第54話 挨拶
クレアは厨二病で、意味不明な発言も多い。
だが今回は様子が違っていた。
……何せ装備まで俺に渡す位だからな。
何かある。
彼女から聞けていない事情もあるので、そう判断して素直に従った訳だが。
「さて、何があるのやら……」
俺は168層を超高速で駆け抜ける。
ウィングブーツは優秀だ。
前進時だけの速度アップとは言え、その効果は恐らくだが2倍近くある。
まるで風になった気分だ。
これに空を飛べる効果まであると考えると、超が付くレベルの強力なマジックアイテムと言って間違いないだろう。
「もう少しだな」
目の前にモンスターの集団がいるが、迷わず突っ込みその隙間を縫う様に俺は突き進む。
こんな真似が出来るのも、宵闇のローブのお陰だ。
でなきゃいくら速度が上がってるとは言え、流石に集団の中を突っ切るなんて真似は出来なかっただろう。
接近した時点で身構えられるからな。
宵闇のローブは完全な透明化が出来ないとはいえ、気配隠匿と、認識阻害機能が付いている。
此れのお陰で魔物が俺を発見する頃には、その真横を通り抜けてるって訳だ。
……流石金持ちのお嬢様だけあって、良い物身に着けてるぜ。
因みに、両方とも俺の知らない装備だ。
リアルオンリーって奴だな。
「この先だ」
169層に下るスロープに辿り着く。
俺はそのまま全速力で駆け下り、169層のエリアボスの間に続く扉を抜ける。
扉が開いているという事は、誰かがエリアボスを倒したという事だろう――通常は扉が閉じているので。
もしくは、現在ボス戦中かだが。
「――っ!?」
ボスエリアに入って、俺は直ぐに足を止める。
エリアボスは不在だ。
だが、中には人がいた。
出入り口付近に三人の女性が倒れており、少し奥で4人の女性が、8人の冒険者に囲まれているのが見える。
内部の状況を見て、俺が一瞬で出した答え。
それは――
PKだ。
ゲームで言う所のプレイヤーキラーの略で、どういう訳だか、この世界でも冒険者同士の殺し合いをそう称されている。
ゲーム世界だから似ていると言えば、まあそれまでなのだろうが。
「アイシスか……」
囲まれている女性陣の中に、見知った姿がある事に俺は気づく。
同級生のアイシスと、その姉のアイリンだ。
これで女性側が襲って、返り討ちに合ったという可能性は消える。
あの二人がそんな真似をする訳がないからだ。
取り合えず倒れている女性の一人に駆け寄り、状態を確認した。
まだ息はある様だが、正直、いつこと切れてもおかしくない程弱っている。
俺はその女性の口元に、護衛さんから預かっていたエリクサーを迷わず流し込む。
ポーションではなくエリクサーを使ったのは、
回復アイテムには、使うと一定時間回復アイテムの効果を阻害するクールタイムが存在していた。
これは使用したアイテムだけではなく、一部の例外――エリクサーは下位アイテムのクールタイムを無視できる――を除いたすべての回復アイテムに適用される。
そのため、もし倒れている女性が事前にポーション類を服用してい場合、他の回復アイテムでは回復出来ない可能性があった。
しかも今は一刻を争う事態なので、ちんたらそれを確認している暇もない。
もちろん、ヒーリング・デスフラワーの回復魔法も詠唱に時間がかかるので却下。
だから俺は迷わずエリクサーを使ったのだ。
人の命には代えられないからな。
エリクサーがダメージを一瞬で回復させる。
だが女性は深刻なダメージを受けたための影響か、直ぐには意識を回復しなかった。
起こしている時間も惜しいので、俺は気配を殺しながら移動して、同じ様な状態の他の2人にもエリクサーを素早く飲ませた。
その間も、聞き耳を立てて状況の把握は努める。
どうやら男どもの方はベーガスという冒険者パーティーの様で、狙いはアイシスの装備の様だった。
アイテム欲しさに人殺しとか、清々しいまでの屑である。
俺も極限レイドなんて呼ばれ、ボスの独占をしてきた人間だ。
そのため、殺し合いだってしてきた。
だがそれは所詮ゲームでの話。
その気になれば何度だってリトライできるし、嫌気が指したら止めればいいだけの事でしかない。
だが現実は違う。
死ねばそこで終わり。
それを解っていてPKするこいつらには、容赦は一切必要ないだろう。
ふと考える……クレアは、この事を知っていたのだろうか。
と。
その時、アイリンさんが動いた。
彼女の盾が青い光を発する。
恐らくは聖騎士のスキル、シールドブレイクだろう。
「アイシス!」
アイシスが腕輪を外し、彼女は地面を滑らせる様にアイリンさんの足元へと腕輪を送る。
「なっ!?テメェ何をするつもりだ!」
「こうするのよ!シールドブレイク!!」
足元に転がる腕輪に向けて、彼女は自らの盾を地面に叩きつけた。
凄まじい閃光と衝撃。
全員の意識がそこに集まるのを利用して、俺は気配を殺しならが素早く其方へと間合いを詰めた。
阻害は完ぺきではないので、近づきすぎればバレる恐れがある。
だがまあ、バレたらバレたで、その時点で襲い掛かるまでだ。
どうにでもなるだろう。
「くっ……傷一つつかないなんて」
腕輪は相当頑丈にできているのか、傷一つついていない。
まあ強力なマジックアイテムは、そう簡単には壊れない物だからな。
当然の結果とも言える。
「は……ははは。一瞬ビビったじゃねぇか。焦らせやがって!おしゃべりはここまでだ!こいつらを始末するぞ!!」
男の号令に、男達が殺気立つ。
アイシスはそれに怯える事無く、拳を構えた。
明らかに満身創痍。
状況も絶望的。
にも拘らず、恐れる事無く彼女は敵に立ち向かおうとする。
彼女は決して悪には屈しない。
流石アイシスだと、久しぶりの友人の凛々しい姿を嬉しく思う。
「ふん!その綺麗な顔を打ち抜いてやるぜ!死ね!」
弓を持った男が、矢を番えて引く。
狙いはアイシスだ。
弱った相手を先に潰すのは、戦闘のセオリーだからな。
回復がある以上、放っておくのは愚策なので当然だろう。
ま、やらせないけど。
「お前がな」
俺は一気に距離を詰め、その男の背後から死霊の剣を突き込んだ。
ミスリル製と思しき
その程度の防御力は焼け石に水でしかない。
何の抵抗も感じる事無く、俺の剣は相手の体の中心を貫く。
「が……あぁ……」
「「「!?」」」
剣で貫いた男は、呻き声を上げながらその場に崩れ落ちた。
突然の奇襲に全員の動きが止まり、その視線が一斉に俺に集まる。
そんな中、俺に気付いたアイシスが声を上げた。
「ユーリ!?」
「よ、元気にしてたか」
俺は笑顔で片手を上げて、久しぶりに再会した友人に挨拶する。
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