狩人の条件

 赤ずきんは真っ赤なフード付きのケープをかぶり、その下にロングワンピース、ブーツ。

 ボルトアクションライフルを背負い、腰ベルトに吊るしたホルスターには六インチのダブルアクションリボルバーが収まっている。

 彼女の隣を逞しい四脚で歩くのは雄の若い狼。足元は白く上にいくにつれ灰色の毛が混じっている。純粋に染まった琥珀の両眼は大人しくふさふさの尻尾を横に振る。

 木造の塔で回る風車が良く目立つ町には穏やかな景色が続く。

 その入り口で、赤ずきんは迷彩柄の制服を着た男に止められていた。

「お嬢さんは入ってもいいですが……そこの世にも珍しい狼は危険ですので入れることはできません」

「やっぱりそうですよね」

『どうして? ボクはボクだよ? 何も変なところなんてないよ、どうして入っちゃだめなの?』

 寂しそうにクンクン鳴きながら男に近寄っていく。

 男は驚いて、後退る。

「しゃ、喋る狼とは……これまたどういう仕組みで?」

「さぁ、生憎動物学者ではないので、入れないのでしたら仕方ないですね」

「い、いや、待ってください。喋る狼に、赤ずきん……もしや、少し確認させてください!」

 男は町の中へ急ぎながら走っていく。

 その様子に、赤ずきんは肩をすくめてしまう。

「こりゃ隊長のお節介かな」

『ライアンが何かしたの?』

「多分ね」

 待つこと五分、先程と同じように急いで戻ってきた男は、

「お待たせしました! 町に入っても大丈夫ですよ、狼には許可証代わりにこれを」

 男は迷彩柄の布を赤ずきんに渡す。

「体の分かりやすい部分に巻いてください。これは軍の証ですからあるだけでみんな安心します」

「ありがとうございます。ほら狼クン」

 狼の首周りに布を巻き、外れないように結んだ。

『ありがとう! 兵隊さん!』

 琥珀の両眼を輝かせて、男にお礼を言う。

「ど、どういたしまして」

 戸惑いながら敬礼する男に会釈をしてから、町の中に入った赤ずきんと狼。

 畑で作業をしている町民やお店のカウンターにいる町民、通り過ぎる町民、みんなが狼を見下ろす。

「二足歩行じゃない狼なんて……」

「軍が飼ってるのか?」

「あの子は狩人?」

「新しい狩人かねぇ、美人だわぁ」

 尻尾を横に振り、狼は耳を立てて町民の話を聞いている。通るついでと挨拶。

『こんにちは!』

「しゃ、喋った⁉」

 予想通り驚いている町民の姿に、赤ずきんは小さく笑う。

『ねぇねぇ赤ずきん、どこに行くの?』

「とりあえずお店に行って干し肉と赤ワイン、それと水を買う」

『リンゴはあるかな?』

「んー……値段と相談ってことで」

 赤ずきんは丸太でできた食料品店の扉に手を伸ばす。

「あ、狼クン、ここで待ってて」

『どうして?』

「君は毛量が多いからね、大人しく待っていてくれたらリンゴを贈呈するよ」

『リンゴ!? 分かった!』

 狼は大人しく店の壁側に座り、尻尾を振りながら待機。

 赤ずきんは狼に微笑んでから、店内へ。

「いらっしゃい」

 髭面にエプロンの厳つい店員は野太い声で客を迎える。

 真っ赤なりんごが積まれている樽を穏やかな瞳に映し、それから値札を睨む。

 微かに眉を動かし、数分ほど考えてしまう。

「お嬢さん、新しい狩人?」

 厳つい店員はカウンターから赤ずきんに声をかけた。

「いえ、ただの何でも屋ですよ」

「なんじゃそりゃ、ライフル銃なんて軍人か狩人だけだろ。許可証なきゃ所持できない代物だ。盗品か?」

「いえいえ、許可証ならあります」

 赤ずきんはポーチから許可証を店員に見せた。

「ふーん、もったいないな、狩人になりゃ賃金だっていい、ここら辺もそろそろ軍が撤退するって話だ。狩人になれるチャンスだぜ?」

「それはどうも。考えておきます」

 干し肉とミニボトルの赤ワイン、水を購入した赤ずきん。

