第57話 生存本能(三人称視点)

 ◆魔人三人衆◆



 凄まじい威圧感を放つ女をアルファがマークしている間、ベータとガンマは全速力で下層に向かう階段に向かった。

 3層のオークと比べると明らかなオーバースペックを持つ女にアルファの迅速な対応で、二人はダンジョン攻略に進んだ。


「ベータ。俺が先行しよう」


 元々口数の少ないベータは短く返事を返し、ガンマが先に階段を下りた。




「残念ながらここも最下層ではなかったらしい」


 降りた二人の視界には、4層と似た風景が広がっていた。

 どこか地上とは違う作り方の家が所狭しと建てられているが、建物の数ほど生活音は聞こえてこない。


「また階段が無くなったのか……ちっ。ここにも化け物がいるのか?」


「向こう。誰かいる」


 ベータが指差した向こうには広いステージがあり、その上に一人の女性が佇んでいた。


「ちっ…………ここは俺が受けよう。ベータは次の層に」


「了解」


 すぐさま次の層に走るベータ。

 それと同時にガンマはステージの上にいる女性に目掛けて真っ赤に燃える炎の魔法を放つ。

 圧倒的な火力を感じられる炎がステージを飲み込む――――と思われたが、炎はまるで大きな壁にぶつかって力無く消えさった。


「…………」


 炎が消えた直後、優しい笑みを浮かべていた女性の表情が豹変する。

 彼女の睨みにガンマは今まで感じた事のない恐怖を感じる。

 いや、感じた事がないわけではない。人だった頃に何度も感じて絶望を覚えた恐怖。それを思い出したのだ。

 ガンマは震える手に困惑しながら、次々魔法を繰り出す。それは恐怖を誤魔化すために手段だった。

 次々放たれた魔法がステージに直撃し、大きな爆発を起こす。


「はぁはぁ…………魔人になった俺が…………恐怖している?」


 自身の両手を見つめながら、ガンマは信じられなさそうに呟く。

 だが、次の瞬間。




「雑種★」




 綺麗な声が聞こえて来て、慌てて顔をあげたガンマの目の前には、とても可愛らしい服装だがその表情は視線と殺気だけで息すら出来なくなるほどの女性が、目の前で睨みつけていた。

 今すぐ反撃しなければと思考を巡らせるガンマだったが、何故か手が上がらない。


「よくもマスターのお気に入りステージに魔法を放ってくれたな★」


 可愛らしいのに少しドス効いた声。そんな小さな違和感を感じさせない圧倒的に殺気めいた睨みに、ガンマの震える身体は力無くその場に崩れ落ちた。


「少し遊んでやろうと思ったのが間違いだったわ★ さっさと消滅させるべきだった…………後でマスターに謝らないと」


 彼女は全く無傷・・のステージを見つめながら、どこか愛おしい視線を送る。

 彼女の視線が外れた隙に、ガンマの生存本能が甦る。

 真っすぐ入って来た場所に向かって全速力走り抜けた。


 暫く逃げたが彼女は全く追いついてこない。

 これでも魔人の端くれとして逃げおおせたかに思えた。


「おい雑種。もっと逃げろ★」


 声が聞こえたと同時にガンマの両手が宙を舞う。

 だがガンマは痛みを感じるよりも生きたいという生存本能のまま、また逃げていく。

 両手を失った事なんてどうでもいい。今すぐここから逃げたい。そう必死に願いながら逃げるガンマ。

 たまたま走って転んだ勢いで、とある家の窓から中に入って行った。

 ガンマはそのまま2階に逃げていく、暗い部屋の端に逃げてうずくまる。

 既に精神的に崩壊しているガンマは「死にたくない」と何度も小さい声で呟きながら暗い部屋の片隅で震え続けるのであった。




 ◆ ◇ ◆ ◇




 5層から階段を下りたベータ。

 その前に広がる景色は3層と4層とはまた違うモノだったが、魔人としての勘からここが最下層である事を感づいた。

 そんな結果に自然と笑みが零れるベータ。


 だが次の瞬間。


 何かが身体に直撃する。

 それが何かすら見えず、反応すら出来なかったベータは自身が宙を舞っている事に気づいたときに、全身の激痛を感じた。

 地面に叩きつけられたベータの全身からは、おびただしい量の血液が流れていた。


「あは♪」


 顔をあげたベータの視線の先にいたのは、小さな身体を持つが、その頭に生えている大きな二つの角からは圧倒的な力が感じられる女の子が、まるでゴミ虫を踏み潰すような笑みを浮かべて自身を見下ろしていた。


「あるじしゃまの領域に入るなんて、なんて罪深いゴミムシかしら」


 可愛らしい外見とは裏腹に、その言動からは絶望を感じるには十分だった。

 彼女が小さく丸まる。

 次の瞬間、またもや全身が宙を舞うベータ。

 反撃する隙もなく、ベータはただただ彼女の頭突きによって吹き飛ばされ全身がボロボロになっていく。


「雑魚♪」


 幾度目か。

 遠のく意識の中、見下ろす彼女の可愛らしい声が聞こえる。

 狭まる視界が閉じ切る直前、彼女の両角が視界を埋め尽くして、ベータの意識はそこで途絶えた。




 ◆ ◇ ◆ ◇




「あら、まだ生きてますの?」


「はぁはぁ…………し、信じられん…………」


「ふう~ん。貴方が一番話せそうですわね。貴方の仲間二人はもう終わりましたわ」


「!?」


 目の前のメイドの言葉に、アルファが絶望を感じるには十分だった。

 少なくとも3人の中では一番魔人としての歴が長いアルファは、一番強いと言える。

 そんなアルファは目の前のメイドに手も足も出ず、ずっと弄ばれていた。


「アルファさんでしたっけ? ここはひとつ、私と契約を結びませんか?」


「け、契約?」


 その言葉は今のアルファの状況から考えると、喉から手が出る程に欲しい言葉でもあった。


「ここに来た理由を全て吐いて、私達の事を貴方の上司にしっかり伝えてくれるならば、ここから・・・・生かしてあげますよ?」


「ほ、本当か!?」


「もちろんですわ。主様の名に誓って約束守ります」


 既に二人の状況を聞いたアルファはその申し出を断りたいとは微塵も思わなかった。


「頼む! 言う通りにする!」


 いつしか、魔人としてのプライドを忘れ、人だった頃の生存本能が芽生えたアルファは、目の前のメイドに土下座で命乞いをした。

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