第52話 PK

自身の目に飛び込んで来た状況が飲み込めず、私は呆然とする。

異変に気付いたのか、こっちを向いていた姉さん達、前衛組3人が慌てて振り返った。


その瞬間――


「パラポネさん!」


パラポネさんの足元の影が膨らみ、黒尽くめの男がそこから飛び出て来た。

シャドウワープ。

暗殺者のスキルだ。


私は咄嗟に声を上げるが――


「がぁ!?」


それよりも早く、男が両手にそれぞれ持った短剣が彼女の左右の首筋に深々と突き刺さる。


「ぐぅっ!?くそっ!!」


パラポネさんは苦痛の声を上げながらも体を素早く回転させ、手にした剣で背後の相手に斬りかかった。

だが男はそれを容易く回避してしまう。


攻撃を躱された彼女は苦悶の表情を浮かべ、地面に膝を付いた。


「クリティカルが入ったんだがな。頑丈な女だ」


「パラポネ!くっ――」


姉がパラポネさんに駆け寄ろうとするが、背後から弓が飛んでくる。

気づいた姉は、それを咄嗟に盾で弾いた。


「ひゅう、あれを弾くなんてな。いい腕してるな」


背後から弓を放った男が、笑いながら此方へとやって来る。

数人の冒険者達と一緒に。


そこでやっと私は、そいつらが見た事の有る顔だと気づく。

彼らはこの迷宮の最深記録を持つ、ベーガスの面々だ。


PK。


それは冒険者が冒険者を襲う行為を指す言葉だった。

語源は知らないが、それは冒険者が何よりも憎む忌むべき行動だ。

そのためもしバレれば、冒険者ギルドによる極刑が待っている。


それを仕掛けてきたという事は……彼らは間違いなく、私達を皆殺しにするつもりだ。


「ベンズ……なぜこんな真似を!」


「何って?エリアボス討伐に決まってるじゃねぇか?まあ何故かいなかったから、代わりにお前らを狩る事にした訳だがな」


男達――ベーガスの連中が薄ら笑いを受けべながら、私達を囲う様に動く。

正直、状況は絶望的だった。


「ふざけるな!」


「ははは、馬鹿な女だぜ。俺達と組んで攻略してりゃ、こんな事にはならなかったってのによ」


ベーガスから、169階層の共同討伐の話が来ていたのは知っていた。

だが姉はそれを断っている。


当然の話だ。

聖なる剣だけで討伐の目途が立っているのに、他のパーティーと組む意味はない。


それに、ベーガスは評判の悪いパーティーだった。

仮に目途が立っていなくとも、彼らと組む事は無かっただろう。


「そんな……そんなふざけた理由で私達を襲ったのか!?」


姉がベンズ――ベーガスのリーダーを睨みつけた。


一見激高している様にも見えるが、私にはわかる。

姉はどんな時でも、常に冷静に判断を下す人だ。

頭に血が上った振りをしているのは相手を油断させる作戦で、どうすればこの危機を切り抜けられるのか、それを諦めずに冷静に頭をフル回転させているはず。


とは言え、今の状況を逆転させる手があるとは流石に考えられなかった。


せめて170階層に通じるクリスタルが近くにあれば、逃走の目もあっただろう。

だが残念ながら、クリスタルはかなり離れた位置に出現してしまっていた。

正直、あそこに辿り着くのは絶望的だ。


もうこの状況下で私達に出来る事は、破れかぶれでベーガスの連中に一矢報いてやる事ぐらいだろう。


「まあ攻略だけなら、流石にこんな真似はしなかったぜ。俺達の狙いは……」


ベンズが私を見る。

正確には、私の付けている爆裂の腕輪エクスプロ―ジョン・アームリングだ。


「くっ、腕輪が狙いか……何故腕輪の事を知っている!」


腕輪は超が付く程の高額品だ。

その価値を知られれば、よからぬ輩に狙われる可能性が高い。

だから情報が洩れない様、私達は細心の注意を払って来たのだ。


「ははは。ギルドで鑑定したのは失敗だったな。俺はそっち方面にも顔が利くんだよ」


腕輪はその価値や効果を確認する為、一度ギルドで鑑定して貰っていた。

当然その情報を第三者に漏らすのはタブーなのだが、どうやらそれを破った者がいる様だ。


ギルドを信頼した事が仇になってしまうなんて……


「腕輪を素直に渡すって言っても、無駄なんでしょうね」


姉と目が合う。

その視線は一瞬、私の身に着けている爆裂の腕輪に移った。

その意味するところを、私は即座に理解する。


――姉は腕輪を破壊する気だ。


私達はもう助からないだろう。

正直、死ぬのは怖い。

けど、冒険者になった時点で最悪命を落とす事は覚悟している。


だが、ただでは死なない。

せめてベーガスの連中の、腕輪を手に入れるという目的だけでも阻止するんだ。


「……」


私は小さく頷き、賛同する意志を姉に示した。


問題は、これを壊す事が出来るのか?という点だ。

マジックアイテムは基本的に、とんでもなく頑丈にできている。

最悪、傷一つ付けられない可能性もあった。


だがそれでも――


「当然だ。PKがバレれば俺達は終わりだからな。ま、運が無かったと諦めな」


「そう、なら戦うまでよ」


「ははは!後衛は全滅。アタッカーは片方が大怪我。もう片方もスキルの反動でフラフラ状態。それで俺達に勝てると思ってんのかよ?言っとくが、脱出用のクリスタルにたどり着けると思ったら大間違いだぜ!」


「アイシス!」


姉の装備しているミスリルの盾が青く光り輝く。

盾を武器として叩きつける、聖騎士最強のスキル。

シールドブレイクだ。


これは発動させると装備している盾が砕け散ってしまうため、聖騎士にとってリスクが高いスキルだ。

だがその分、威力はかなり高い。


私は腕輪を外し、地面の上を滑らせる様にそれを姉に向かって投げた。


「なっ!?テメェ何をするつもりだ!」


「こうするのよ!シールドブレイク!!」


「なっ!よせっ!!」


姉が足元に滑って来た腕輪に、スキルの発動した盾を叩きつけた。

凄まじい衝撃と閃光が、地面と盾との間で弾ける。


だが――


「くっ……傷一つつかないなんて」


「は……ははは。一瞬ビビったじゃねぇか。焦らせやがって!おしゃべりはここまでだ!こいつらを始末するぞ!!」


私は大きく息を吸い、拳を構えた。

体力の消耗とHP低下の影響で立っているのもやっとの状況だが、せめて一撃だけでもぶちかまして見せる。


「やれるもんなら……やってみな」


見ると、パラポネさんは立ち上って剣を構えていた。

首元に深い傷を負っている筈なのに、本当に凄い人だ。

ヘスさんも不敵な笑みを浮かべ、膝を深く沈める様に臨戦態勢をとっている。


アイリン姉さん。

パラポネさん。

ヘスさん。

ミーアさん。

ミスティさん。

エレンさん。


ここで私達は死ぬけど、私はこのパーティーに入った事を後悔してはいない。

この聖なる剣の一員として、命尽きるまで戦い抜くのみ。


「ふん!その綺麗な顔を打ち抜いてやるぜ!死ね!」


弓を持った男が、私に向かって矢引く。

けど、それは放たれる事無く――


「お前がな」


男の腹部を突き破り、黒い刀身が生えた。


「「「!?」」」


突然の事に、全員の動きが止まる。


「がっ……あ……」


男が呻き声を上げながら、崩れ落ちる

その背後に立っていたのは――


「ユーリ!?」


私のよく知る人物だった。

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