 厳つい店員はジロジロと舐めるように睨んだ後、

「お嬢さん、何でも屋だって言ったな?」

 赤ずきんに訊ねる。

「はい」

「ちょっと頼み事がある……なに、殺しじゃない。うちの息子が狩人になると言って聞かなくてな」

「説得ですか?」

「まぁ、そんなところだ。話をしたいが、息子は全く聞く気がなくて、ここ数週間は会っていない。最悪ここまで連れてきてくれたらあとは何とかする」

「報酬は?」

「リンゴを好きなだけ」

「分かりました。息子さんのお名前はなんでしょう?」

「ロイス、狩人になる為に軍のキャンプ場で訓練中だ」

 厳つい店員の依頼を受けて、赤ずきんは必要な食料が入った紙袋を持って外に出た。

『赤ずきん! リンゴは?』

 これでもかと尻尾を振りまくり、輝く琥珀に赤ずきんは穏やかに微笑む。

「今依頼を受けてね、成功したら好きなだけリンゴが貰えるよ」

『えっ! 好きなだけ?』

「うん。早速軍のキャンプに行こうか」

『分かった!』

 張り切る狼は赤ずきんの前を進み、町の奥にある平地へ。緑のテントが沢山並んでいる。

「ロイスって人を探してる。狩人になる為に訓練中だってさ、見つけ次第狩人になるのを諦めてもらう」

『狩人になっちゃダメなの?』

「そうだね」

『分かった!』

 本当に分かっているのか、赤ずきんは呆れながら、ふさふさの尻尾に微笑んだ。

 キャンプの入り口で門番をしている迷彩柄の制服を着た兵士は、赤ずきんと狼に敬礼。

「どうも赤ずきんさん。見学ですか?」

「えーと、ロイスさんって方とお話がしたくて」

「ロイス……あぁ、食料品店の息子ですね。いますよ、今奥のテントで休憩しています。こちらへどうぞ」

 兵士に案内されて、奥のテントに向かう。

「ロイス、ロイス、いるか? お客さんだ」

 テントの布を捲ると、玩具のライフル銃を布切れで拭いている青年が少し警戒しながら立ち上がる。

「俺に? 親父じゃ、ないですよね?」

「違う、射撃の名手だ、しかもあのライアン少佐が認めるほどの!」

 自慢げに語る兵士に、赤ずきんはただ微笑む。

「ライアン少佐が!?」

 テントから飛び出した青年は赤ずきんの姿に、目を丸くさせたが、すぐに落胆の表情を浮かべる。

「こんな女の子が、射撃の名手? それ本当に言ってるんですか?」

「本当さ、廃墟地に住み着いていた群れの人食い狼を一人で蹴散らし」

「えー、ゴホン」

 軽く咳払いした赤ずきんに気付いた兵士は、敬礼して戻って行く。

「今の話、信じられないなぁ」

 青年は訝し気に赤ずきんを睨む。

「所詮噂話ですから、どっちでもいいですよ。で、貴方がロイスさんですか?」

「あぁ、そうだ。それで、君は?」

「皆から赤ずきんと呼ばれています。そこにいるのは私の大切な相棒です」

『こんにちは!』

 足元からの声に、ロイスは戸惑いつつ顔を下に向けば純粋に輝く琥珀の両眼を持つ狼が挨拶。

「うぎゃぁ! おお、おお、狼!!」

 玩具のライフル銃を咄嗟に向け、狼は全身をビクつかせて赤ずきんの後ろに隠れてしまう。

「まだ子供なんです、人食い狼じゃないので大丈夫ですよ。世にも珍しいので殺害すれば軍法会議にかけられて即死刑待ったなし」

「え……そ、そうなのか? いや、だからって狼を連れまわすな! 危険なんだぞ!」

「まぁまぁ、大切な相棒ですから。それより、ロイスさんは狩人になる為に訓練をされているとか」

「そうだ。もう少ししたら軍が撤退して、この町にも狩人が必要になる。町を守る為に俺は試験を受けるんだ」

 玩具のライフル銃を構えて、熱のある言葉を吐くロイス。

「どんな試験なんですか?」

「射撃の腕はもちろん、森で実際に本物の銃で人食い狼を狩るんだ。罠をかける手際の良さ、負傷した場合の対応、色々と審査され、合格すれば晴れて狩人になることができる!」

