第80話 ケンタウロスの彼女

 ケンタウロスの彼女は髪をなびかせながら疾走する。


「――――解せぬ」


 禁忌に踏み込んだ冒険者らしき2人組。排除すべき敵。


 (だが、なんだ? コイツ等の余裕――――)


 荒れた森の道。いくら馬車で逃げようとしても人馬一体のケンタウロスに敵うはずもない。


 そのはずが、まるでピクニックを楽しむような冒険者に、敵意よりも好奇心を持った。


(――――しかし、やはり、状況が読めぬただのバカなのだろう。これで終わり)


 彼女は、弓矢を背にしまい込む。


 下半身は馬。 


 人を背に跨げさせる予定のない彼女は、武器を背中に積み込み運搬できる。


 複数の重量感のある武器。 その中で彼女が選んだのは昆――――鉄性の長棒だ。


 彼女は速度を上げると、一気に馬車の真横に付く。 そして――――


「投擲だ。狙いは、もちろん――――車輪」


 馬車の弱点。 高速で回転する車輪に鉄の棒を投げ込む行為は凶悪だ。


 鉄の車輪でも耐えれず、必ず馬車は横転する。


 そのはずだった。


「むっ!」と車輪に投げ込む予定の棒の軌道を変えた。


 馬車から人が顔を出した。 その人物は、もちろんジェル・クロウだ。


(先ほど、同胞を射た矢の使い手――――コイツを排除するのが優先か!)

 

 だが、彼女の棒はジェルが持つ剣――――『名刀コテツ』によって弾かれた。


「なにッ!」と驚くのも無理はない。


 彼の片手は、馬車のほろを掴み、無理やり体を馬車の外に出している状態。


(片手の力は無論、下半身の力も伝わらないはず――――弓矢だけではなく剣も達人か?)


「だが――――だが、それがどうした!」


 突く。棒を使った突きの連続技。


 いくら達人であろうと、不安定な足場と体勢は本領を発揮できない。


 慣れない体勢での戦い。力を入れれないだけではなく、通常よりも遥かに体力の消費を加速させる。

  

 だから、ケンタウロスの彼女は驚愕した。


 ジェルの剣技に、それから―――――


「ぬっ!? 棒が砕けた?! 馬鹿な、僅かに打ち合っただけで鉄の武器だぞ!」


『名刀 コテツ』が持つ武器破壊の能力。 それが彼女の武器を砕き破壊してみせた。


 不意を突かれてバランスを崩した彼女。 馬車との距離が、僅かではあるが離れた。


 その隙を見逃すジェルではなかった。


「ごめん。何が悪かったか、調べていつか謝りに来るよ――――まぁ、許されなかったら、逃げるけどね」 

 

 いつの間にか、彼は無手。武器を納めていた。


「ふざけるな! この程度で逃げれると思っ――――」


 ケンタウロスの彼女は最後まで言えなかった。


 なぜ、なら彼女の足元に狙って、ジェルが魔法を放ったからだ。


『ファイアーボール』


 地面が爆発する。 その衝撃から逃れるためにケンタウロスの彼女は跳躍した。


 だが、その隙に馬車は逃げていく。


 ただでさえ悪路な地面は、ジェルの魔法攻撃でさらに荒らされた。


 彼女は追うのは諦める。


「頭目!」と部下たちが追い付いてくる。部下たちに彼女は――――


「お前ら――――私は、奴らを追う。後は任せたぞ!」


 何かを叫ぶ部下たちの声を背中に受けて、彼女は再び疾走した。


 彼女の顔を正面から見れる者がいたら、ケンタロスの彼女が笑っている事に気づくだろう。

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