金貨を投げて敵を成敗!

 指でまんで硬貨コインを見つめた。


 これは間違いない。

 世界共通の貨幣『サマセット金貨』だ。

 他にも『ノーフォーク銀貨』と『ダービー銅貨』が存在するけれど、今手元にあるのは、全てが金貨・・・・・だった。


 ヨークが『金貨増殖バグ』だとか言っていたが、その言葉の意味は僕には理解できなかった。


「なあ、ヨーク……さん」

「呼び捨てで構いませんよ、ヘンリーさん」

「じゃ……じゃあ、ヨーク。この金貨は本物か?」

「はい、間違いなく本物です。ちゃんと『金』なので、価値もありますし」

「マジか……凄いや」



 お金を取り扱っていた、ギルド職員である自分の目で見ても偽物には見えなかった。金貨の発色も、重さも全く同じ。



「その力でわたくしを養って下さいね」

「はい?? ヨークを養う? それなら、自分でこの力を使えば良かったんじゃ……」



 けれど、ヨークは首を横に振る。



「いえ、わたくしは聖女ですから、困っている人を助けるのが役目です」

「そ、そうなのか。本当に良いんだな? 後で返してくれはナシだぞ」

「大丈夫です。ヘンリーさんは良い人だって知っていますから」


 どういう意味だ?

 さっぱり分からないけど、でも、素晴らしい能力をゲットした。この子のおかげだ。……とりあえず、ずっと帝国のギルド寮で生活していたから住む場所もないし、どこかで家を買おうかな。


「この辺りに村があった気がするし、そこへ向かおう」

「ランカスター帝国には戻らないんです?」

「残念ながら追放されちゃってるからね。だから、帝国と共和国の間にある『中立国家』のお世話になろうかなと」


 ここから、かなり歩くけど『スコット』という中立地帯があった。商売や貿易が盛んで人口も数十万だとか。戦争で発生した難民を積極的に受け入れていたりもするらしい。


 戦争ではないけど、僕もある意味では難民だ。きっと中立国に受け入れて貰えるはず。


「分かりました。わたくしは、ヘンリーさんについて行きますね」


 微笑むヨークに思わず僕は胸が高鳴る。そうか、こんな可愛い子と少しの間だけ旅が出来るんだ。それに、中立国へ行き、金貨で家を買えれば一緒に住める……? なんて魅力的なんだ。ずっと馬鹿にされ、ストレスマッハの働き詰めだった人生を一発逆転できるかも。


 そうだ、もう帝国に未練はない。


 帝国を背にし、僕はヨークと共に歩き始めた。



 * * *



 中立地帯・スコットへ辿り着く。

 徒歩で半日掛かったけど、途中で馬車を拾い乗せて貰ったから楽々だった。


 見渡すとそこには大きな壁に囲まれた街並みが広がっていた。あの壁は、どうやら、帝国や共和国からの侵入とか攻撃から守る為らしい。


 僕の背よりも遥に大きい。

 まるで城のようだな。


「さて、家でも買うか」

「決断が早いですね、ヘンリーさん! でも、そんな決断力の早い人はタイプですっ」


 ギルド職員として、判断は早かった。

 というか、元ギルドの上司ガヘリスから“判断が遅い”と耳にタコができるほど毎日言われ、しごかれていたからな。


 思えば、嫌がらせばっかりだったなあ。

 しかし、そんな事よりも。



「きゃああああああああああ!!」



 いきなり事件発生である。

 こんな中立地帯でも治安が悪いんだな。

 いや、中立だからこそか。



 目の前で女性エルフが襲われていた。筋肉質の明らかに風呂に入ってなさそうな――不潔な男達に囲まれていた。周囲の人間は、まるで興味がないかのようにスルー。誰も助けなかった。


 おいおい、そりゃないだろう。



 女性エルフは押し倒され、服を剥ぎ取られそうになっていた。だめだろ!! ……ええい、仕方ないな。



「おい、やめろ!」

「んだ、てめぇ!? あぁん!?」



 うわ、目つき悪ッ!


 今度は僕が囲まれた。やめてよねえ、僕は喧嘩なんてした事ないし、暴力が好きではない平和主義なんだ。でも、女性を守る為なら仕方ないよね。


「ヨーク、ひとつ聞きたい。僕の『金貨増殖バグ』は、最強なのか?」

「はい、最強です!! 魔王だってワンパンでっせ!!」


 なんだその口調! 地味にキャラ変わっているけど、でも最強なんだ。それが分かっただけでもありがたい。そうか、僕の金貨増殖バグは、何も金貨を生み出すだけではないらしい。つまり、攻撃も可能ということ!



 金貨増殖バグで金貨一枚を生み出す。それを指でちょっとカッコよく挟み、ゴロツキに見せつけた。



「んだぁ? 金貨ぁ!? ……どうせ、偽物……うわ、本物だ!!」

「なに言ってんだよ、金貨なんて……マジかよ」

「おいおい、コイツ、金を持ってそうだぞ! 奪っちまえ!!」



 三人の男が僕に興味を示す。

 それでいい、後は善良な一般市民として敵を成敗するだけだ。この金貨で!



「くらえ、金貨投げええええッ!!!」



 全力投球してリーダー各の男に命中させた。すると、たったの一撃で男は吹き飛び、見えないほど遠くへいってしまった。……え、こんなに凄い威力なの!? 想定外すぎるわ。



「うぎゃああああああああああああ……!!!」



「あ、兄貴いいいい!!」

「嘘だろ!? 金貨を投げつけただけで……兄貴が!」



 残った二人はビビる。ビビりまくっていた。僕は一歩前へ出て威嚇いかくする。すると……。


「う、うわああああああ!!」

「バケモンだあああああ!!」



 ゴロツキは逃げ出して行った。

 ふぅ、楽勝だったな。



「君、大丈夫かい」

「た、助けていただきありがとうございました」

「この国の人たちは薄情だね。そら、金貨だ」

「え……でも」

「いいんだ。その代わり、家を買うにはどうしたらいいか情報を教えて欲しい」


 金髪の女性エルフは、手を叩き南の方を指さした。


「あっち?」

「はい、この先に『ソールズベリー伯』という、とても偉い方のお屋敷があるんです! その方なら、家とか売ってくれるかもしれません」


 ソールズベリー伯か。

 その人を頼るしかなさそうだな。


「ありがとう、行ってみるよ。じゃあね」

「あ、あのお名前とか」

「僕はヘンリーさ。また会う機会があれば良しなに」


 手を振って別れ、僕はヨークと共に屋敷を目指す。確かに、ここから不思議な形をした大きなお屋敷が見えていた。あれは……なんていうか、ピラミッド状。なんであんな異形なんだろうな。

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