「それが狩人になる条件というわけですか……危険な仕事ですし、一般の人が希望するなんて珍しいですね。何か、人食い狼に思い入れでも?」

 赤ずきんの問いに、ロイスは深刻な表情を浮かべ、大きくため息を吐く。

「母親と、祖父が人食い狼に喰われたんだ。商品の仕入れ中に、まさか森から出てくるなんて思いもしなかった……悲鳴を聞いて駆け付けた時には、もうぐちゃぐちゃで……」

「お辛い事を思い出させてすみません。しかし、家族が心配しませんか?」

「あぁ、親父がな、あいつは腑抜けだ。家族が喰われたのに呑気に店を続けてる。そんなんじゃダメだ! 誰かが町を守らなきゃいけない、家族の為に、町の為にな。だから俺は狩人になるんだ!」

「そうですか。会って話をするとか、一度は家に戻るとか」

「ふん、どうせ親父に頼まれたんだろ、絶対戻らないからな!」

「そもそも狩人になるには軍の……」

「うるさい、だからこうして訓練を受けている! アンタと話をしてる時間も惜しいんだ、もう帰れ!」

 赤ずきんは穏やかな瞳を細くさせて、眉を軽く顰めた。

「これはなかなか」

 赤ずきんは震えている狼を連れ、大きなタープテントで休憩している兵士達のもとへ。

「これはこれは赤ずきんさん、どうかしました?」

「どうも。ロイスさんについて訊きたいことがあります」

「ロイスの?」

「狩人としての資質はどうなんでしょう」

 兵士は悩むことなく答える。

「不十分ですよ」

「あらら」

「訓練を初めて二週間、射撃の精度はいまいち、試しに一緒に狩りに行きましたが鹿にビビッてなんにもできず。正直、使えません」

 他の兵士は同意して頷く。

「ただ、熱意はあるので、特別枠って感じで訓練させてます」

「……もうすぐ町から撤退されるとか、間に合うんですか?」

「うーん、一応合格ってことにするかもしれません」

「それいいんですか?」

「良くないですよ。ビビッてすぐ辞めるか、すぐ喰われるか、どっちかです」

 赤ずきんは、うーん、と唸る。

「不合格にはできない、と?」

「しつこいんですよ、ロイスの家族が辛いことになったのは把握してますが……無駄な正義感に溢れてこっちの話を全く聞かない」

 兵士達は口角を下げて、お手上げ状態、と不満を漏らす。

「あぁー面倒ですね」

「そうなんです。それに、一般人から狩人を募集するわけがないんですから」

 赤ずきんはタープテントから離れて、少し考え込む。

『どうしたの?』

「説得は無理そうだね」

『じゃあどうするの?』

「見殺しにしてもいいけど、依頼だからねぇ。狼クン、ちょっと頼んでもいい?」

『分かった!』



 その夜……琥珀の目をもつ狼は、テント一式のリュックを下ろして、軽くなった体で平地を駆け回る。

 キャンプの周りを巡回している兵士は、迷彩柄の布を巻いた狼のことなど気にしてない。

 狼は奥のテントに向かい、薄明りが照らすテントの布を大きな口と鼻先で堂々と捲る。

『ロイス! 遊ぼ!』

「うぎゃ、昼間の狼! いきなり入ってくるな! 殺されたいのか⁉」

 簡易ベッドから飛び跳ねたロイスの怒声に驚いた狼は、立て掛けられた玩具のライフル銃を大きな口で銜え、駆け出していく。

「おい、待て! 持って行くな!!」

 ロイスは慌てて狼を追いかける。

 狼は楽し気に尻尾を振ってキャンプ地から町へ。

 扉を開けっぱなしの丸太の家に狼は入り込んでいく。

「待てって!」

 一心不乱に追いかけるロイスは、家の外観も見ないで室内に入った。

「ロイス!」

 暗い部屋に明かりがつき、野太い声がロイスの動きを止める。

「うぐ……お、親父!?」

「やっと帰ってきやがったな、馬鹿息子がぁ!」

 狼はライフル銃を厳つい店員に渡し、代わりにリンゴを受け取った後、裏口から逃げ出す。

 裏口で待っていた赤ずきんは紙袋いっぱいのリンゴを抱えて、狼を迎える。

 狼はキャンプ一式と食料が入ったリュックを背負い直し、太く鋭い牙でリンゴを噛み砕く。

「さて、さっさと町の外に出ようか」

『放っておいていいの?』

「いいのいいの、報酬は貰ったし、依頼主もそれでいいって言ってたから、これ以上は興味ないよ。さぁ、しばらくはリンゴが食べ放題だ」

 狼は尻尾を横に大きく振り、赤ずきんの隣に並んで町から出て行った……――。

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