第12話

「見慣れない写真だけど、これ樹でしょう?」


「そう見えるだろうが、間違いなく宗主の義弟の写真だ。名前は遠夜というらしい」


 この写真はふたりが街を歩いているところに偶然、居合わせた一門の諜報員が写したものらしい。


 その証拠に樹と写っている物もあると言われ、受け取ったらたしかに樹と写っていた。


 あれから2年が過ぎ、すこし大人びた樹が写っている。


 身長差はかなりあるらしく、樹の肩の辺りに頭があった。


 本当に驚くほどよく似ている。


 それはつまり一条和明に似ているということだ。


 樹は母親似なので当然、一条の血筋よりの外見をしている。


 樹は和明の若い頃にそっくりなのだ。


 つまりこの義弟も一条和明に似ていることになる。


「義弟なのにどうしてこんなに樹に似てるんだ?」


 驚いて声に出した後で後悔した。


 こういうことを言えば義信を刺激する。


 それは静也の立場的に歓迎できない事態だ。


 一条家について義信と静也は考え方を異にしているので。


 静也は和宮の直系なので、義信もなにかと静也を立ててくれるが、まだ伊集院の当主という肩書きは健在だ。


 これ以上の事態の悪化は歓迎できない。


 特にこの義弟、遠夜という少年が、一条に連なっているというなら尚更に。


「夕雅丘の街を歩いていたらしい。街を歩いていたということは、その近くに住んでいるはずだ。尻尾も掴めないが、それはたしかだ。なんとかして義弟を捕まえられないだろうか」


