第12話 試験のゆくえ
〔グルルルッ……!〕
「ふぅっ……!」
ダンジョンボスは俺を警戒してか、一定の距離から動かなかった。
俺としても不用意に動くわけにはいかない。
そんな調子でにらみ合っていると、
〔ガルルッ〕
俺たちのいる空間に数頭の別のモンスターたちがやってきてしまう。
しまった……!
戦闘音を聞きつけてやってきたのか!
これはマズいぞ……?
さすがにボスを相手にしながら他のモンスターに注意を割くのは無理だ。
どうすればいい……?
思考を巡らせていると、
「「夜彦さんっ~~~!」」
「えっ……!」
後ろから聞こえたのはザクロとキスイの声。
2人は隠れていたはずの小道から出てきて、こちらに駆け寄ってきていた。
「アタシも戦うっすよぉ~~~!」
「私も援護をっ!」
「2人とも……なんで……!」
「なんでって、アタシたちチームじゃないっすか!」
「そうですわ! 置いていくなんて酷いです!」
「っ……!」
体が勝手に動いて出てきてしまったとはいえ自己中な行動を取ってしまった俺を、この2人はまだチームの一員として想ってくれるのか。
見捨てて隠れたままでいてくれたってなんの文句もなかったのに。
「ありがとう……! 助けてもらってもいいかっ?」
「「もちろん」」「っす!」
重なる2人の返事がとても心強い。
よしっ、これならきっとどうにかできる!
「それじゃあいっしょに……」
いっしょにこのボスを倒そう、と言いかけて口をつぐむ。
いや……そうじゃない。
違うだろ?
どうして俺は危険を冒してこの場に出張ってきたんだ?
「夜彦さん?」
「ああ、ごめん。2人にはまず……俺がボスの時間を稼いでいる間に他のモンスターたちの相手と倒れてる受験生たちの退避をお願いしたいんだ」
「えっ? ボスを倒すんじゃないっすか?」
「倒したいけど、きっと一筋縄ではいかないと思う。戦闘に巻き込まれないように他の受験生たちの安全確保をしてほしいんだ」
「……夜彦さん、それは本当に必要でしょうか?」
キスイが渋い表情を向けてくる。
「ダンジョンに入る前の説明であったように、きっと他の受験生に命の危険はありませんわ。せいぜいこの試験に落ちる程度です。わざわざライバルを助ける必要なんてありません」
「そうっすよ、夜彦さん。むしろあのボスを1人で相手にしたら夜彦さん自身まで脱落しちゃうかもしれないっす! そんな危険を
「……うん。2人の言うことはもっともだと思う」
「「ならっ……!」」
「でも……たとえこれが試験でも、ここはダンジョンの中で、俺はここに攻略者としての第1歩を踏み出すために来たんだ。だったら、俺には誰かを見捨てるなんて選択肢は選べないよ」
俺の夢は今も昔も多くの人を助ける攻略者だ。
その理想を諦める気はさらさらない。
「ごめん。これは完全に俺のワガママだ。だから……もし俺がやられるようなことがあれば、その時は俺を置いてみんなで逃げてくれ」
「よ、夜彦さん……! でも、私たちは──」
〔グルルルッ!〕
「ボスが動くっ! 2人は早く受験生たちをっ!」
パチンッ!
俺はネコダマシを発動しつつ、ボスに向かって走り出した。
〔グォォォッ!〕
「くっ!」
ブオン、振り回されたボスの前脚。
俺はギリギリのところで身を屈めてそれをかわした。
パチンッ! ネコダマシを使う。
ボスの怯んだその隙に、その軸足へと蹴りを入れる。
〔グルァッ⁉〕
バランスを崩すボス。
「っらぁぁぁッ!」
俺は全体重を乗せた蹴りをその顔面にぶち込んだ。
が、しかし、
〔ガウッ!〕
「うおっ⁉ うそだろっ⁉」
ボスはまるでノーダメージ。
再び立ち上がり、次々に攻撃を仕掛けてくる。
パチンッ!
バックステップでかわす。
パチンッ!
ボスの
「せぇぇぇいっ!」
そして今度はボディへと全力のパンチ。
しかしやはり大したダメージにはならない。
〔グルァァァッ!〕
「くっ⁉」
パチンッ!
