
岩陰にいて視界には入らないが、殺気がビリビリ雷の魔法に当たった時のように伝わってきている。
「あらら」
カーリーはうんざりげに答え、殺気がする側に立つ。
「私があしらうからあなたたちは先に出発して」
手をひらひらと振る。
「それは無理だろう」
この頃、襲撃者たちの分別ができるようになっていた。
「知り合いの方だよね」
黒ずくめよりは弱いが、一人では厳しいだろう。
オリビエは加勢すると剣を引き抜く。
「カーリーが持ってくる情報が一番いいと思うから手伝うよ」
妖精界が管理しているのだ、聖魔剣や入口の情報は人間界に伝わるものよりは正確なはず。
どちらかといえば、カーリーに先に旅立ってほしいぐらいだった。
だが、知り合いで因縁があるようなので、きっちりとけりを付けさせようと考えていた。
「そうね。じゃあ、お願い」
四人は臨戦対応できる状態になる。
「オリビエ、あなたはハスラムの傍にいなさい」
「え?」
どうして? と声が出る前にハスラムの胸元へ引き寄せられていた。
「テリウス、あなたその身体どうしたの?」
視界に入ってきた知り合いの姿は変わっていた。
薄い金色の髪に白い肌が、灰で覆われたようにくすんでいた。
極め付けが、皮膚に入れ墨のような模様がいたるところに見られる。
「あらら、腕なんて迷路みたいね」
風を操り袖を切り離す。
「変な模様」
カーリーに考えがあり挑発しているのは分かるが、つい口に出てしまった。
「オマエなぁ。いいかこれからカーリーが威力のある魔法や魔術を使う。いいな、絶対に呪文が聞こえても声に出すな。いや、聞くな」
オリビエの得意技とでもいうか、耳に入り同じように唱えるだけで魔法や魔術が発動するという特技を心配していた。
簡単なものならば放っておいても害はないが、大技となればそうはいかない。
ハスラムは、この特技を知らない時に何度か戦闘中に呪文をコピーされて自然破壊をやられていた。
ハスラムの手は、オリビエの両耳を塞ごうと動く。
「分かっているよ。けど、カーリーってオレの特技知っていたっけ?」
その手をはたく。大丈夫と。
「知らないだろう。オレに保護させたのはこれから起こる気味の悪いことを心配してだよ」
「気味の悪いことって?」
「腕や首筋に模様があるだろう。あれは魔族と契約した時に現れる紋章なんだ」
「魔族? んなものと契約なんてしたら、魂喰われてしまうんじゃあ?」
「契約内容にもよるが、いちがいにそうだともいえない」
詳しくおしえてやりたいが、今はそれどころではない。
「フェリオ、魔族が出る可能性があるから気をつけろ!」
「やっぱりあの模様ってそうなんですね」
フェリオも気付いていた。
「契約破棄、退魔をする気だろう」
すなわち契約した魔族を呼び出して破滅させること。
「カーリーの力ならできるだろうけど……」
成功する確率は高いが、相手が相手。何が起こるか分からない。
こういっている間にもカーリーはテリウスを雷撃で地面に転がしていた。
「外野を片付けます」
テリウスが引き連れてきている傭兵だろう連中にフェリオが、切り込んで行く。
「オレたちは?」
「ここで待つしかない」
ハスラムはこう答えながらも二人に向かってくる者に魔法で攻撃していた。
「どうして?」
守られるだけは嫌だとオリビエも動こうとする。
「万が一オマエの短剣が聖魔剣だったらマズいんだ」
魔族に取られでもすれば、この世界は終わる。
「聖魔剣って相手を選ぶんだろう?」
「力技でおとなしくさせることはできる。魔族ほどの力があればな」
「ええ!」
オリビエの腕を掴むハスラムの手に力がより入る。
「これからは、魔力が強いものや得体のしれないものには近付くなってことだ」
聖魔剣の発する気というものに反応されると面倒だった。
「でもさ、聖魔剣が選んだのが魔族だったら?」
「その時は、渡さずにすむ方法を考える」
再び寝てもらう。何が何でも封印をやり直す。
「うわぁ!」
短剣を奪えるほどの力があるものが出てきたらとオリビエは恐る恐るカーリーたちを見ていると、倒れているテリウスの身体から黒い靄が現れ形になっていく。
「変なの出てきた」
「魔族だな」
子供ぐらいの大きさだった。
顔は、目が吊り上がり鼻はツンと高く、いやらしい笑みを浮かべている。邪悪としかいえない見た目だった。
「小物でよかった」
ぼそりハスラムはもらす。
「オマエ、大物見た事があるのか?」
「ああ、去年かな。魔導協会の依頼で討伐に行った」
強かった。討伐後、魔力の使い過ぎでしばらく寝込んでいた。
「見た目、気持ち悪かったぞ。思い出したくもない」
現れた魔族はまだ人に近い見た目だが、ハスラムが討伐で見た魔族は、人の形をしていたが身体全体が解けていて、目は鼻など人の考える定位置にはなかった。
発する気も底知れない寒さというものだった。
「そうなんだ」
ハスラムの様子にできれば見たくない、関りたくないとオリビエは心底思った。
「あ! カーリーの放った術で縛られている」
三方から光の縄のようなものを出して、固定させていた。
「解除」
低い、いつものカーリーからは想像もできない声が聞こえるや光の縄は縛っていた魔物を締め上げ、弾けた。