「樹の意志に逆らうことはやめた方がいいと思うけど……」


「和宮の宗主としての自覚を思い出していただく方が重要だ」


「要するに樹の意志は無視する、と」


 なにかと樹に逆らうことで有名な義信だ。


 これは言われなくてもわかっていたが。


「行ってくれるな、静也?」


「捕まえてそれでどうしろと?」


「一条の血に連なる者かどうかを確認してほしい。そしてもし一条家の者だったら、なんとしても和宮の本宅に連行するんだ。そのまま監禁してしまえばいい」


「義父さんっ」


「一条の遺伝子は危険だが、和宮には必要なものだ。それは直系男子以外では手に入らない遺伝子なのだから、それが当然だ」


 病的な執着に静也は舌打ちする。


 それは自身が一条の血を引いていないが故の執着なのだ。


 一門では有史以前から近親婚が繰り返されている。


 といっても問題視されるほどのものではないが。


 和宮一門は全世界に散っているため、近親婚といっても大げさに問題視されるほどのものではなかった。


  ただし御三家はこれに当て嵌まらない。


 何故なら影の宗家とも言われてきた一条家の姫君たちは、一門のすべての家に入り込んでいたからである。


 分家も本家も。


 特に一条本家の姫君は代々和宮や伊集院の奥方となってきたが、和明には妹はひとりしかいなかった。


 そのため宗家である和宮家が迎えることとなり、伊集院家には他家から奥方を迎えさせた。


 その結果、義信は一条家の血を引けなかったのである。


 これは一条家の血の遺伝を重要視する一門では、かなりの問題である。


 事実、義信もかなり劣等感を持っていたのだ。


 一条家の血を引いていない。


 それはつまり出来損ないということだったので。


 せめて自分の子にはと思っていたが、義信に子はできず、唯一生まれた一条の姫君、都はやはり和宮の奥方となった。


 そうして生まれた樹に羨望と嫉妬を向けるのも仕方のないことである。


 一条が滅んだ際に唯一残された都を監禁するように仕向けたのも義信だ。


 一条の遺伝子を手に入れるために。


 しかしどんな手を加えても、都では欲しい遺伝子は手に入らなかった。


 元々、一条の遺伝子は直系男子にしか伝わらない。


 危険すぎる重要な一条の遺伝子は、直系男子にしか伝わらず、直系男子は一条家から出ることがない。


 姫君たちから伝わる力はたしかに強いが、危険な因子は全くなかった。


 強い力だけが遺伝されるため、好都合だったとも言える。


 義信の執着が突然現れた一条の血筋の顔立ちを持つ少年、遠夜に向けられても全く不思議な話ではなかった。


 厄介なことになったと静也はつい天井を仰ぐ。


 彼は想像もしていないだろうが、彼は今とても危険な位置にいるのだ。


 一条家が滅んだ今、もし直系男子が存在したら、人権が無視される可能性が高い。


 今義信が言ったように生涯、監禁されてもおかしくないのだ。


 まだだ。


 まだ時は満ちていない。


 どうすればいい?


 長老たちと動き始めたことは、まだ形になっていない。


 今、一条家の直系男子が現れることは都合が悪いのだ。


 どうすればいいのかわからなくて、きつく唇を噛んだ。





「伊集院家に不穏な動き、ね」


 弟の報告を受けながら、海里は難しい顔になる。


 大地は樹の傍にいてもすることがない。


 樹に近づけないのだから、遠くから見守るしかないのだ。


 だから、空いた時間を使って一門のことを調べるのが日課になっていた。


 それにいずれは帰還するにしても、樹の母親を解放しておいた方が、樹もあの御方も安心できるだろうと思われた。


 そのために一門の情報は多いほどいい。


 特に海里の立場からしても、あの方を狙う一門の動きは、掴んでいて損はなかった。


 その大地が掴んできた情報である。


 伊集院家に不穏な動きがある、と。


 伊集院静也がこの街に滞在しているというのだ。


 それも義信の命令で。


 それはとてつもなくきな臭かった。


「これはできるだけ早く惺夜さまに近づいた方がよさそうだね。それに学園に潜り込む手筈も早く終えた方がいい。あの方が危険だから」


「やはり狙いはあの方だろうか」


「たぶんね。モルモットにでもするつもりじゃないかな?」


 嫌悪もあらわに吐き捨てる。


 兄の冷酷な口調に大地も同意した。


「とりあえずぼくは今日明日中にでも学園に潜り込むよ。それからなんとかして惺夜さまとツナギをつける。もう悠長なことは言っていられない。実害を被ってからでは遅いんだから」


 兄にして上官の決断に大地は無言で首肯した。





「なあ、遠夜。知ってたか? 担任が交通事故に遭ったって」


 登校するなり蓮に言われ、遠夜が「え?」と彼を見た。


「なんか昨日の帰り道で交通事故に遭って、全治半年なんだってさ。それで今日から違う担任がくるらしいぜ」


「へえ。産休とかなら聞いたことあるけど、そういうことってホントにあるんだ?」


「ドラマみたいだよな」


 笑いながら言う蓮に遠夜も笑いながら頷いた。


 H/Rの時間になると、その新しい担任が姿を見せた。


 噂によれば大学を出たばかりらしいが、とてもそうは見えない。


 どう見ても樹と同じくらいか、ひとつかふたつ年上くらいにしか見えない。


 童顔だから下手をしたら、高校生に見えることもあるかもしれない。


 仕立てのよいスーツに素通しの眼鏡。


 知的さを演出しているが、どう見ても幼すぎる。


 顔立ちは抜群によかったが。


 樹や紫を見慣れた遠夜の眼から見ても美形だった。


「ぼくは七瀬海里という。今日から交通事故に遭われた町村先生の代理として、このクラスを担任することになった。

 受け持ちは現国だけど、一通りなんでもこなせるから、わからないことがあったら、すぐに訊ねにきてほしい。ぼくも早くみんなと仲良くなりたいからね」


「センセー。童顔だって言われませんかあ?」


「どういう意味かな、それは?」


 苦笑する海里に野次が飛ぶ。


 それを適当にあしらって、海里は点呼を取り始めた。

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