第5話

 カーテンを閉め切り、灯りもそう明るくない。


「足場に気をつけてくれないか」


 床に黒い、新しいラグマットを敷き。

 その上に彼は大量の写真を自分を中心にした同心円状に並べていた。


「済まないな、暗くて」

「いや、それはいいけど…… 何でこんな暗いんだ?」

「古い写真は焼けが激しいからな。これ以上劣化させちゃまずいだろう?」


 俺はかがみ込み、写真の内容を確認する。

 家族写真――だけではない。

 先ほどの写真立てにあったのと同年代のもの。

 おそらくは母親が結婚した時に持ってきたアルバムの。


「なあ。仕事の方なんだけど」

「うん。何か全然外に出る気力が無くて。きっと僕は病気なのかもしれない」

「あと、奥さんが実家に帰ったと聞いたけど」

「……酷いんだ聞いてくれ」


 彼はぱっと顔を上げた。

 うわ、と俺は目を見開いた。

 げっそりとこけた頬、目だけがらんらんと妙な光を放っている。


「ドリーはママの一番綺麗な写真の入った写真立てをこの床に思いっきりぶつけたんだ」

「何でまた」

「もう耐えられないって言って。でもさ、ドリーだって、ママにはずいぶん良くしてもらったじゃないか。いい感じだったし。実の親子みたいだね、って皆言ってて。彼女もそれを喜んでいたのに。なのに何だよ。あれじゃ、中の写真が傷つくじゃないか」


 さっきの写真立てのことか。

 確かにガラスは蜘蛛の巣状にひびが入り、枠も取れかけていた。


「叩いたんだって?」

「当然だ。ママの写真をそんなこと……」


 さっきから違和感があったのだが、彼はさっきから母親のことを「ママ」と呼んでいる。

 昔からそうだったろうか?

 いやそうじゃない。

 一応俺がこの家に遊びにきた時には「母さん」くらいの呼び方だった。

 こんな、甘えた、子供の様な呼び方をする様な奴ではなかったはずなんだが。


「仕事のことなんだけど、この先もしばらく休む様だったら、欠員補充をかけるって言ってたぜ。そりゃあ、辞めさせられることは無いとは思うけど」

「別に辞めたっていいんだ」

「何言ってるんだ」

「ママは居ないし、ママの様なドリーも出ていってしまったし、僕の人生はもう何も無いんだ。ドリーもドリーだ。何だって僕を見放すんだ。ママだったら絶対そんなことはなかったのに」


 俺は思わず後ずさりしていた。


「……じゃあ、そう伝えておくけど…… 本当にいいんだな」

「ああ。頼む」


 そう言いながら、カード占いの様に写真をあっちに動かしこっちに動かし、と彼は続けていた。

 再び応接に戻った俺に、スティーブンス氏は何とも言えない表情を向けてきた。


「ともかく、彼が言ったことをそのまま伝えてもいいでしょうか。辞めてもいい、と言ってましたが……」

「息子が迷惑をかけるね。ああ、それと奥さんに、ドリーのところに顔を出してやってもらえないか頼みたいんだが」

「シェリーに?」

「数少ない友達だったからね」

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