第25話 悩み

「アイシス!行ったわよ!」


「分かってる!」


目の前に飛び出して来た魔物。

リザードマンを、私は回し蹴りで粉砕する。


「ふぅ……」


死亡した魔物は音もなく消滅し、その場に魔石がドロップした。


何故魔物が消えて魔石に変わるのか?

そう不思議に思うかもしれない。


通常、魔物は殺しても死体が残るのが普通だ。

だが迷宮と呼ばれる場所に限ってだけは、そうではなかった。


迷宮。

それは自然の洞窟ダンジョンとは一線を画す物だ。


迷宮内の魔物は死体を残さず消滅し、その代わりにアイテムがドロップする。

また、ランダムで出現する宝箱と呼ばれる物が存在しており。

更に、10階層毎に入り口へと繋がる転移ゲートと呼ばれる謎のクリスタルも設置されていた。


その内部構造も滅茶苦茶で。

地下にも拘らず日の当たる密林であったり、火山地帯だったりと、普通ではありえない状態となっていた。


それら通常ではありえない異常の集積から、迷宮は神の作った物ではないかと密かに言われている。


「大分動きが良くなって来たじゃない」


「へへ」


聖なる剣のリーダー。

姉のアイリンが、私の肩を嬉しそうにぽんぽんと叩く。


私が聖なる剣に入って、もう既に半年近く経つ。

入った時点では20しかなかったレベルも、もう78にまで上がっていた。


普通に考えて、短期間にこれ程のレベルアップはありえない事だ。

それを可能としたのが、聖なる剣のバックアップだった。


並の冒険者では手に入らない様な強力な装備が用意され、戦闘時にはちゃんと貢献できる様に周りが動いてくれる。

そして今日みたいな休みの日には、姉や他のメンバーが私のレベルアップに付き合ってくれていた。


「今のペースなら、後3ヵ月もあればレベル100にまで行くわね。サブクラスはもう何にするか決めたの?」


レベル100になれば、サブクラスを取得できる様になる。


「うーん、それがまだ決まって無くて……」


武僧は近接戦闘と、光魔法による攻撃や回復を得意とするクラスだ。


そのため、サブクラスは近接能力を底上げできる拳闘士や棍術師。

もしくは、回復能力の向上を期待出来る癒術士。

そして優先度は少し下がるが、攻撃魔法の扱えるクラスなんかが候補に上がって来る。


まあ攻撃魔法クラスは選択肢から外すとして、私が悩んでいるのは近接火力か回復かの選択だ。


「個人的には癒術師押しなんだけど……アイシスの性格を考えると、やっぱり拳闘士かしらね」


「ちょっと姉さん、それどういう意味よ?」


「言わなくても分かるでしょ?」


「う……」


流石に姉だけあって、私の気質をよく理解していた。

確かに、魔法を使うより前に出て戦う方が性には合っている。

そのため、現在私の中での最有力候補は拳闘士だった。


とは言え、迷宮攻略の効率を考えるのなら、癒術師の方が優先度は高い。


迷宮は9の付く階層の最奥。

要は出入り口へのクリスタルがある階層直前に、ボスモンスターが陣取っている。

誰かが討伐していない限り――まあ数時間で復活するが――それを倒して先に進むのがセオリーだ。


当然ボスは同階層の魔物と比べて桁違いの強さを持っており、特にその耐久力は群を抜いた物となっている。

そのため戦いは長期戦が基本で、そして長期戦となった場合、最も重要になるのは安定性だった。


私の火力アップに寄る戦闘時間の若干の短縮より、回復力アップによる安定度向上の方がパーティーへの貢献度は高くなるのよねぇ。

パーティーの皆は、好きな物を選んで良いと言ってはくれているけど……


自分の性分に合うクラスか。

それとも貢献度が高くなるクラスを取るか。

超迷う。


「まあまだ時間はあるし、その間にしっかり考えればいいわよ。いくらでも相談に乗るし、何だったら友達なんかにも相談しなさい。友達だったら、私達に言いにくい本音なんかも相談できるでしょ?」


「友達かぁ……」


そう言われてパッと思い浮かぶのは、ユーリとマクシムの二人だ。


マクシムの方は先週顔を合わせている。

レベルが60になったと自慢してきたが、私のレベルを伝えたら凄く悔しそうな顔をしてた。


彼のサブクラスは間違いなく拳闘士だろう。

悩む必要が無いのは羨ましい所だ。


ユーリは……


卒業後直ぐに街を出たと、孤児院を訪ねた時に聞かされている。

そのため、それ以降彼がどこで何をしているのか分かっていない。


きっと何処かで冒険者をやっているのだろうけど、まだレベル20にも上がれていない可能性は高い。

死霊術師は単独で真面に戦えるクラスじゃないもの。


だから仮に連絡が取れたとしても、そんなユーリにサブクラスの相談をするなんて酷な話だ。

寧ろ、私が彼の相談に乗ってあげないといけない立場と言っていい。


「ユーリも遠慮せず……聖なる剣に入れば良かったのに」


本気でそう思う。

そうすれば私と同じぐらいとは言わないまでも、そこそこレベルは上げられていたはずである。


「まあ人には色々生き方があるからね。そんなに気になるんだったら、伝手を使って、今どこに居るのか調べて上げるわよ」


「うーん……そうだね。お願いしていい」


「任しときなさい。すーぐ見つけ出してあげるから」


居場所が分かったら、休みを貰ってユーリに会いに行こう。

一度は断ったとはいえ、彼もきっと死霊術師のソロの厳しさは身に染みているはず。

きっともう一度誘えば、喜んで聖なる剣に入るはずだ。


「ははー、アイシス様宜しくお願いしますー」なんて言ったりしてね。


「じゃ、狩りを再開しましょうか」


ユーリ、きっと驚くだろうな。

超ハイペースで上がってる私のレベルを知ったら。


「うん」


私は直ぐにユーリと再会できると、この時は思い込んでいた。

だが想像とは裏腹に、彼の足取りはようと知れず。

顔を合わすのは、それから数か月も先の事となってしまう。


そしてその時私は知る。


死霊術師のありえない強さを。

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