可愛い子供達

「もう終わりだぁ!」

 街道の真ん中で終わりを叫ぶ男がいた。

 その街道を通りたい赤ずきんと若い狼は立ち止まる。

『赤ずきん、変なのがいるよ』

「そうだね」

「なんてことだぁ! おおぉ神よぉ!」

 一体何が終わりなのか、赤ずきんは男に訊ねる。

 赤ずきんの質問に、痩せ気味の男は両手を前に震わせて答えた。

「私の大切な子供達が、奴らに殺されてしまったんだ……なんとか逃げ出した子もいるが、ああぁあ……なんてことだ」

「それは、とても残念ですね。奴らとは?」

「町の奴らだよ! よそから来た私達を奇異な目で見るだけでなく、とうとう手まで……あぁ、ああ、可愛い子供達に罪なんてないというのに!!」

 両膝を地面につけて頭を抱えた男の叫びに、赤ずきんは穏やかな瞳のまま眺めている。そして、少し頷く。

「行こうか、狼クン。日が暮れる前にテントを立てなきゃ」

『えっ?!』

 男を素通りする赤ずきんに驚いた狼は、全身で道を塞ぐ。

『赤ずきん、待って! 家族が大変なことになった人を放置するなんてダメだよ、助けてあげないと』

「狼クン、よそ者の私達ではどうすることも、ね」

『でもでも! 逃げた子供もいるんでしょ、近くに人食い狼の臭いもするし、食べられる前に助けなきゃ!』

 純粋無垢な眼差しに見上げられ、赤ずきんは腕を組んで唸る。

「うーん、やれやれ……食料、お金、銃弾が特に嬉しいですね」

 痩せ気味の男に報酬を求めた赤ずきん。

「なんて慈悲深いお嬢さんだ! あぁ、あぁ、私の家に食料がある、肉や果物がある! それを分けよう!!」

『果物!?』

 琥珀を輝かせて、尻尾を大きく横に振る狼。

「果物、リンゴはありますか?」

 男は頷く。

「あるともあるとも! 私の子供達も肉の次にリンゴが好きでね!」

「……なるほど」

 やる気を焚きつける男の言葉に、狼は飛び跳ねて赤ずきんの足元をウロウロ歩く。

「逃げた子は町の近くにいるかもしれない。頼む、街道を真っ直ぐに行けば町だ、奴らは銃を持っているから気を付けて!」

 痩せ気味の男は涙目で拝む。

 赤ずきんは静かに頷いた後、狼を先頭に街道を進んだ。

 男の姿が豆粒ほどの距離になった時、赤ずきんは目を細くさせて六インチのダブルアクションリボルバーをホルスターから抜く。

「可愛い子供達、ね。無駄撃ちは嫌なんだけどね」

『赤ずきん! そんな物騒な、おじさんの子供を助けるだけだよ』

「ふふ、狼クン、行ってみてのお楽しみだ」

 比較的小さな町が見えた。こじんまりと、密集した家々と畑。

 赤ずきんは先頭を歩く狼を呼び止める。

「狼クン、少し街道の外れで待機していて、私が戻ってくるまで、お願い」

『ボクは入っちゃダメなの?』

「そうだね、みんなビックリしちゃうから。勘違いされちゃ困るしね」

『赤ずきんが言うなら、分かった!』

 狼は大人しく街道から逸れた草むらの近くで待機。

 赤ずきんは単身町へ向かった。

 血の臭いが充満したような空間に、町の入り口で上下二連式ショットガンを抱えながら座り込んでいる農夫が。

「なにごとですか?」

 赤ずきんの問いに、農夫は力の抜けた声で返す。

「あ、あぁ、旅人さん。人食い狼共が、町で」

 真っ赤に染まったタオルを肩に当て、遠くを見ている。

「そうですか……少し失礼します」

 町の中に入り込んだ赤ずきんは、辺りを見回す。閑散とした景色、人の姿が見えない。

 何度も引き摺ったような赤黒い液体が地面を濡らし、畑も食い荒らされている。

 小さな人食い狼が死骸となって二、三匹倒れていた。

「まだ子供の人食い狼さん、ね」

「お嬢さん! ここに来ちゃダメだ!」

 声が聞こえ、赤ずきんは顔を上げる。屋根にうつ伏せになって避難している町民がた。

 赤ずきんは人差し指を唇に添え、黙るようにジェスチャーをする。

 獣の荒い吐息と地面を叩く軽快な足取りが聴こえて、赤ずきんはダブルアクションリボルバーを上空に向けた。そして、一発、破裂音を響かせる。

 バタバタバタッ、と騒ぐ足音と共に、家から飛び出してきたのは人食い狼。銃声に驚いて逃げ惑っている。

 壁にぶつかったり、地面に躓いて転びそうになったりと忙しない。

「うぁうああ! た、食べられちまう!!」

 それだけで町民達の悲鳴が響き渡る。

