第6話
教室に入った遠夜を待っていたのは抜き打ちテストだった。
それも全教科の。
進学校でも知られる藤崎学園では珍しくないと聞く。
適当にテストを終えて、昼休みになったとき騒ぎは起こった。
『1年A組の宮城遠夜くん。1年A組の宮城遠夜くん。至急生徒会室まできてください。繰り返します、1年A組の宮城遠夜くん。至急生徒会室まできてください』
放送を聞いた遠夜は学食に向かっていた足を止めて、つい振り仰いだ。
「なんだろ、いったい」
「俺も同行しようか? 紫が相手じゃなにされるか」
「なにされるって?」
「紫って男も女もOKの節操なしだからな。生徒会室でも密会してるって、もっぱらの噂だし」
「冗談だろ」
「校内ではさすがに控えてるらしいけど、外では日めくりで付き合う相手を代えてるらしいぜ。」
「それでなんで生徒会長なんてやれるんだ?」
「そりゃ生徒の過半数が紫のファンだからだよ」
「げっ。行きたくなくなってきた」
「気持ちはわかるけど行かないと吊し上げられるぜ」
すでに呼び出された遠夜に対して、羨望の眼差しや嫉妬の眼差しが向けられている。
感じ取って遠夜は首筋を片手で押さえた。
「とんだ災難だ」
「ついていくから安心しろよ。紫に手は出させないから」
「助かるよ、蓮」
転校してきて席が隣同士だったこともあって蓮とはよく話す。
樹の知り合いだということもわかったし、深い付き合いになりそうだ。
生徒会室に向かっていると不意に蓮が言った。
「それより遠夜って呼んでいいか?」
「いいけど唐突だな」
「名字で呼ばれるのキライだって言っただろ? 実は相手を名字で呼ぶのもキライなんだ。どうってことない相手なら、別に名字だろうと名前だろうと構わないんだけどな」
つまり遠夜は特別だということだ。
言われてちょっと照れた。
蓮に案内されて行った生徒会室は3年生の教室のある3階にあった。
「失礼します」
短く断りを入れて中に入る。
中央に会長らしき人物がいた。
肩を越す長髪は優雅で似合っている。
黒曜石の瞳は濡れたような輝きを放ち、まるで相手を誘っているようだ。
容貌は天雅。
樹とは違う意味での、同じくらいの美形だった。
これならまあ人気が出るのもわからないわけじゃない。
遠夜としては男が相手でも構わないと言い切れる男とは、お近づきになりたくないのだが。
扉を閉めようとした瞬間、なにかに遮られた気がして振り返る。
そこにはなにもなくて、蓮が入ったのを確認してから、もう一度扉を閉めた。
入るのが一拍遅れ、扉に挟まれた海里は、やれやれと肩を竦めている。
それから正面をみた。
あれが魔将、紫。
本来は紫色の瞳のはずだが、この日本では目立ちすぎるからか、黒い瞳に変えているようだ。
過去視でみた姿とすこしも変わっていない。
さて。
どんな用件だろうか。
一瞬ギクッとした。
紫と蓮の視線が一瞬だけだったが、海里がいる辺りを捉えたからだ。
バレたのだろうか?
