第51話 不意打ち

169階層のエリアボスは、ミスリルタートルである。

その甲長は10メートルにも達し、人など丸呑みできる頭部を持つ巨大な青い亀だ。


ミスリルという名を冠している事からも分かる通り、この魔物は物理、魔法に対する高い防御力を誇ていっていた。

更にエリアボス特有の自然回復能力まで備わっているため、余程火力がない限りミスリルタートルを倒す事は難しい。


因みに、先駆者である冒険者パーティー・ベーガスは、そのHPを削り切る事が出来ずに撤退を余儀なくされている。


「アイシス!パラポネ!ヘス!本体は私が受け持つから、雑魚処理をお願い!」


「「「了解!」」」


ミスリルタートルは最初単独だが、HPが減って来ると子供を生み出す性質があった。

それまで本体に張り付いて攻撃を仕掛けていた私は、姉の指示でパラポネさん達とその処理に当たる。


「ふん!」


私の回し蹴りを喰らい、犬サイズの子亀が吹き飛ぶ。

親とは違い、子供の方はそこまで耐久力もなく弱いので処理は簡単だ。


とは言え、その数は多い。


広い空間に30匹近く湧いてきている。

姉が一人で本体を押さえている間に、他のメンバーで素早く雑魚を処理していく。

これに時間をかけすぎると、自然回復でミスリルタートルのHP がドンドン回復して行ってしまう。


「2弾め!」


雑魚掃討を終え、私達はミスリルタートルへの攻撃へと戻った。

そこから更に攻撃を加えると、再び雑魚が呼び出される。

だがそれも問題なく処理。


一見順調の様に思える進行だが、本番はここからだ。


攻撃を再開すると、程な無くしてミスリルタートルの体が青から紫色へと変化していく。


「ハードモードよ!アイシス!準備は!?」


「大丈夫!HPも全快だしやれるわ!」


姉の問いに私は力強く答える。


ハードモード。

ミスリルタートルはHPが30パーセント以下になると、防御能力が大幅に上昇する性質を有していた。

この状態になると、ダメージを通すのすら大変になる上に、更にその回復力まで上がってしまう。


そのため、この状態のミスリルタートルを撃破するには相当高い火力が必要になって来る。

それが出来なかったからこそ、ベーガスは撤退したのだ。

私達のパーティーも、正直その状態を押し切れるだけの火力はない。


――切り札がなければ、ではあるが。


私の身に着ける超レア装備、爆裂の腕輪エクスプロージョン・アームリング

この腕輪には、強力な攻撃スキルの力が宿っていた。


真・阿修羅爆裂拳。


相手の防御力を無視し、10倍以上の攻撃力で一撃必殺を放つ奥義。

但し強力なだけあって、いつでも気軽に撃てる様には出来ていない。

複数の条件をクリアして、初めて放つ事が出来る様になる。


条件その一。

気のゲージを10段階まで溜める。


これは武闘家、武僧のみが使える練気術によって生み出される気をストックする事で溜める事が出来た。

この2クラスしかこの腕輪を使えない理由はここにある。


因みに練気術は、通常は身体能力を一時的に高めるバフの効果を持つスキルだ。

勿論このエリアボス戦でも、私はこれを維持しつつ戦っている。


条件其の二。

コンボゲージを最大まで溜める。


コンボゲージは、打撃を敵にヒットさせる事で増えていく。

余り間隔が開くとゲージはリセットされてしまうので、事前に溜めておく事は出来ない。


ゲージは三段階あり。


一段階目で爆裂拳。

二段階目で阿修羅爆裂拳。

そしてMaxの三段階目で、真・阿修羅爆裂拳が使える様になる。


そして三つ目の条件は、HPが50%以上ある事だ。

真・阿修羅爆裂拳は、現在HPの90%を攻撃力に変換して破壊力に上乗せする様になっており、発動後に5%以下になるHPだと発動できない様になっていた。


「分かった!なら隙を作るわ!」


「うん!」


真・阿修羅爆裂拳はそのまま放つのではなく、隙を作ってからになる。

外した場合2発目はないので、万全を期す感じだ。


とは言え、余り時間をかけるとコンボゲージがリセットされてしまう恐れがある。

最悪、大きな隙が作れない様なら、私は無理やり叩き込みに行くつもりではあった。


だがその心配は杞憂に終わる。

チャンスは直ぐにめぐって来た。


ミスリルタートルが前足を浮かし、その両足で前面にいる姉さんとパラポネさんを踏み潰そうとする。


「オラァ!パワースラッシュ!!」


「パリィ!!」


姉さんは盾スキルによる受け流しで。

パラポネさんは、パワースキルによる横凪で。

それぞれ外側に向かう様に、ミスリルタートルの前足を弾く。


「アイシス!今よ!!」


前足の開いた状態では上手く着地出来ず、轟音と共にミスリルタートルが腹の部分を地面に打ちつけ、私の目の前に無防備な頭部がさらけ出された。


絶好のチャンス。

この状況なら、外したりカス当たりする心配は無い。


「うん!」


私は腕輪に意識を集中させ、スキルを発動させる。


「はぁぁぁぁぁぁ!」


利き手に付けた腕輪が赤く輝き、私の拳に凄まじいエネルギーが宿る。

と同時に、体から急激に生命力が引き抜かれてい浮くのが分かった。

HP90%消費の負荷は大きいが、ダメージを受けた物ではないので、動きには大きな影響は出ない。


「くらいなさい!真・阿修羅爆裂拳!!」


そのまま突っ込み、起き上がろうと藻掻くミスリルタートルの頭部に、私は必殺の一撃を叩き込む。

拳に宿った赤い閃光が衝撃となり、魔物の頭部、首、そして腹部からその尾へと爆ぜながら突き抜けた。


「ぎゅあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ミスリルタートルが衝撃に大きく吹きとばされ、その動きを止める。

そしてその姿が胡散するように消え、ドロップだけが後に残された。

討伐完了だ。


「ふぅ……ふぅ……」


真・阿修羅爆裂拳は体力もかなり消耗する。

HPの減少も相まってか、私の体はもうフラフラだ。


けどまあ、ここでへばって尻もちを搗くのも格好がつかない。

私は笑顔で振り返り、右手を高く――


「え?」


目に飛び込んで来たあり得ない光景に、思わず変な声が漏れた。


姉達――前衛組の3人が、笑顔で此方を見ている。

そこは問題ない。


問題なのは、その背後――後方の3人。

後衛組だ。


彼女達の体から、まるで剣が生えているかの様な光景。

そしてその背後には、複数の男達の姿が。


急襲。

不意打ち。


冷静に考えれば直ぐに答えの出る事だったが、今の私には、何が起きているのか理解できなかった

余りにも急過ぎて、感情が追い付かない。


「うそ……」


私はただ茫然と、後衛組がそのまま崩れ落ちる姿を見ている事しか出来なかった。

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