第59話 旅立ちは突然に
「受け付けた者が失礼をしたようだね。ま、座ってくれたまえ」
ギルドマスターがソファに座る様に勧めて来たので、俺は腰を下ろす。
すると彼は棚から酒瓶を取り出し、グラスに注いで俺の前にあるテーブルの上に置いた。
まさか、俺に飲めって事か?
こんな朝っぱらから?
「それはカサノバ産の10年物だ。美味いぞ」
美味いぞとか言われても、俺には酒の味など分からないし、そもそもそれ以前に飲酒の習慣もないのだ。
勧められたからと言って、口にする気にはなれない。
「気持ちだけ貰っておきます」
「ふむ、酒は好きじゃないか。まあまだ若い様だし、それはしょうがないか」
俺が断ると、ギルドマスターはテーブルのグラスを手に取り、中の液体を一気に飲み干した。
朝っぱらから飲酒とは、良い御身分である。
「ユーリ。君の事は聖なる剣のアイリンから聞いている。何でも、たった一人でベーガスの連中を倒したとか」
ギルドマスターが、向かいのソファにドカリと勢いよく腰を下ろした。
予想はなんとなくしていたが、俺を執務室に呼んだのはやはりPKK関連の話があるからの様だ。
「最初話を聞かされた時は、死霊術師がそんなまさかと思ったよ。だがさっきのガムラスとの戦い振りを見て、成程と納得させられた」
戦い振り……
単に3回程攻撃を躱しただけなんだが?
まあ余裕で回避していたので、その辺りから推測したという事にしておこう。
好意的に。
「その若さで。しかも死霊術師というハンデを背負って尚その強さ。大した物だ」
「はぁ……」
死霊術師はハンデ所か、最強なんだけどな。
まあ一々口にする気はないが。
「そこで君の腕を見込んで、実は折り入って頼みごとがあるんだが――」
「忙しいのでお断りします」
なんか頼まれそうになったので、食い気味に断りの言葉を捻じ込む。
どういう内容かはしらないが、今の俺の目的はSランクの魔宝玉集めだ。
余計な事に関わるつもりはない。
俺の即決の返事に、ギルドマスターがあからさまに顔を
ひょっとして、断られるとは思ってなかったのだろうか?
初対面の人間が、何で自分の頼みごとを聞くと思えるのか謎である。
「報酬は弾ませて貰う。まずは話を……」
「報酬の過多ではなく、予定が詰まっているのでお受けする事は出来ません」
俺が欲しいのはSランクの魔宝玉だ。
ヴェルヴェット家や護衛さんならいざ知らず、ギルドマスター如きに用意出来るとは到底思えない。
俺の2度に渡る即断に気分を害したのか、ギルドマスターが
そして忌々し気に、此方を睨みつけてきた。
が、無視する。
これが護衛さんならともかく、今の俺が冒険者ギルドのマスター如きにビビる訳もない。
「用件がそれだけなら、俺はこれで――」
「待て!」
ソファから立ち上がって出て行こうとすると、強めの語気で呼び止められる。
諦めの悪い奴だな。
呼び止めても無駄だってのに。
「こう言ってはなんなのだが……実は聖なる剣は今、非常に微妙な立場にあると言っても良い」
ギルドマスターの言葉に、俺は眉を顰める。
聖なる剣が微妙な立場とか言われても、意味不明なんだが?