万全は期したつもりだが、相手も魔将と幻将だし。
海里がそんなことを思っているとも知らない遠夜は、まっすぐに紫をみた。
「生徒会がぼくになんの御用でしょうか」
「うん。実はね、今度の学園祭での生徒会主催の劇なんだけれど。推薦多数できみが第1位。というわけで出てくれないかな?」
「お断りします」
「つれないね」
「兄から劇には出るなとクギを刺されていますから」
「お兄さん?」
「兄はこの学園でかなりの影響力を持っています。ぼくが劇に出なければならないとなったら、学園祭そのものを潰しかねません。そうなったら生徒会としても困るでしょう?」
「そんなにスゴいお兄さんなのかい?」
「兄には逆らわない方が身のためです。この学園で生きていくなら」
一瞬、紫の視線が蓮に向いた。
真意を確かめるように。
そんな紫に蓮は魔物だけに伝わる力で声を届けた。
『和宮樹だよ、紫』
『和宮樹? あの噂の?』
『手を出さない方が身のためだぜ。おまえが関わっているとバレたら、遠夜の言うとおり学園祭を潰しかねない』
『しかし樹は和宮家のひとり息子のはずだけど?』
『その辺は俺も詳しいことは知らない。樹から伝言だ。放課後俺たちに話があるそうだ。出てこいってことだろうな、おまえにも』
『惺夜は相変わらずわたしを憎んでいるのかな』
『さあな。どこまで記憶が戻っているかによるんじゃないか?』
「遠夜。言いたいことは言ったんだ。後は生徒会の問題だ。俺たちはもう行こうぜ?昼飯食いっぱぐれるぜ」
「そうだな」
頷いて遠夜は一度会釈すると生徒会室を後にした。
蓮は昼食はとらない。
食事の必要性がないのだ。
肉体は死んでいるのだから当然である。
だがら、昼に付き合うことはないのだが、この場ではそう言っただけのことだった。
生徒会室から出ると食事を食べないと知られたくない蓮は当然のようにこう言った。
「じゃあ俺は弁当だがら」
「蓮っていつも弁当だよな。それもひとりで食べてる」
「飯時くらいはな」
「じゃあ、また教室で」
「ああ」
頷いて蓮の足はまっすぐに屋上に向かった。
蓮の姿が屋上に現れると、そこには紫がいた。
これは示し合わせたのである。
「さっきの話だけではよくわからなくてね」
「だろうな。わからないのは俺も同じだ」
「宮城遠夜は和宮遠夜ということだろうか? 樹を兄と呼ぶということは」
「そうだろうな。兄弟だってことは樹も隠さなかったし」
屋上を仕切っている金網に凭れかかって蓮が紫をみる。
そこには日頃みられない幻将としての顔があった。
遠夜にはみせない顔である。
「紫は遠夜をみてどう思った?」
「どう、とは?」
「一門の気配を感じたかどうかを訊いてるんだ、俺は」
「それはきみに問い返したいね。どうなんだい、蓮?」
言われて蓮は苦い顔になる。
蓮は魂の専門家である。
蓮を前にして魂の気配を隠せる者などいない。
如何に一門の血を引いていようとも、その事実は隠せない。
それは紫にも言えた。
紫を前に血族の気配を隠すことはできないのである。
だから、放課後に紫の前に樹が現れれば、おおよその予測は立てられる。
「間違いなく一門の直系だ。魂の形態が一門の特徴を色濃く宿してるからな」
「だろうね。わたしもさっき対面したときに、一門の血の気配を強く感じたよ。たしかに直系だね」
「ただその気配はずいぶん曖昧なんだ」
「曖昧? わたしにははっきり感じられたけれど」
「おまえと俺の能力の差だろうな。俺が感じ取るのは魂の気配。なんらかの封印を受けていたら、感じるものもまた違ってくるからな」
「つまり彼はなんらかの封印を受けていると?」
「ほぼ間違いなく」
それは遠夜という存在の特異性を示すものだった。
一門の直系というだけでも価値は大きいのに、なんらかの封印を受けているなんて、普通ならありえない事態だ。
だから、樹が送り迎えをしているのだろうか。
「どちらにせよ、樹と逢ってからだ。遠夜に対する接し方も樹が教えてくれるだろうぜ。下手な関わり方をしたら身を滅ぼすからな」
「わたしとしては気が重いね。紫苑のことでまだわたしを恨んでいるだろうし」
「それを思い出していたらな」
言われて紫は肩を竦めてみせた。
遠夜が劇に出られないのは痛いが、樹が関わっているのでは無理強いもできないし。
それにしてもさっき一度逢っただけなのに、遠夜のことが気にかかる。
三無主義を地でいく蓮と言われているこの幻将が、彼のことを気にかけていることも不可解だ。
蓮が無気力、無関心、無感動と三無主義を貫いているのは、自己防衛本能によるものだから。
大切なものを増やせば増やすほど、その身に危険が迫る。
特に自分の価値観と反対の価値観をもつ相手を気に入ったりしたら危険だ。
下手をしたら気持ちに従って行動し、信念を曲げたがために自滅しかねない。
そういう事態を招かないように、蓮はなににも心を動かされなかったのである。
遠夜を例外としたのはどうしてだろう?
こればかりは訊いても答えてくれないだろうが。
悠久の時代を生きてきて、今再び惺夜とめぐりあう。
なんともふしぎな気がした。
あの頃はもう一度めぐりあうなんて想像もしなかったから。
それは惺夜も同じだろうけれど。
紫苑のいない現実に戻りたくはなかっただろうから。
(……紫苑)
甘く苦く胸で呟く。
その声はだれにも届かなかった。
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