ボスの反撃をギリギリのところで避け、俺はまた距離を取った。
「くそっ、こんなのアリかよ……! はぁっ、はぁっ……!」
俺じゃ攻撃力がまるで足りない。
さっきはボスのことを上手いこと転がせたし、もしかしたらそこそこダメージを入れられるんじゃないかと思っていたのだが……楽観的過ぎた。
せめてザクロ並みの火力がないと太刀打ちできそうにはなかった。
だが、まだ30秒も時間稼ぎはできていない。
なのに俺ときたらもう息が上がっていた。
しかも、後方ではまだザクロたちによる安全確保が済んでいない状態だ。
「…………イチかバチか、やるしかないか」
幸いなことに、いま俺とボスは1対1。
ザクロたちは後ろで忙しくしていてこちらに気を配る余裕はないはず。
ならきっと、バレない。
スゥ、と息を吸いこんだ。
すると俺が隙を見せたと思ったのだろう、ボスが飛びかかってくる。
〔グォォォォォオンッ!〕
「【妖力完全解放】ッ!」
俺は体の内側に流れる妖力、そのすべてを表に放出した。
全身の毛穴がいっせいに開くようなそんな解放感。
力が無限に湧き上がるような感覚が全身を支配する。
額の右上が熱い。
おそらく出てしまっている。
俺が妖怪王の子孫であるというその証明──鬼のツノが。
〔グルァッ⁉〕
ボスが俺の変化を悟り、急ブレーキをかけようとするがもう遅い。
俺は1歩足を踏み込んで、目の前に迫ってきていたソイツにぶち込んでやる。
「チートで悪いな……!」
腕を振るう。
それはただのパンチ。
──だが、ぐしゃり。
それだけでボスの体はひしゃげ、一瞬で向こう側の壁へと叩きつけられた。
なにせ、それは日本史上最強の鬼の妖怪である
ダンジョンボスは鳴き声も上げることを許されず、そのまま灰となった。
「終わった……か」
全身を包んでいた妖力が消えていくと同時、俺の額に生えていたツノも消えた。
「よ、夜彦さんっ! 夜彦さんがやりましたっす!」
「うそっ……本当だわっ! さすがです夜彦さんっ!」
「ま、まさかあのボスを1人で……⁉ 信じられない……‼」
後ろから聞こえる声。
俺は振り返ってそれに応えようとして……グラリ。
視界が回る。
あ……ヤバい。
やっぱり、こうなるか……。
妖力完全解放、それは俺の体に流れる100%の妖力を一気に体外へ放出し、それが持続する間だけ自分を全盛期の妖怪王・天青さながらの妖怪にしてしまう技。
いまの俺では万全のコンディションでも一瞬しか使うことができないものだ。
にもかかわらず、今回はダンジョン攻略にあたって何度もネコダマシで小刻みに妖力を消費した後に使ったものだから……こうなる可能性があることは分かっていた。
ドサリ。
重たい音とともに冷たい地面が頬に触れた。
ああ、どうやら俺は……倒れたみたいだ。
クソ……。
ボスとの勝負に勝って、自分との賭けに負けたか……。
「「よ、夜彦様っ──」」
ザクロとキスイの2人の慌てた声が遠くに聞こえる
俺の意識はそれからすぐに闇に飲まれた。
* * *
「──そろそろ起きたまえよ、山本少年……」
「……んぁ?」
パチリ。
目を開ける。
すると、目の前にあったのは白い天井だ。
「え……えっ⁉」
ガバッ! と起き上がる。
俺が寝ていたのは白いシーツのベッドだった。
「目が覚めたかね、山本少年」
「え……」
声の主を振り返る。
そこにいたのは白衣を着た美女。
……誰だ?
「私は保健医の
「あ、はい……」
「自分の名前が言えるかね」
「えっと、山本夜彦です」
「最後の記憶は?」
「え? えっと……」
最後の記憶?
それはダンジョンで……。
「そうだ……試験っ! あれっ⁉ 試験はっ……⁉」
「もう終わったよ。1時間前にね」
「……そんなっ」
終わった? 1時間前に?
そんな、バカな……。
だんだんと思い出してきた。
そうだ、俺は確かダンジョンボスとの戦いで妖力完全解放を使ったんだ。
それで妖力の使い過ぎで倒れて……。
まさか、そのまま失格に……?
