第77話 弟子
「おっはよー」
朝一、元気いっぱいに私は部屋の扉を開け放つ。
「ありゃ?」
室内では、筋肉質な体つきをした青年が座禅を組んでいた。
彼は私の声には反応せず、静かに目を瞑ったままだ。
「この様子じゃ、また徹夜したみたいね」
私はその様子から、彼が徹夜で修練していた事を見抜く。
練習熱心なのはいい事だが、余り根を詰めると体には悪い。
だから休む時は休む様に口を酸っぱくしているのだが、全く人の事を聞かない弟子である。
「ん?」
その時、彼の体から青い陽炎の様な気が漂い出す。
それは境界突破の兆候を示す物だ。
「まさか、もう超えるの!?」
やがて陽炎の様な淡い青光は、閃光となって彼の体から
それは後天を突破し、先天に辿り着いた証。
その鮮烈な輝きに、私は目を細めた。
「ふふ、やっぱり彼は天才ね」
その素晴らしい才覚に、私は惚れ惚れする。
私の見る目は間違っていなかった。
――そう、彼こそ私の運命の相手なのだ。
「ふぅ……」
「おめでとう。これじゃ、徹夜した事を叱れないわね」
覚醒を終えた彼に近づき、私はその額にデコピンする。
成果を出されては、怒るに怒れない。
何より、彼の成長が嬉しくて、とても厳しくは接する事が出来そうになかった。
「悪いな、師匠。戦争が近いって聞いて、いてもたってもいられなかったんだ」
ガガーン帝国とカサノバ王国間の緊張は高まり、いつ開戦されてもおかしくない状態だった。
噂によると、ガガーン帝国側は今度の戦争で、殲滅指示が出されるのではないかと言われている。
それは戦場だけではなく、その近辺の村や町すらも容赦なく壊滅させる事を意味してた。
――彼の目的は、戦争という大きな流れで生じる戦えない弱者への殺戮や略奪を止める事だ。
「考え直すつもりはないのね?人を殺す事になるわよ。それにあなた自身も……」
彼は私の元で修行した事で、仙道のスキルを習得しレベルも相当上がっている。
1対1なら、早々負ける様な事はないだろう。
だが相手にする事になるのは、個ではなく群だ。
大勢を相手にして確実に生き残れる程、彼は強くない。
「ああ、分かってる。けど、見て見ぬふりは柄じゃないからな。例え人を殺しても。俺が死ぬ事になっても。後悔はしないさ」
「しょうがないわね。私も手伝ってあげるわ」
私は軽く肩を竦め、そう告げる。
正直、人を手にかけるのは気が進まない。
けど――
口は少し悪いが、曲がった事が大っ嫌い。
まだ知り合って1年ほどではあるが、私はそんな真っすぐな彼が大好きになってしまっていた。
夢中と言っていい。
――だから、私が彼を守る。
クラスは戦闘向きではない市民だが、私には極まった仙道というユニークスキルがある。
それに、レベルも通常の方法で上げられる上限の250にまで達していた。
私より強い人間なんて、早々居ないだろう。
まあそれでも、数の暴力で来られたらかなりきつくはあるが……
「師匠。別に無理してついて来てくれなくてもいいんだぜ?これは俺が勝手に決めた事なんだから」
「何言ってんの、弟子の面倒を見るのは師匠の務めよ」
そう言って私は弟子――マクシムにウィンクする。
「やれやれ……折角、五月蠅い師匠から離れられると思ったんだけどな」
「ふふ、逃がさないわよ。さ、朝ご飯でも食べに行きましょ。後天突破祝いに、高級店に連れてってあげるわ」
「へっ。それじゃ遠慮なく、師匠の財布に悲鳴を上げさせてやりますよ」
「マクシム、貴方には謙虚さが足りないわよ」
「謙虚になったら、俺は俺じゃなくなっちまうんでね」
「ま、それもそうね。じゃあ私は玄関で待ってるから、さっさと着替えて出て来なさい」
そう言って彼の部屋を後にし、私は自分の部屋へと戻る。
そして貝殻の形をしたマジックアイテムを取り出した。
これは遠く離れた相手と、通話をするアイテムだ。
「借りを返して貰う時が来たみたいね……」
それを使って、マクシムの兄弟子とも言える人物に私は連絡を取った。
「聞こえるかしら?」
彼に仙道を教えてあげたのは、もう70年も前の事だ。
当時20代だったので、もう今は90を超えているだろう。
だが仙道を修めた者は、その肉体の老化が極めて鈍くなる――まあ、限りなく不老に近い私程ではないが。
恐らく今の年齢でも、現役時代に近い動きが出来るはずだ。
「久しぶりね。出来たら、貴方の力を貸して欲しいんだけど」
マクシムの兄弟子であり、私の2番目の弟子――イイダ・タクトに、私は助力を頼んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます