第56話 貸し

「えーっと……ユーリ、なんだよね?」


アイシスがおっかなびっくり声をかけて来る。

どうやら俺の超絶強化にびっくりしている様だ。


「ああ、俺だよ。それより大丈夫か?」


「あ、うん。HPはそのお花の魔物が回復してくれたから。でも、エレンさん達が……」


アイシスが辛そうな表情で、倒れている3人の方へと視線を向ける。

どうやら彼女は、あの3人が死んだと思っている様だ。


「ああ、あの人達なら生きてるぞ」


「「え!?」」


俺の言葉に、その場にいた全員が声を上げた。


「そ、それは本当なの!?本当に3人は!?」


アイリンさんが必死の形相で、俺に詰め寄って肩を掴む。

顏に唾が飛んできたので、出来ればもう少し落ち着いて欲しい。


「ギリギリ息があったんで、エリクサーを飲ませておきました。今は気絶しているだけで、みんな無事ですよ」


何を使って回復したかは、ハッキリと伝えて置く。

何故かって?


――その方が貸しが大きくなるから。


え?

恩着せがましい?

確かにこういう場合、小説の中の主人公とかだと言わずに格好つけたりするのが普通だろう。


だが俺は違う。

何故なら、この後護衛さんに怒られる可能性があるからだ。

クレア用に渡された物を勝手に使ってしまったからな。


という訳でこのままだと怒られ損になるので、せめて貸しとして認識しておいてもらわないと。


「皆!」


俺の説明を聞くと、その場にいた4人が爆ぜる様な勢いで倒れている仲間に駆け寄る。

丁度いいので、俺はヒーリング・デスフラワーを始末して下僕の空きを作った。

見られるとあれなので、ちゃちゃっと済ませてしまおう。


「かかるかな?」


ゲームだと、プレイヤーは元より、NPCも死霊化は出来なかった。

だがここはゲームではない。


人に効くかどうか?


