30:依織の決意
私の声に反応した白緑たちも、手元の書物を覗き込みにくる。
これが上手くいけば、白緑たちを犠牲にせずに
希望の光が見えたかに思えたけれど、読み進めていくと、そこには思わぬ情報も記載されていた。
◆
ようやく、妖都における”王”という役割を、消し去る方法を見つけることができた。祖父の代から探し続けた悲願を、叶えることができるかもしれない。
妖都の王など、
あの子たちに限らず、この先の未来に産まれるすべてのあやかしに。
人間の想像から生み出されたこの世界には、人との繋がりを持ち続ける王という存在が必要不可欠だった。
けれど、二つの世界を繋ぐ門を完全に閉じることができれば、妖都は人間の力なくしても、独立した世界として存在し続けることができる。
そうなれば、王が身を削る必要もなくなり、王の座を奪おうと力を求める妖魔もいなくなるでしょう。
代わりに、門が閉じられれば二度と、わたしたちあやかしが人間の世界に干渉することは叶わない。
愛しいひと。わたしの半身。どうか許してほしい。
あなたがすべてを忘れても、わたしは生涯あなたを愛し続けるから。
◆
(二つの世界を分断する……つまりそれは)
書物には、確かにそのやり方が記されていた。白花さんはそれをやり遂げることはできなかったけれど、実行するのはそれほど難しい方法ではない。
門を閉じるためには、私の覚悟が必要になるだけで。
「これは……ダメだ、他の方法を探す」
私の後ろから書物の内容を覗き見ていた白緑は、せっかく見つけた手段を放棄しようとしている。奪い取られた書物が、乱雑に畳の上に放られた。
他の方法が無いからここへ探しに来たというのに、白緑は別の書物を手当たり次第に漁り始める。
「白緑、これしかないよ。誰も犠牲にならない、みんなが幸せになれる方法」
「みんな……? ふざけるな、お前のいない世界でどう幸せになれというんだ!?」
白緑の怒りに呼応するように、白い炎が噴き上がる。
けれど、私はそれに怯むことをしない。譲れないものがあるのだから。
門を封じるためには、二つの世界からそれぞれに
その注連縄に特別な力を注ぐことができれば、二つの世界は干渉し合うことなく、永遠に保たれ続けていくという。
注連縄を作るための特別な力とは、想い合う二人の愛情だ。
王とその伴侶が互いを想い合う愛情によって、二つの注連縄を作り出す。その注連縄を通じて、妖都に人間の力が注がれ続けることになるらしい。
それにより妖都に王は必要なくなり、白緑は役割から解放される。命を削る心配もなくなるのだ。
「双方の世界で同時に注連縄を作ること……そして、門が閉じられるということは……」
藍白の言葉の続きは、聞くまでもなく理解してる。
二人のどちらが人間の世界で注連縄を作っても良いのだろうけれど、あやかしは人間の世界に存在し続けることはできない。
もしも白緑が人間の世界で注連縄を作ったとしても、門が閉じられれば妖都に戻ることができなくなる。それはすなわち、彼の消滅を意味するのだ。
だからこそ、人間の世界の注連縄を作るのは、必然的に人間側の伴侶の役割となるのだろう。
人間の世界に戻った私には、もちろん閉じられた門の向こうへ行く術はない。記憶も失うことになる。
――つまり、永遠のお別れだ。
「俺はそんな手段は選ばない。依織を俺の嫁にすると言った、それを現実にしてやる」
「無理だよ。もしも他に方法があるとしても、時間が足りない。このままじゃ、
「もう二度と依織を手放さないと誓っただろう!?」
言葉を遮って私の身体を抱き締める白緑も、本当は状況を一番よく理解している。
注連縄は誰にでも作れるものではない。その方法が一つしかないのなら、誰が役割を担うかは考えるまでもないのだから。
「白緑……私のこと、本気でお嫁さんにしたいって思ってくれてるんだよね?」
「当たり前だ、依織……俺が伴侶に迎えたいのは、お前ただ一人だけなんだ」
「なら、絶対に壊れない頑丈な注連縄ができる」
「……!?」
「私に、婚約者としての役割を果たさせてほしい」
白緑と離れる決断。泣いてしまうかと思ったけれど、それよりも幸せの方が上回っていたのだろう。
私はおそらく、生まれて初めての心からの笑顔を向けることができた。
「妖都に来られて、白緑たちに出会えて、私は初めて自分の居場所を手に入れることができた。……大好きな人たちができたの」
「依織……」
「誰にも犠牲になってほしくないし、みんなの棲むこの世界を、私も失いたくない」
このままでは、どちらの世界も無くなってしまう。大好きな人たちも、大切な場所も、何もかもが消滅してしまうのだ。
それに比べたら、これが最良の決断だと胸を張って断言できる。
「私ね、白緑のことが好き。
「…………」
「だから、白緑が私をお嫁さんにしたいって言ってくれて嬉しかった。白緑のおかげで、私はこの先もずっと、世界一幸せな女の子でいられる」
白緑の気持ちを疑っていた私は、これまで一度も言葉にして伝えたことなどなかった。だからどうか、私の中の一番大きな気持ちが彼に伝わってほしい。
背を伸ばして触れた唇の感触は、緊張してしまってよくわからなかったけれど。
「依織……俺にとってもお前は、何より特別だ。愛している、俺の……花嫁」
苦しそうな表情を浮かべている白緑が、笑顔になってくれたらいい。そんな思いを込めながら、私は白緑を強く抱き締め返す。
本来なら、出会うことのなかった世界で、僅かな時間でも幸せを感じられた。
それだけで私は、どれだけつらくたって前だけを向いて歩いていける。――あなたのいない、冷たい世界で。
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