バスタブ

神澤直子

第1話

大きな爆発があった。

なんの爆発かはわからない。

突然、目の前が白くなった。

白くなって、その後の景色は真っ赤だった。

熱い空気が私を包む。

隣に座っていたはずの弟は、割れた窓ガラスが無数に刺さって息も絶え絶えで、たぶんもう助からない。

私にもいくつかガラスが刺さっていたが、私は座っていた位置が良かったのだろう。

私はまだ動ける。

仕事に出ている両親は無事だろうか。

そう思って私は半分崩れかかったドアを開けた。

家の中よりも外が悲惨だった。

建物は殆どなかった。

私の家は巻き込まれた爆発のほんの端っこだったらしかった。

轟々と燃える炎の中を私は歩く。

他に誰もいない。

私だけがガラスの中を歩いている。

犬もいない。

猫もいない。

鳥もいない。

さっきまであんなに平和な街だったのに、今はもう誰もいない。

私、ひとりきり。

歩いて歩いて、街の一番賑やかな通りまで出てきた。

どうやら爆心地は街の中心にある役所のようだった。

父も母もそこに勤めている。

きっともう助からない。

燃えかすの臭いとタンパク質の焦げる臭いが充満している。

ふと私は瓦礫の中に古いバスタブを見つけた。

バスタブは炎の中、それだけがまるで今までの平和の中に取り残されたように白く、なみなみと湯が溜まっていた。

私はバスタブの中に入った。

温かい。

私はまるで胎児のように丸まる。

バスタブの白が赤く染まっていく。

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バスタブ 神澤直子 @kena0928

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