Aブラス
夏休み明けに行われたオーディションに合格した俺は、晴れて【成績優秀者による小編成吹奏楽】通称Aブラスのメンバーになった。
光栄なことに、打楽器の中で2位で合格し、担当教諭による楽器の振り分けで小太鼓を担当することになった。
難しいが、かなりやりがいのあるパートだ。
演奏曲目は、吹奏楽の中ではかなり古典的な位置付けの曲で、技術的にはそこまで難しくはないが、聴かせ方を考えさせられる曲だ。
ちなみに俺以外の打楽器の割り振りは、
ティンパニ
増田俊之先輩
大太鼓
加藤沙織先輩
シンバル
横山希美先輩
鍵盤打楽器全般
鈴木真里先輩
先輩方はもちろん全員上手なのだが、中でも増田先輩と真里先輩は本当に上手い。
今回の曲は特に、ティンパニの音替えが難しい箇所があるのだが、初回のリハから増田先輩はほとんど完璧だった。
俺も、指揮者の先生から好評は頂けたものの、まだまだ増田先輩には遠く及ばないと思っている。
もっともっと、頑張っていこう。
と思って打楽器室で練習していると、結から電話あった。
『もしもし』
「あ、もしもし、ちょっとティンパニのことで聞きたいことがあるんだけど」
ティンパニのことで?
『うん、どんな?』
話を聞いてみると、ティンパニの音替えについてらしい。
と言うことで、ちょうど打楽器室には誰もいないので来てもらうことにした。
「これこれ、この部分なんだけど、こんなに音があって、どうやって演奏するんだろって思って!」
やっぱりここか。しかしよく気付いたな。
こんなの、打楽器以外の人はまず気にしないだろうに。
結はすごいな。
『ん?あぁ、この場合は叩きながら音替えするんだよ』
と言ってティンパニに向かう。
この部分はいい勉強になるので、実は俺も練習していた。
「へー!どうやって?」
『まず、前の小節の4音を作って、下2音はそのまま。』
結は、興味津々と言って感じでよく聴いていた。
『で、上はDとEにしておいて、Dを叩いたらペダルで半音上げてEsを叩いて、E』
半音の感覚は、ティンパニによって少し違うので、結構難しい。
そして
『この時に大事なのは、叩く瞬間にペダルを踏むこと。ペダルの方が早ければ叩く前にグリスタンドになるし、遅ければ叩いた後にグリスタンドになっちゃうからね。』
これは安藤先生に教えてもらったことだ。
どうにか上手く行った。
「すごい!神業ね!」
神業ってほどでもないよ…w
『まぁ、神業ってほどじゃないけど、合奏中、ここ演奏してて違和感なかっただろ?ってことは、増田先輩が上手いってことだね。』
これは本心だ。初回のリハで、あれだけの演奏は、まだ俺にはできない。
「そっか!増田先輩すごいね!ありがとう!邪魔してごめんね」
そう言って打楽器室を出ようとする結が、誰かとぶつかりそうになっていた。
真里先輩だった。
「すみません!失礼しました!」
結は慌てて謝ったが、対する真里先輩は
「こちらこそ、大丈夫?」
落ち着いた様子だった。
「大丈夫です。すみません。お邪魔しました!」
そんなに慌てて出て行かなくてもいいのにw
「あの子、樋口君の彼女よね?」
打楽器室に残された俺は、何故かちょっと気まずくなった。
『えぇ、そうです。』
真里先輩は、何故か楽しそうに微笑んでいた。
「そう、あれがAブラスに受かったっていう、峰岸結ちゃんか。」
えぇ、まぁ、その通りですが。
「君達は結構有名なカップルになってるよ!」
『そう、なんですか』
「うん。だから、これからも良い意味で競い合って、励まし合って頑張るんだよ!」
ん?この感じ、どこかで…?
『はい、ありがとうございます』
さて、練習に戻るか。
「あ、樋口君。」
?
『はい』
「今度の楽団の練習の後、ご飯でもどう?」
今度の練習というと、週末か。
『はい、行きましょう。』
「ありがと。この間の話、ちょっと進展がありそうだから!」
そうなのか。今の様子を見る限り、悪い方向には行ってなさそうだな。
よかった。
そこからは短時間だったがかなり集中して練習できた。
もう学校も閉まる時間なので、ほとんど学生は残ってない。
Aブラスは、オーディションをしただけあって、本当にレベルの高いチームだ。
せっかく合格したのだから、良い演奏を残したい。
打楽器にも他の楽器にも、尊敬できるメンバーが沢山いる中で演奏できるんだ。
きっと貴重な経験になる。
よし、明日も頑張ろう!
そう思って歩いていると、少し先の方に、高橋が立っているのが見えた。
『お疲れ。どうした?こんなところで。』
高橋は、少し疲れたような顔をしていた。
「おう。駅まで、一緒にどうだ?」
『うん。なんだ、待ってたのか?』
「実を言うと、そうだ。めぐの事で、ちょっと相談があってな。」
なるほど。
『どうした?』
「いや、何が悪かったのかよくわからなくてさ。」
ふむ。ここは黙って先を促そう。
「この間、2人で出掛けた帰りに、めぐの部屋に行ってみたいって言ったんだ。」
部屋?あぁ、橋本さんは、一人暮らしか。
『うん』
「そしたら、なんかめぐが急に焦り出して、絶対ダメ!みたいに言われてさ。」
なるほど。それはショックだな。
「で、なんか喧嘩みたいになってさ。その日は早々に解散したんだけど、なんか学校で顔合わせるのも気まずくてな。そもそもなにがそんなにいけなかったんだろうと思ってさ。」
なるほど。高橋に下心はなかったみたいだな。
『橋本さんも、来てほしくなかったわけじゃないと思うよ。多分。』
すると高橋は目を見開いて言う。
「そうなのか?」
身に覚えがないんじゃしょうがないか。
『多分、来た後のことを心配したんだろう。』
高橋は、今度は怪訝そうに眉をひそめた。
『高橋には下心はなかったと思うけど、俺達も良い年頃なんだ。』
すると、ハッとしたような顔をする。察しがついたか。
「それって…。そうか、まぁそれならわからんでもないけど。俺は全然、そんなつもりはなかったんだけどな」
『だろうな。それに、橋本さんだって、別にそういう事を拒否しているのとも違うと思うぞ』
「ん?どういうことだ?」
『急過ぎてびっくりしたんじゃないか?本当のところはわからないけど。なんにせよ、ちゃんと話し合えば大丈夫だろう。実際、下心はなかったわけだし。』
「そうかな…?結構厳しく拒絶されたように見えたんだけど。」
『本当のところは、俺にはわからないよ。だけど、すごくデリケートな問題だろう?』
「うん。そうだな」
『だから、急に驚かせたことはちゃんと謝って、下心はなかったって説明したら大丈夫だよ。』
それでもだめだったら…と言うのは、言わないでおいた。
こればっかりは本人にしかわからないからな。
「そうだな。ありがとう。樋口は本当、大人だよな。」
なんだよ急にw
『いや、そんなことはないけどw』
「ちゃんと話し合ってみるよ。ありがとな。上手くいったら飯でも奢らせてくれ。」
『気にするなよ。上手くいくといいな。』
高橋とは駅で解散し、電車に乗った。
Aブラスまで、後2週間。
しっかり準備していこう。
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