それを確認するために、俺は最初に剣を突き刺した男の死体に死霊化をかけてみる。

すると――


「ふむ、人間にも効くのか……」


死霊化した男の死体が起き上がってくる。

俺はそれを手で制し、寝ているように命令した。


「死んだふりしててくれ」


人の死体を死霊化するのは、出来れば見られたくないからな。

今現在、アイシス達は倒れている仲間の介抱に必死だが、いつ此方を振り返らないとも限らない。

こうしておいた方が安全だ。


死霊化が成功したので、確認したい事を二つばかり確認する。


一つは――


「記憶はあるか?」


「はい」


俺の問いに、男の死体が倒れたまま答えた。

やり取りは問題なく出来る様だ。


「感情も?」


「あります」


記憶だけではなく、感情もあるのか。

そう考えると、結構やばいな。

人間に対する死霊化は。


殺した上に、絶対の支配でアンデッド化。

流石の俺も、それが倫理観的にやばいとは感じる。

この情報は伏せておいた方がよさそうだ。


ま、取りあえず必要な事を聞いておこう。


「お前らの襲撃は、他の誰かが関わってるのか?」


「いえ、ベーガスだけです」


「襲撃を誰かに話したりは?」


「していません。バレれば、俺達の方が不味いので」


俺の質問に、男は淡々と答える。

一見感情はなさそうに見えるのだが、死霊化による強制支配が強いせいで我が出せない状態なのだろう。


「お前らのバックに、不味い連中はいるか?もしいたとして、それは聖なる剣に危害を加えるか?」


「裏社会に繋がりはあります。ですが、俺達が消えたからと言って、動く様な連中ではありません」


ふむ……

取り敢えず、この一件で聖なる剣がこれ以上余計な被害を被る心配は無さそうだ。


アイシス達の方を見ると、気が付いた三人と喜び合ってハグしているのが見えた。

こっちには特に気を払っていない様なので――


「もう聞く事はない。眠りにつきな」


俺は男の首を切り、死霊化から解放してやる。

別に慈悲を駆けてやったわけではない。

アイシス達に気付かれない様、処理しただけだ。


「死霊化後は、魔物扱いな訳か……」


二つ目の確かめたかった事、それは経験値が入るかどうかだ。


人間を殺しても経験値は入らない。

実際生きているベーガスの連中を殺した際には、経験値が全く入ってこなかった。


だが死霊化した男を始末した際には、経験値が入ってきている。

どうやら死霊になると、記憶や意識が残っていても魔物として扱われる用だ。


それを知ったからなんだって話ではあるが、まあ知識として知っておいて損はないからな。


個人的な用事が終わったので、ヒーリング・デスフラワーを死霊化して僕達を指輪へと収納し、俺はアイシス達の元へと向かう。


「ありがとう、ユーリ」


「感謝するよ」


「あんたは聖なる剣の救世主だ」


「助かった」


「本当にありがとう」


近付いてきた俺に、聖なる剣の面子が俺への礼を口にする。

その表情は明るい。


「ユーリ。本当にありがとう。聖なる剣のリーダーとして、改めて礼を言わせて貰うわ」


「まあ、困った時はお互い様です。気にしないでください」


もちろん社交辞令だ。

俺の魂は、ちゃんと恩返ししてくれよと叫んでいる。


まあとは言え、流石に彼女達に大きな期待をするのは酷だろう。

Sランク宝玉の一つでも手に入れば儲けものって位だ。


「ユーリ、凄く強くなったね」


「まあ、しこたまレベル上げしたからな。死霊術師も悪くないだろ?」


「ほんと、ビックリしたわ。死霊術師って凄いんだね」


「ああ、俺はまだまだ強くなる。目指すは世界最強だ」


世界最強。

それは決して夢絵空事ではない。

死霊術師と言うクラスなら、十分実現できる目標だ。


ま、流石にゴールは果てしなく遠いけどな。


「ふふ、何だかマクシムみたい」


そう言えばマクシムも最強になるって言ってたな。

ま、彼には悪いがその座は俺が頂く事になるが。


「積もる話があるのは分かるけど、まずはゲートで脱出しましょうか」


「あ、ごめん。姉さん」


まあエリアボス戦からの、PKの流れだ。

ダメージは回復してはいても、全員間違いなく疲労しているだろう。

それを無視してアイシスと長話は、確かにアレではあるな。


「彼らはどうするんですか?」


俺は死体の方をチラリとみる。

その処遇は彼女達に決めて貰う。


「正直、あんまりいい気のしない相手ではあるけど……迷宮に吸収されるのは流石に可哀想だから、埋葬の為に遺体は持っていくわ」


迷宮内部で死んだ者は、時間の経過で迷宮に吸収される――遺体のみで、装備や衣類は残る――と言われている。

そのため、偶に迷宮内でその残骸が見つかるそうだ。


「分かりました」


持ち帰ると、当然その分面倒が増える。

埋葬もそうだが、何故殺したのかといった説明をギルドなんかにする必要も出て来るからだ。


もし俺が彼女達の立場なら、まず間違いなく必要な物だけ剥いでポイする。


それでも埋葬してやりたいって言えるアイリンさんは、凄く真っすぐで優しい人なんだろと思う。

そう言う所はアイシスとそっくりだ。

似たもの姉妹って奴だな。


「ただ俺、実はここで仲間と合流する予定だったんで、皆さんとは一緒には脱出できません。だから遺体の運搬を手伝うのも、脱出用のクリスタルの所までになります」


クレアとはここで待ち合わせしてあった。

今回は彼女のお陰でアイシス達を助ける事が出来ているので、流石に無視して脱出する訳にもいかない。


「貴方には命を救って貰ったんだもの。それ以上望んだら、罰が当たっちゃうわ。ただ、後でお礼がしたいから宿泊場所を教えて貰っていいかしら?」


「ええ、構いませんよ」


アイリンさん達は、ベーガスの遺体を連れて170階層へと移動する。

その際、エリアボスのドロップをお礼にと渡そうとしてきたが、丁寧に断っておいた。


「それは聖なる剣の皆さんが、この階層を突破した記念ですから」と。

そんな小物でお礼しきったとか、万一思われても困るしな。


お目当ての物以外、余計な物は受け取らない。

これ大事。


「さて、クレアが到着するのをレベル上げでもしながら待つとするか」


1-2時間もすればここに辿り着くだろう。

そんな事を考えながらレベル上げを開始した訳だが、いつまでたってもクレアが現れる様子はなかった。


そして気づく。

彼女が方向音痴だった事に。


結局、クレアがこの場に現れたのは12時間以上先の事だった。


まさかリポップしたエリアボスを討伐する羽目になろうとは……

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