「彼女達はPKされそうになったと言っているが、その証拠はない。つまり逆に考えれば、聖なる剣側がPKの被害者を装ってベーガスの面子を皆殺しにしたとも考えられなくはないという事だ」
迷宮内で起こった事である以上、明確な証拠はない。
だから、そう言う風に疑う事も出来なくはないだろう。
彼女達の性格を知っていればそんな事は絶対にありえないと断言できるが、まあ所詮それは主観的な物でしかないからな。
「死人に口なし。相手を殺した後ならば、何とでも言い訳は立つからな。ユーリ、君はアイシスと仲がいいらしいじゃないか?聖なる剣が大きな問題を抱えるのは、望ましくないんじゃないのか?」
「はぁ……」
俺は小さく溜息をつく。
遺体の回収にはリスクが伴う事は目に見えていたが、まさかギルドマスターがそれをネタに脅しをかけて来るとは。
終わってるな。
まったく。
「俺を脅すつもりですか?」
俺はギルド長の横に立って、座っている彼を睨みつけた。
「何、これは提案だ。私は重要な仕事が片付き。君は知り合いのパーティーを救って、更に冒険者ランクまで大幅に上がる。悪い話ではないだろう」
だがギルドマスター悪びれる様子もなく、口の端を歪めてニヤリと笑う。
「……」
普通に考えれば、当事者である聖なる剣を脅して仕事をさせるのが筋だ。
にも拘らず俺を脅したという事は、聖なる剣に脅しが通用しなかったか、彼女達では
……ま、その辺りはどうでもいいか。
こういうたぐいの奴は放っておくと、絶対この先も碌な真似はしないだろう。
俺は無造作に、ギルドマスターの口元を押さえる様に片手で彼の顔を掴んだ。
「もごっ……もがもがもが……ふぐぐ……」
驚いたギルドマスターが、両手を使って俺の手を外そうと藻掻く。
だが彼の筋力程度では、今の俺はビクともしない。
……この程度の筋力なら余裕で行けるな。
そう判断した俺は、もう片方の手で頭部を掴み、両手で彼の頭部を180度ほど回転させる。
丁度顎が頭頂部の当たりに来る感じだ。
「ぶべぇ……」
口を押さえていたせいか、ギルドマスターの断末魔はオナラの様な音だった。
「ギルドマスター、オナラと共に眠る」
そんな冗談を口にしながら、俺はリッチーを指輪から呼び出した。
それを素早く始末し、枠を開けた所でギルドマスターを死霊化させる。
もしダンジョンで人間の死霊化を試していなかったら、流石にこうも容易く始末する事は出来なかっただろう。
やはり情報は力だ。
「質問があるんだがいいか?」
そして下僕化したギルドマスターに質問を投げかけた。
もちろん、内容は脅し関連についてだ。
「共謀者はなし……か。じゃあこのまま、こいつだけ処理したらいいな」
この脅しはギルドマスターが個人的な目的で行っていた様だ。
つまり、彼さえいなければ問題解決である。
俺はリッチーの遺体を執務室に合った大きめの袋に詰め、ギルドマスターに主として命令を下した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
私の名はカレンタ。
トーラの町の冒険者ギルドで受付嬢をやっている。
勤続2年目。
それまでは特に問題なく続けてきた職場なんだけど、なんと今日、とんでもない事が起こった。
それも2つも。
1つは、残念なクラスで有名な死霊術師の青年が、なんとAランク冒険者である鼻デカ男ことガムラスに1対1の勝負で勝ってしまった事だ。
しかもギルドマスターが途中で止めていなかったら、ガムラスは大怪我をさせられていたらしい。
その話を冒険者から聞かされた私は、信じられない気持ちでいっぱいになる。
だってあり得ないじゃん。
あの死霊術師なんだよ?
その後、ギルドマスターの執務室から出てきたユーリという青年は、私のカウンターで清算を済ませてギルドから去って行った。
正直、滅茶苦茶疑っていたので死ぬ程気まずかった訳だけど……まあそれはどうでもいいか。
そして2つ目の驚くべき出来事は、その10分後に起こる。
執務室から突然勢いよく出てきたギルドマスターが――
「私はギルドマスターを辞める!!」
そう、周囲に大声で宣言したのだ。
その肩には大きめの袋が担がれ、顔色は少し悪い様に見えた。
「え、あの……ギルドマスター?」
「私は一冒険者として!これより迷宮探索に向かう!さらばだ諸君!」
更に彼はそう告げ、勢いよくギルドから飛び出してしまう。
しかもギルド内だけではなく、同じ様な内容を街の各所で宣言してから街を出て行った様だ。
一時、街はその噂で持ち切りになる。
が――
当の本人の姿をその後見た者がいなかった為、ギルドマスターが何故そんな真似をしたのかは結局分からずじまいに終わっている。
ま、顔色悪かったし。
私はストレスでおかしくなった説に一票よ。
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