14:淡紅と紫土


「病み上がりなんだからさ、もうちょっと落ち着いたら?」


「完全に回復してるもの、そんな必要ないわ」


「そうかもしれないけど、そんなにバタバタしなくたってさあ」


「小姑じゃないんだからついて回らないでくれる? 自分の巣に戻ったら?」


 屋敷の中を元気に歩き回っている淡紅あわべにと、その後をついて回っている紫土しどくん。

 今日も朝から周りを取り囲む豆狸たちと戯れながら、私は二人のやり取りを遠目に眺めていた。まるで親を追いかけるヒヨコのようだ。


「僕だって小姑のつもりはないけど、淡紅があんまりせわしないから」


「アタシが何してたって関係ないでしょ、ついてこないで」


「関係、ないけど……もうちょっとこう、女の子らしくじっとしてられないわけ? 依織ちゃんみたいにさあ」


「えっ?」


 蚊帳の外にいたつもりが、突然名前を挙げられて間の抜けた声を漏らしてしまう。

 その言葉を聞いた淡紅は、ようやく動き回っていた足を止めたのだけど。その表情は、明らかに苛立ちを見せている。


「うるっさいわね、余計なお世話よ! 馬鹿ヘビ!」


「熱っつ!」


 怒りと共に放たれた真っ赤な火の玉を、咄嗟に手で払いのけた紫土くんは悲鳴を上げる。その隙に、淡紅は屋敷の外へと飛び出していってしまった。

 手加減はしているのだろうけど、さすがに素手で触れる火の玉は熱いだろう。


「紫土くん、大丈夫?」


「うん、平気。淡紅はホント短気だよなあ」


(今のは紫土くんの言い方が悪かったような気もするんだけど……)


 思ったことは口に出さずに飲み込むことにして。淡紅が消えた先を見つめる彼の横顔を見て、私は彼女が大怪我をした日のことを思い出す。

 屋敷に駆けつけた紫土くんは、眠る淡紅の姿を見て悔しそうな表情を浮かべていた。あの日から、その理由をずっと考えていたのだけど。


「紫土くんって、淡紅のことが好きなの?」


「…………」


「……紫土くん?」


 何気ない問い掛けだったのに、私を見た紫土くんはそのまま置物のように固まってしまう。

 首を傾げて様子を窺っていると、たっぷりを間を置いてから、紫土くんの顔が真っ赤になった。


「はっ!? いや、まさか! そそそんなわけないし!? 僕はただ幼馴染みとして気にかけてるだけで……ッ!!」


 滝のごとく汗をかいて視線は泳ぎまくり、絵に描いたような挙動不審。このあやかしは、なんとわかりやすいのだろう。

 紫土くんが、淡紅のことを大切に想っているのだということはわかった。


「……僕たちさ、昔は一緒に過ごしてたって話したでしょ?」


「うん。この前聞かせてくれたよね」


「みんな一緒なのが当たり前だったのに、いつの間にかバラバラになっててさ。僕の兄貴が死んだのと、白緑の母親が失踪したのが同じ時期だったんだ」


「え、そうだったんだ……?」


「そう。……おかしくなり始めたのは、その頃からだったかな」


 ぽつりぽつりと話してくれる紫土くんは、足元にやってきた豆狸の額を、指でつついて遊んでいる。


「毎日楽しくて、幸せで、それだけで十分だったのに」


「紫土くん……」


 彼があまりにも寂しそうな横顔をしているものだから、泣き出してしまうんじゃないかと思った。

 けれど、次にこちらを向いた表情は、いつもの紫土くんだ。


「でもさ、今はなんていうか……その頃に近いんだ。だから僕も、つい昔みたいに構いたくなるっていうか」


「みんなの仲が、元通りになってきてるってこと……?」


「依織ちゃんが来てくれたおかげだよ」


「え、私……?」


 そこで自分の名前が出るなんて予想もしていなくて、私は目を丸くしてしまう。

 私はただこの世界に迷い込んで、仮の婚約者として力を貸そうとしているだけ。――それも、言うほど役に立てているとは思えないのだけど。


「依織ちゃんが、僕たちを同じ場所につどわせてくれた。淡紅が屋敷に来るのも依織ちゃんが目的だし、藍白あいしろも……あんな風だけど、この間まで、どこにいるかもわからない状態だったんだ」


 バラバラだったという紫土くんの言葉通り、みんな別々の場所で過ごしていたのだろう。

 きっかけはどうあれ、昔のようにみんなが仲良くなってくれたなら、私も嬉しい。


「昔はよく花畑に行ってさ、鬼ごっこしたりかくれんぼしたり、時間も忘れて遊んでたよ。依織ちゃんも今度連れていきたいな、すごく綺麗な場所だからさ!」


「花畑……?」


 紫土くんの言う場所に、私は心当たりがあるような気がした。記憶の糸を辿っていくと、すぐにその光景が脳裏に浮かぶ。


「私、そこに行ったことがあると思う」


「え、ホントに?」


 淡紅に、初めて出会ったあの場所。大切な場所なのだということを、言葉では否定していたけれど。

 あの時の淡紅もまた、幸せな記憶を思い出している表情に見えた。


「淡紅と初めて会った時、そこにいたんだけど。あの場所をすごく大事にしているように見えたよ」


 そう告げると、紫土くんは驚いたような顔をする。

 それからほんのり頬を色づかせたかと思うと、掌で口元を覆い隠すようにして何かに耐えていた。

 そんな反応をされるとは思わなくて、私は戸惑ってしまうのだけど。


「……昔、ホントに小さい時だけど。淡紅にプロポーズみたいなのを、したことがあるんだ」


「えっ!? プロポーズ!?」


「いや、そんなつもりじゃなくて、子ども同士のお遊びっていうか!! 遊ぶ約束の延長みたいなもので!! アイツはきっと、覚えてもないだろうけど……」


 慌てた様子の彼の表情は、話すごとにますます赤みを増している。

 取り繕おうとするほどに逃げ場が無くなっていることがわかったのか、言葉尻から力が失われていく。


「今思い返せば、だけど……僕はその頃から淡紅のこと……」


「……さっきの言い方も、淡紅のことを心配してたんだよね?」


 女の子らしく大人しくだなんて、言い方を間違えただけで。大事に想うからこそ、怪我をするような行動をしてほしくなかったのだろう。


「……治るからって、傷ついていいわけじゃない。大事なやつが苦しむ姿なんか、見なくて済むならそれでいいから」


 あやかしは、回復が早いと言っていた。だからこそ、淡紅は大事な相手を守るためなら、自分が傷つくことに頓着がないのかもしれない。

 幼い頃から彼女のことを知っている紫土くんは、そんな淡紅の性格をよく理解しているのだろう。


「兄貴を救えなかった分も、僕は淡紅を守りたいんだ」


「うん、私も淡紅に傷ついてほしくない。もちろん、紫土くんや他のみんなにも」


「依織ちゃんもね。だからこそ、藍白のことをなんとかしないと」


 友達を大切に想う気持ちは、私も紫土くんも同じだ。彼らを守るためにも、藍白のことをこのままにはしておけない。

 彼女の狙いが私だというのなら、その理由を知ることが、解決への最短ルートだと思った。

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