第6話 勢揃い




歌枠配信から数日後。


「ふぅ、これで引っ越し完了かな。」


ダンボールを紐で縛り、荷物を全て片付けた眞緒は新居を見渡した。


社長と話をする中で、眞緒は生活拠点、そして配信場所として新しいマンションを購入することに決めた。


以前住んでいたマンションや配信部屋からは離れ、事務所まで電車一駅で到着する程度の距離になった。


広いオープンキッチンにダイニング、そして25畳を超える広さのリビング。その他に5つの広々とした部屋などがついているこのマンションは旦那と生活していたマンションと比べても遥かにグレードは高い。元専業主婦だった私がそんなところを購入できたのは、ラブシャインという事務所の社会的信用力の高さ故だろう。社長には感謝してもしきれない。


財産分与がなかった離婚後の方が裕福になっているなんてなんとも皮肉な話だ。


配信機材も全て新調したためデータの移行がまだ済んでおらず、配信するには少し時間が必要だ。


「佐倉さんも、引っ越しのお手伝いありがとうございます。助かりました。」


「いいんですよ!それにしても天抱さんいいところ見つけましたね!ここ全部屋防音ですよ!」


「社長が紹介してくれたんですよ。防音マンションなんてあるんですね。初めて知りました。」


眞緒は佐倉マネージャーに頭を下げると、彼女は手をブンブンと振りながら微笑む。


なぜ彼女がここにいるのかというと、佐倉マネージャーの本日の仕事は眞緒の引っ越しのお手伝いをすることらしいのだ。天抱まおのマネージャーとして配信に関わること全て、今回の場合は配信場所を整えるという意味合いで片付けという業務命令もとい手伝ってくれている。


ちなみに業務命令を出したのは社長だ。


「新築のマンションで職業柄音漏れを防ぎたい人を対象に販売しているらしいです。社長が元々購入予定だったそうですよ。当事務所所属VTuberに賃貸で貸せる場所を確保しておくつもりで。」


「そ、そうだったんですか...でもそれ私に紹介してよかったんでしょうか?」


「大丈夫ですよ、他のマンションにも目をつけてたみたいですし!既に購入しているところもあるとか」


他のダンボールを紐で縛りながら佐倉マネージャーが話している内容に、眞緒は頬を引き攣らせる。社長の財力は本当にどうなっているのか...


「そういえば天抱さん、今日の午後は事務所に来るんですよね?」


「?社長から来てほしいとは言われてますが...」


眞緒はスマホを確認してそう答えると、佐倉マネージャーが目をキラキラさせて話し始める。


「2期生のみなさんが今日事務所にいらっしゃってるので、ドッキリしましょうか。」


「ドッキリ?」


佐倉マネージャーからの思わぬ提案に眞緒は目を瞬かせる。


「今日事務所に来ていただくのはラブシャイン公式チャンネルの動画撮影のためなんです。そして天抱さんが来ることはみなさんに伝えていません。」


佐倉マネージャーはある書類を眞緒に渡し、そのまま話し始める。


「天抱さんには小型のマイクをつけていただき撮影に潜入していただきます。2期生のみなさんがいつ気づくのかモニタリングしてください。」


「なるほど...でもそれ私バレる要素なくないですか?顔も知らない人を声だけで判断するって相当難しいんじゃ...」


「そこはなんとかみなさんに頑張ってもらいます。あなたの声質なら結構わかると思いますよ?」


バレてほしいのか、バレてほしくないのか、どっちなんだろう...?眞緒は少しわからなくなった。


「ちなみに今日の撮影は0期生の黒音カリンさんに協力してもらっています。」


「え!?カリン先輩が!?」


突如飛び出した大物の名前に眞緒は驚愕する。


事務所設立前から活動をしていた業界内屈指の人気を誇る個人勢VTuberであり、他の事務所からの誘いを蹴って設立直後のラブシャインに所属。今では大手と呼ばれるまでにラブシャインの人気を押し上げた超々大先輩である。


歌や声真似がとても上手で、過去の配信で披露した声真似は本人参戦も疑われるほどだ。


そんな大先輩が協力してくれているなんて...


「ちなみに企画の内容ってなんなんですか?」


「え?声真似クイズですけど?」


カリン先輩の得意分野じゃないですか!!





※※※


『声真似クイズ!はーじまーるよーーー!!!』


『『『『『いえーい!!!』』』』』


黒い猫耳をつけた少女姿の黒音カリンの声掛けで撮影が始まった。眞緒は撮影のカメラの後ろでカンペを持って待機している。


眞緒がカンペに【自己紹介】と書いてみせると、カリンはにっこりと微笑む。


『まずは自己紹介から!こんかりん〜、ラブシャイン0期生の黒音カリンだよー。よろしくねー!!』


次に挨拶を始めたのは刀を携えた和風の服を着た少女だった。


『こんかむい〜。ラブシャイン2期生!バーチャル侍の凪太刀カムイだよー。今日はクイズ頑張るよー。』


カムイの挨拶が終わると、次は群青色のワンピースを着て海洋生物のような尻尾を生やす少女が自己紹介を始める。


『そよそよ〜、ラブシャイン2期生白海そよのでーす。今日はよろしくぅ〜。』


次に挨拶を始めるのは、紫色の特攻服を着てフランスパンくらい長い金髪リーゼントの男性だ。


『おうお前ら!ラブシャイン2期生の龍眼寺トオルだ!今日も張り切っていくっすよ!!』


次は王子のようなカボチャパンツにシャツ、頭に王冠をつけて赤いマントを羽織る女の子だ。


『国民の諸君!私はラブシャイン2期生の比良坂めぐるだ!一番上手な声真似をするぞ!』


最後は魔女のようなドレスを着た紫髪の女性だ。


『ふふふ、ラブシャイン2期生月影レオですわ。声真似なんて私が全て見抜いて差し上げます!』





その様子を見ながら眞緒は手元のマイクで自己紹介を始める。


『みなさんこんあまー。ラブシャイン2期生の天抱まおで〜す。今日はみなさんにドッキリを仕掛けたいと思いまーす。』


こうして公式の動画撮影が始まった。


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