「そんな……。俺、これまで必死で……なのに……! チクショウッ……!」
「うん? なにか勘違いしてないか? 君はちゃんとゴールしていたよ」
「……え?」
「君はダンジョンを攻略して、そして地上まで戻って来ていたと言ったのさ。チームメンバーに背負われてね」
……ザクロだ。
気絶した男1人を背負って地下7階から地上まで登ってこられるなんて、ザクロしかいない。
キスイと協力して俺を外に連れ出してくれたんだ……!
「そうだ、2人はっ? ザクロとキスイ……俺とチームを組んでいた
「ああ、あの女の子たちね。もちろん先に帰らせたさ。試験が終わった後も君の側を離れたがらなかったけど、あとどれくらいで目を覚ますかも分からなかったしね」
「そ、そうですか……」
2人にお礼も言えなかったのか、俺は……。
これだけいろいろ助けてもらったのに、不甲斐ない。
「まあ外傷も無いし、記憶も意識もはっきりしてる。問題ないようだからもう帰っていいよ山本少年。試験の結果はまた舞浜高専のサイトのマイページに掲載される。楽しみに待ちたまえ」
医務室のその女性にそう言って送り出される。
時刻はもう夕方に差し掛かっていた。
外に出ると、辺りはうっすらと暗い。
「俺、受かってるのかな……」
きっと試験の条件をすべて満たした全員が合格できるわけじゃないだろう。
おそらく定員の200名以上がダンジョンを攻略しているはずだし、さらにそこからふるいにかけられるはずだ。
そんな状況で俺ときたら。
最後に気絶して、医務室送りになって……。
「落ちてる気しかしない……はぁ……」
「──あっ! いたっ!」
肩を落としながら駅の改札内へ入ろうとしていると、横からソプラノの声がぶつけられた。
「えっ?」
「あなたよ、あなたっ! こっちに来てっ!」
「えっ、えっ?」
訳も分からず腕を引っ張られて改札脇に連れていかれる。
なんだ……?
小さい女の子みたいだけど……小学生……?
クルリと、その少女がこちらを向いた。
「あっ!」
「この駅で待っていてよかったわ……」
「君は……!」
「ええ。あの時は助けてくれて本当にありがとう」
明るい茶色をしたロングヘア、強気そうな目をしたその女の子は間違いない。
あの時、ダンジョンボスに襲われていた、アリサとか呼ばれていた女の子だ。
「体調は大丈夫? 医務室に運ばれてそれきりだったけど……」
「うん。もう平気。ありがとう、心配して待っててくれたのか……?」
「なに言ってるのよ。当然のことじゃない」
少女はいたずらっぽく頬を膨らした。
「だってあなたが居なかったらきっと私はあそこで脱落していたもの。でもあなたが助けてくれたおかげで、私たちのチームも途中での脱落にならずに地上へと帰れたのよ。恩人の心配くらいさせなさいよね」
「あはは、そっか……でもよかった。君も、君のチームもちゃんとゴールできたんだ」
「ええ、おかげさまで」
少女が手を差し伸べてきた。
「えっと……」
おずおずと俺も差し出し返すと、きゅっと握られる。
両手で温めるように柔らかに。
「よかった……こうしてちゃんとお礼を言えて。だって私が落ちていたら、もう二度と会えないと思ったから」
一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたあと、しかし少女はニコリとする。
「……もし私も合格していたら、その時は舞浜高専でよろしくね」
「うん。よろしく。でも、俺が落ちてるかもしれないけど……」
「大丈夫よ。きっと受かってるわ」
「そ、そうかな……」
「ええ! だってあんなにカッ……」
「か……?」
「う、ううん。なんでもない! とにかく、あなたは受かってるわよ。自信を持ちなさい」
「あ、ありがとう……」
「それじゃ、お礼も言えたことだし。私もそろそろ帰るわね」
言うやいなや、少女は俺の手を離すと駅前の通りへと出てタクシーを捕まえた。
なんていうか、台風のような子だ。
少女は最後に満面の笑みをこちらに向けて、
「私、
そう言って手を振るとタクシーへと乗り込んだ。
──そして時は流れ3月中旬。
舞浜高専のホームページから受験者用のマイページを見る。
【合格】
俺の舞浜ダンジョン攻略者育成高等専門学校への入学が決まっていた。
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