夢幻の扉~field of dream~ ─外伝─
玲莱(れら)
外伝1 Am I happy in this?
<第1章 桜風味>
1.桜の木の下で
「うわぁーっ、満開!」
今年度も数名の新入寮生を迎えた
彼女は地元の高校の寮の寮母で、叶依の育て親でもある。
「良かったねー。年によっては散ってるときもあるけど……」
叶依がその高校への入学を決めたのは小学校のときだった。綾子に連れられて高校に行くことが何度かあって、高学年になってギターで賞をもらったとき、音楽教師の知原百合子に出会った。知原は叶依にやさしく接し、たまに高校の音楽室に入ることも許した。何度か会っているうちに叶依は彼女が好きになり、高校受験のときは迷わずこの高校を第一志望に決めた。レベルも丁度良く、何より近いのが良い。
それまで叶依は綾子と一緒に生活していたが、彼女に迷惑をかけているような気がして入寮を希望した。綾子は最初「そんなことしなくていい」と言っていたが、叶依が本気なので『何事にも手加減せずに頑張ること』を条件に承諾した。
けれど今日は入学式なので、綾子が叶依についている。
「叶依ちゃん、本当に一人で大丈夫?」
「うん。頑張る」
「クラブは入るの?」
「あーっ……そっかここギター部ないんか……どうしよっかなぁ」
中学時代に叶依はギター部に入っていたが、この高校にそれがないことは知っていた。軽音楽部ならあるらしいが、あまり叶依の趣味ではない。
高校は寮の近くにあり、正門前には一本の大きな木があった。叶依はこの木が桜であることを知っていた。毎年春になると、花を咲かせたその枝が新入生に挨拶する。
(これからはホンモノの高校生でーす。よろしく!)
いろんな意味で嬉しい叶依はその桜の木と写真を撮った。
正門をくぐってやっぱり満開の桜の木の下を歩き、新入生は一旦保護者と別れて自分のクラスを聞きに行く。
(えーっと体育館は……こっちか)
クラスを聞く場所は体育館になっていて、やっぱり叶依はそこを知っていた。
「あっ、先生! 知原せんせー!」
体育館前には数人の先生が立っていて、その中に知原もいた。
「あら、叶依ちゃん。久しぶりやね。入学おめでとう」
「先生、私何組?」
「えーっと……九組。一年九組やわ。あっちでクラス別に集まってるから、行ってみて」
言われた場所──中庭には十一人の先生がいて、それぞれクラス別に生徒を集めていた。叶依は何度かこの高校に来たことはあったが知らない先生ばかりで、もちろん近くにいるクラスメイトであろう生徒たちを知っているわけもない。
九組の生徒を集めていた女の先生は、叶依を含めた数名の生徒を教室まで誘導した。それまで下靴だったので途中で履き変え、上靴になってから教室に入る。
女の先生とはそこで別れ、教室の中には別の先生がいた。
(何か……頼りなさそーな先生やな……)
とりあえず名前を言って席を教えてもらい、叶依の出席番号は一番最後だった。机の上には入学祝に前年度の生徒会誌が置かれてあって、それをしばらく読んでいた。
(そういえばあの先生……静かやな……あんな人おったっけ?)
教壇に立って入ってくる生徒を待っている男性教師は、本当に頼りなさそうだった。それまでに出会ったどの先生と比べても存在感がなく、心成しか幼く見えた。
(あの人……まさか担任ちゃうよなぁ?)
担任には不相応で、とりあえず仕事をもらって来ている人だろう。
本当の担任は始業式のときに発表されるはずだ。
少し離れたところで喋っていた女子生徒たちも、そんなことを言っていた。
いくらなんでも入学式前から教室で騒ぐ生徒はおらず、叶依はとりあえず生徒会誌を読んだり、教室内を眺めたりしていた。受験の時に使った教室だとすぐに気付いたが、やはり数ヶ月経っているのでどこがどうだったかまでちゃんと覚えていない。
生徒会誌にはクラブ紹介も載っていて、やはりギター部はなかった。
(ほんま、どうしよっかなぁ……軽音は嫌やしなぁ……)
やがて生徒が全員揃い、男性教師が今から入学式場に行くと言った。
「順番どうでも良いから二列になって着いて来てー」
と言ってもやはり先頭には出席番号の早い人がいて、叶依は一番後ろ。共学なのでもちろん男女別ではあるが、そのクラスは男子生徒の方が若干多く、叶依の後ろはその若干の半分が並んでいた。
入学式会場はクラスを聞いた体育館とは別の体育館だった。壁には紅白の幕と床にはグリーンのシートが敷かれ、いくつものパイプ椅子が整然と並べられていた。こういうものだけはどこの学校でも同じだ。
教室にいた教師に連れられてやってきた新入生たちは、会場後方に座っている上級生や保護者と向かい合うように座らされた。各クラス横一列になっていて、通路を挟んで男女に分かれていた。けれど叶依の九組は男子生徒のほうが多いので、一部が女子生徒に混じっている形になる。各クラスの人数は十一クラスとも同じらしい。
学校長祝辞や生徒宣誓が終わってから、担任紹介があった。
各クラスの担任が生徒の前に並んだとき、
(はあっ? あいつ担任?)
最初に教室で見かけたあの頼りなさそうな男性教師が、叶依の担任だった。
「うそやろ?」
(えっ?)
叶依の横に座っていた男子生徒が声を漏らした。思わず叶依は彼を見る。
男子生徒も叶依に気付いていて、
「いや……あの人、頼りなさそうやなぁと思って」
ちょっと笑ってから黙っていた。
教室に帰って、すぐに担任が改めて自己紹介した。やはりあの頼りなさそうな男性教師だ。
「えー……まずは、入学おめでとうございます。僕は──」
担任は振り返ってチョークを持ち、黒板に名前を書いた。
「
田礼は挙手を促したが、それに反応する人は一人もいない。
「まぁ数学に限らずね、国語、英語、他にもいろいろありますけども、中学までの勉強と比べてかなり難しいです。かなりね。特に数学なんか得意な人と苦手な人とで大分差出ると思いますけども……」
とにかくいろいろ頑張れ、とか、電車通学する人は時間を間違えるな、とか、他に自分の学生時代のことを喋ったり翌日の予定を連絡したりしてその日は解散となった。
靴を履き変えて叶依は綾子を探した。人ゴミの中でそれは困難だと思われたが、知った声が聞こえたのでそっちを見ると、知原と綾子が話しているところだった。
「あ、そうや叶依ちゃん、クラブどうするの?」
聞いたのは知原だった。
「うーん……どうしよっかなぁ」
ギター部があるなら迷わず入部していたが、それがないこの高校で叶依の適部は無いように思われた。知原はコーラス部の顧問で叶依の入部を待っていたが、叶依は歌が好きなのではない。
しばらく綾子と知原が喋るのを待っていたら、叶依は誰かに呼ばれた。
「写真撮ってくれへん?」
どこの誰かはわからないが、女子生徒が頼みに来た。嫌ではないので撮ってあげたら、
「同じクラスやんなぁ?」
「あっ、そうなん?」
彼女も一年九組らしく、出席番号一番で名前を
「ふーん。若咲叶依です。よろしく。出席番号遠いけど」
海帆はそれから両親の元に戻り、叶依も綾子のところに戻った。綾子も知原との会話を終え、叶依は人ゴミを抜けて綾子と一緒に寮へ戻った。その道でやはり叶依は、あの桜の木に『またね』と言った。
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