 もう一発、破裂音。

 甲高くクンクン鳴きながら人食い狼は町の外へと逃げ出していく。

 静まり返った町の中、

「もう大丈夫ですよ。いなくなりました」

 赤ずきんの合図に、恐る恐る町民は屋根から降りた。

 指折り数える程度の町民は、顔を真っ青にして赤ずきんに何度も感謝の言葉を述べる。

 入り口にいた農夫は、全身を布に包まれて中央へと運ばれていく。

「狩人は、もういないんですか?」

 赤ずきんの質問に、町民達は暗い表情になった。

「いたんだ、いたけど……おかしくなっちまった」

「急に人食い狼が可哀想だって言い始めて、狩りをしなくなったんだ」

「アイツが使ってる小屋に地下がある。怖くて入ったことないけど、人食い狼は小屋から出てきた……」

 町民は町から少し離れた場所に建つ小屋を指す。

「報酬を貰うついでに、私が見に行きましょう」

 小屋の扉は強引に破壊され、壁も一部が崩れて誰でも通れるようになっている。

 中に入れば外から差し込んだ明かりだけが頼りで、干し肉が吊るされていた。

 籠から溢れ出るほど青いリンゴと赤いリンゴも置かれている。

 地下に続く扉も破壊され、赤ずきんはリボルバーを握ったまま地下に向かう。

 穏やかな瞳を絶やさず、呼吸を整えながら階段を下りていく。

 地下には檻がいくつもあり、幼い甲高い鳴き声が響き渡る。

 二足歩行がまだできない人食い狼の子供が檻の中で四つん這いになって動き回る。

 円らな瞳で嬉しそうに丸い尻尾を振り、檻に凭れて赤ずきんに愛嬌を振りまく。

「可愛い子供達、か」

 赤ずきんはリボルバーの回転弾倉を開けて装弾数を確認。ふぅ、と息を吐いた後、六インチの銃身を向けた……。





 街道から離れた草むらで待機をしていた狼は、キャンプ一式道具が入ったリュックを軽々と背負ったまま体を起こす。

『赤ずきん!』

 尻尾を横に振って戻ってきた赤ずきんに寄っていく狼。

「無事に終わったよ。さぁ、街道にいるあの人のところへ戻ろう」

『人食い狼が町から飛び出していったよ! 大きな音も! 何があったの?』

 不思議そうに訊ねている狼に、赤ずきんは微笑む。

「大丈夫だよ、それより詳しい話を訊かないとね」

『赤ずきん? 凄く辛そうに見えるけど……』

 穏やかな瞳を伏せた赤ずきんは、狼を優しく見下ろす。

「平気、さぁ戻ろう」

 街道に沿って戻れば、徐々に豆粒程度だった男が近くなる。地面に寝そべっているようにも映り、赤ずきんは目を凝らす。

 毛皮のジャケットを羽織った男が二人と馬車もいる。

 狼は琥珀の両眼に男を映し、鼻を動かす。

『血の臭いがする!』

「……」

 痩せ気味の男は布をかぶせられ、今まさに包まれている最中。

「こんにちは、お嬢さん。アンタも狩人かい? しかも珍しい狼を連れているな……実物なんて初めて見た」

「こんにちは、いえ、ただの旅人です。この子は私の大切な相棒なんです。彼は、人食い狼に?」

「あぁそうだよ。まだ小さい人食い狼に腹から喰われていた。偶然通ったから良かったものの、こんな街道の真ん中で襲われるなんて滅多にない」

「そうでしたか。この先にある町でも被害があったみたいですよ」

 二人の男はお互い目を合わせて驚いている。

「ここら辺は森も少ないってのに一体なにが起こってんだ? まぁ、お嬢さんわざわざ報告ありがとう」

「はい。それでは、失礼します」

『……』



 広い場所を見つけ、いつものようにワンポールテントと折り畳みのテーブル、イス、焚火台を設置する。

「狼クン、はい例の報酬」

 赤ずきんは真っ赤なリンゴを狼に差し出す。

『……うん』

 好物を前に、どこか元気がない狼。

「狼クン、どうかした?」

『助けられなかったのに、貰っていいのかな』

「そんなことはないよ、これは町の人を助けたお礼だからね」

『……おじさんは嘘ついてたの?』

「嘘はついてないんじゃない、多分。狩人には不向きな人だったんだろうね。町の人は本当に感謝してたから、食べてあげて」

『分かった』

 狼は大人しく、リンゴを噛み潰す。

「……」

 赤ずきんは焚火台で燃える枝の束を眺めながら、深く何も言わず、赤ワインを一口飲んだ……――。

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