第44話 暗躍
ガガーン帝国・玉座の間。
「本当に余の願いはかなうのであろうな」
普段は騎士達が厳重に警備にあたる場所だが、現在は2人の老人の姿しか見当たらない。
1人は玉座に座り、頭に冠を抱く人物。
ローガイ・ジャービス・ガガーン。
ガガーン帝国の現帝王だ。
その頭髪は真っ白に染まっており、顏には長き時を生きた証が刻まれている。
齢85歳。
未だその肉体は壮健であったが、本人は背後に迫る死の足音を確かに感じ取っていた。
その傍にも老人が一人。
でっぷりと太った身体つきをしており、その頭髪は完全に禿げあがっている。
名はコズック・バウラス。
ガガーン帝国に置いて、宰相位に付く男だ。
彼も齢は80を超えており、かなり高齢となっている。
「勿論です」
皇帝・ローガイの問いかけに返事が返って来る。
但し、声を発したのは宰相のコズックではない。
よく見ると、玉座の前方に青い揺らぎがある。
それは薄っすらと人の様な輪郭をしていた。
――死霊。
見る者が見れば、一目でわかるだろう。
それは生を持たぬ、忌まわしき存在であると。
玉座が人払いされていたのは、他でもないこの死霊がいる為だった。
「但し……姿形自体は変わりませんが、人という領域を捨てる必要はありますが」
死霊の口元が動き、声が発せられる
皇帝の言葉に答えていたのは、この人ならざるものだ。
皇帝が、手元に置いてある水晶に手を翳す。
すると、水晶は青い光を放つ。
これは対象の言葉の真偽を確認するための、国宝級のマジックアイテムだ。
その発動にはSランクの魔法玉が必要となる為、そうおいそれと使われる事は無い。
だが相手は人ならざる存在――死霊だ。
その真偽を確認する事は必須であるため、皇帝は貴重な魔法玉を消費して発言の裏を取る。
「人である事に、こだわるつもりはない。余はもっと生きたいのだ。コズックよ……お主はこんな余を、愚かで浅ましいと思うか?」
齢を重ね、自身の終点が見え始めた皇帝の願い。
それは人という生き物の寿命を超えて生きる事だった。
権力者などが求める、不老という在り来たりで幼稚な願い。
それが目の前にぶら下げられ、ローガイ皇帝は人である事をやめ様としていた。
「とんでもございません!陛下がいてこその帝国でございます!この国の為にも、陛下には長く生きて頂かなければ!不肖!このコズックめも、陛下にお供させて頂くつもりでございます!」
自身もその恩恵に預かりたい。
皇帝への賛辞にかこつけて、コズック宰相は自らもと口にする。
その滑稽なやり取りを眺め、死霊は口元を歪めた。
もちろん、目の前の二人には気づかれない様に。
死霊の名は、ペェズリー。
以前までは冥界の門から離れられなかった彼だが、将来有望な死霊術師に死霊の指輪を渡した事で、その状況は変化していた。
――指輪には本来の機能とは別に仕掛けが施されており、身に付けたものが強くなればなる程、ペェズリーの力となる様になっている。
彼がある程度自由に活動が出来るのは、そのお陰だ。
「ふむ……それで、何人生贄を用意すればよいのだ?」
宰相との薄ら寒いやり取りを終えたローガイ皇帝が、ペェズリーに向かって尋ねる。
彼の願いを叶えるためには人の命――正確には、人の死が必要だった。
死の際に発せられる負のエネルギー。
それを持って、人ならざる永遠の肉体を彼らに用意すると、ペェズリーは説明している。
「10万程に」
「――っ!?」
「んな!?」
ペェズリーの答えに、二人が絶句した。
自らの願いを叶えるに当たって、多くの命を散らす必要があるのは彼らも理解している。
だがその規模は、想定していた物を遥かに超えていた。
「……」
皇帝が想定していたのは精々百程度。
多くとも、数百は超えないと踏んでいた。
流石に桁違いの数に、皇帝達の顔色が変わる。
「ご安心ください。供物の様に捧げる必要は御座いません。用は殺せばいいのです。方法は問いません。ただ、死をばら撒いてさえ頂ければ」
「只ばら撒けばいい……だと。簡単に言ってくれる。いくら余が皇帝であろうと、それだけの真似をすれば……」
自国民を10万人も殺せば、絶対権力者と言えどもただでは済まない。
確実にクーデターが起こる。
そうなればいくら不老の肉体を得ようとも、待っているのは破滅だ。
「何も自国の民である必要は御座いません。戦争を起こせばよいのです。そう、言いがかりでも何でもつけて」
「ぬう、戦争か。確かにそれならば……」
強国であるガガーン帝国は、周囲の国と常に小競り合いを繰り返している。
もちろんそれは小規模な物で、年に数百人も死者は出ていない。
だが無理やり理由を付ければ、それを発展した形に持ち込むの事はそこまで難しい事ではなかった。
「陛下。僭越ながら、カサノバ王国が宜しいのではないかと具申いたします。最近のあの国は軍備の増強が目覚ましく、我が国に対する敵対的姿勢は日増しに増して来ております。帝国の威信を見せつけるという名目でなら、他の者達も強く反対はしないかと」
コズック宰相が、饒舌に語り出す。
皇帝に付き合うという名目ではあるが、不老の恩恵を強く願う様がその行動によく表れていた。
「良いだろう。コズックよ、手配を頼む」
「はっ!お任せください!」
「ペェズリーよ。ないとは思うが、もし約束を違える様な事があれば……」
ローガイ皇帝の鋭い眼光がペェズリーを射抜く。
帝国軍内にも、光や神聖魔法を扱う者達は多数存在している。
もし皇帝を騙したなら、直ちにそれらの者達が目の前の死霊の討伐に駆り出される事になるだろう。
「心得ております。その事ならば、どうかご安心ください。私も肉体を得て新たな人生を謳歌したいので、決っして約束を違える様な事は御座いません」
自らも肉体を手に入れたい。
そのための協力関係であると、ペェズリーは強調した。
その言葉に、皇帝の手元にある水晶が青く光る。
「嘘はない様だな……」
彼のその言葉に嘘はない。
実際に、皇帝達の為に肉体を用意する準備は進められている。
但し、本人が肉体を得たその先に何をするかまでは、明確に提示されてはいない。
ただ‟新たな人生を謳歌したい”という、非常に曖昧な返答だ。
広義の意味での真偽は見抜けても、その先にある隠された本位までは見抜けない。
それは真偽を見抜く、マジックアイテムの限界と言っていいだろう。
もちろん、ペェズリーはそれを理解したうえで、言葉を選んで応答している訳だが……
自らの野望を隠し覆うために。
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