魔物の姿は消えた。
「さてと、次は白状させるわね」
気を失って転がったままのテリウスの胸元を掴み起こすと、乱暴に両頬を叩く。
「う、ぅぅ」
まだ身体に自由が戻らず呻くことしかテリウスはできなかった。
「私が石を持っていることを誰から聞いたの?」
罪を犯し、妖精界から追放されているテリウスがこのことを知っているはずはない。
妖精界でも長と他三人の力あるものしか知らないこと。
「さる御方だ」
荒い息で答える。
「その御方って誰?」
「ふん。オレは、力が欲しいんだ」
「知ってる。だから我が里の宝を盗もうとして捕まったんだよね」
魔力を増幅する杖に手を出していた。
「オレは半妖精だ。純粋なオマエたちとは違い、魔力が少ない。精霊に好かれてもいない。そんなオレが妖精界で何ができる?」
「普通に暮らしていれば、魔力などほとんどいらないわ」
生活をするには、魔力はそう必要ではなかった。
「魔力があるものには分からないだろうが、不便だった。それもあってオレたちは、純粋なものたちから蔑まれていたんだ」
他の半妖精たちのことだ。
「そのあたりのことは、問題だと思っているわよ。変えないといけないとね」
妖精であって妖精でない。こんな偏見が純血なものにはあった。
「でも、力が欲しいからって魔族との契約は破滅しかないって、知っているよね」
「ああ。だた、紅竜の瞳を持っていけば、より安全な方法で解除して力を与えてくれ
ると約束してくれた」
「そんなことできるはずないでしょう! 一度魔族と関わったんだから」
いいように利用されていたのだろう。
「妖精界の古い考え方は、私も居心地が悪いわ」
アリスとの妖精界での生活を思い出す。
「あー、私もあんたと同じね。後先考えずに今ばかり見ていて、バカやったていうのは」
やり直しがきかない。
だから、後始末をきっちりとやらなければならない。
「テリウス、その御方のことを詳しく訊きたいから私と妖精界へ帰ってもらうわよ」
「入れるのか、オレが?」
「ええ。入ってもらわないとね」
聖魔剣のことも知っているようだと感じた。
「ぐっ!」
時間がもったいないのでと、カーリーは手刀でテリウスの首を討つ。
「話し合いは終わったのですか?」
フェリオは、外野を片付けたので助けはいるかと近くに来ていた。
「終わったわ」
腕の中でのびているテリウスを見せる。
「あなたたちというか、本当にフェリオは強いわね」
三十人はいただろう。それをほとんど一人で倒していた。
「オリビエ、私はテリウスを連れて妖精界へ帰る。魔族と契約をさせた相手が、今回のことをかなり知っているみたいだから。吐かせるわ」
心配そうに見ているオリビエに笑いかけた。
「分かった」
「でね、ちゃんとハスラムのいうことを聞くのよ。ハスラムはあんたのことしか考えてないから。これ以上心配かけたらいけないわ」
「はぁ?」
倒れているテリウスの見張りをフェリオに頼み、オリビエの正面に立つなり母親が注意とお願いを混ぜたようなことをいう時の口調でいう。そして、両手でオリビエの両手を包み、続ける。
「悪いけど、あの短剣、そうだと思う」
「やっぱりね」
はっきりと聖魔剣とはここではいわない。いえない。
その名称をテリウスを裏で操っているものの耳に入れたくないからだ。
かなりの魔力有しているはず、
魔術でこの会話を聞いているかもしれない。
そう、近くにいる鳥などに魔術をかけて聞こえるようにしているかもしれない。
「本当にごめんね。最後まで付き合うから。それと、その頬っぺたの腫れ物ってなあに?」
左の頬の小いさなほっこりと盛り上がっているものにカーリーの指が触れる。
「そんなのあったかなぁ?」
不規則な生活をしているとたまに吹き出物ができることがあるが、朝はなかった。
オリビエはカーリーがつんつんとしている辺りに自分の指を当てる。
「固いな」
いつもと違う。
よくできる吹き出物は、ここまで固くない。そう石のように。
「えええ!」
何度か掻いているとポロリと落ちた。
「掻いていた時より大きくなっている! あ! どうしてなんだ?」
地面に落ちたと思えば、オリビエの左手首へと飛び上がった。
「こら、勝手に!」
手首にひっつく石もだが、隠している短剣も勝手に現れた。
「はまったわね」
「そうだな」
一連の事態をただ見ているしかできなかったハスラムは、落胆しきった表情になっていた。
短剣にある窪みに石は完全に収まっている。
「黄色か」
大地の精霊石の代表的なものだ。
「私といっしょね。知らないうちに付いてきたようね」
カーリーは、固まっているオリビエに笑いかける。
「そんな顔しないで、やってしまったことはどうしょうもないのよ」
ちゃんと後始末をすれば、どうにかなる、はず。
「お、オレ、その、これって、カーリーの赤い石みたいなのってこと? オレに勝手に付いてきたって?」
ならば伝説の宝の一つかもしれない。
「さあ、そこは専門家に」
宝探し大好きフェリオに三人の視線が集まる。
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