終焉の先の物語

@569312

第1話

周りは炎に包まれていた。空は黒く染まり、大地は焼き尽くされている。


彼の周りには彼を庇い黒炎に飲み込まれた天使たちが横たわっている。白く美しいはずの羽は黒く焼け焦げ、男女問わず見ほれさせるほどの容姿は爛れ、黒い煤に覆われている。


そしてこの炎を放った張本人が彼の目の前にいた。天使たちのように整った容姿を持ってはいるが、その顔には冷酷な笑みが浮かんでいる。彼の前にいるのはどこかの世界では神として崇められている冥界の主人『ハデス』だった。


そして、ハデスと彼の間にもう一人、ハデスの黒炎を正面から受けきった神がそこにいる。




「━大丈夫か?生きてるならそれでいい。俺から離れるなよ。」


「ゼウスよなぜ━を守る?お前はこの世界を統治する者だろう?一人に固執するのは統治者としてどうなんだ?」


「そういうお前も何百、何千、いやそれ以上の民を殺しているではないか。」


「当然だ。我は冥界の主。人の死は当然であり、我がわざわざ出向いてまで終わりを与えてやっているのだありがたく思ってほしいものだ。」


「貴様……人を何だと思ってるんだ⁉」


「そこら辺にいる虫どもと同じようなものだ。気づけば増えていて気づけば消えている。それが人間という生き物だ。」




ゼウスの問いに何の躊躇もなく『虫』と返したハデスはより一層ニヒルな笑みを浮かべる。


「そうか、お前とはやはり分かり合えないのだな。」


ゼウスは両手に雷を纏う。


「当然だ。あの方から全知全能という力を授かったお前と、冥界を押し付けられた我。この結果だけでもお前とは一生分り合うことなど不可能だ。」


ハデスは何も無い空間から鎌を取り出す。


ハデスが鎌を一振りする。それと同時にはゼウスは彼を抱え後ろに跳躍する。


彼がいた空間が歪みはじめる。ハデスがもう一度鎌を振ると歪んだ空間が元に戻りそこには何かが飛散していた。ハデスはゆっくりとゼウスたちに向かって歩んでくる。


空間が歪んでいたところも通り抜ける。そこにはもう天使の姿はなかった。




ゼウスは全力疾走をしていた。ハデスとの距離はどんどんと離れていく。しかしハデスは依然として歩いたままだった。


「━、よく聞け。お前にはこの世界の運命がかかっている。この人間界も、私が住む天界も奴が統べる冥界も一歩間違えれば消え去る運命にあるのだ。これは本来、我が息子に負わせるべきものだがもう時間が無い。ハデスにとってこの距離はあってないようなものだ。次奴が来たときは私が全力で奴を抑える。その隙……」


「そんな隙なんて与えるわけないだろう。」


一瞬の浮遊感を感じ、次には誰かに抱え込まれる感覚に襲われる。




ゼウスの背後で聞こえたのは冷酷な眼差しをしたハデスのものだった。そして彼の顔には返り血が付着していた。


「もう来たかっ!、行け━‼早く逃げるんだ。」


ゼウスは彼を前に投げ、ハデスと対峙する。


彼が走り出すのを見ることは無くハデスとの戦闘が始まる。


神同士の戦いは人の理解ができるようなものではなくゼウスの拳が地面を削ぎ、ハデスの一振りが大地を裂く。天変地異にも匹敵する彼らの攻防だが彼には一切届いていない。大地を割る一撃も空を裂く斬撃もすべてゼウスが受け止め彼に届かないようにしている。ゆえにゼウスの体は既に傷だらけになっていた。




「そこまでして彼あれを守る理由はなんだ?彼あれに何の価値がある?たかが人間の彼あれに。」


「運命だよ。彼は運命に選ばれた。そして私の命運も彼に託した。ただそれだけだ。」


「そうかいそうかい。ならその運命を我が断ち切ってやろう。お前が二度と一人の人間などに固執しないよう。」


そう言うとハデスは自身の目の前の空間を鎌で一閃する。そしてもう一閃。




ゼウスがハデスの意図を理解しとめようとハデスに殴りかかるがもう遅い。拳は宙を殴り正面の地面を削り飛ばす。


逃げている彼の前に奴が現れる。


「恨むなら運命を恨むんだな。」


鎌を彼目掛けて振り下ろす。


彼の首は跳ね飛ばされ、次いで体が両断される。ゼウスが守ろうとした彼はあっけなく死んだ。




ハデスは思う、やはり虫も人間も同じなのだと。手を下せば一瞬で消えてくそれだけ矮小な存在なのだと。


鎌に付いた彼の血を振り落としゼウスのもとへ歩き出す。


はずだった。彼が歩みだそうとした足は前に出ることなくその場にとどまっている。決してふざけているわけではない。しかしハデスは文字通り一歩も動けなくなっていた。


ハデスはなぜか知っている。神である自分の歩みを止められるのは同じ神しかいないこと。そしてそれは時を司る神であるということを。




「クロノス貴様、我の邪魔をするか!」


「君の邪魔をした覚えはないよ。僕がしているのは神助けだ。」


クロノスと呼ばれた神は悪ぶる素振りも見せず淡々と話す。そして彼女のそばにもう一柱いることにハデスは気づいた。


「貴様の差し金かフォルトゥナ⁉」


「彼はこの世界に必要不可欠な存在だ。君に殺されてはたまったもんじゃない。」


フォルトゥナは運命を司る神ゆえに神も含めたすべての生き物の運命がわかる。ゆえに彼が死んではいけないということもわかっている。普段の彼は不干渉を掲げており、人や神の運命には干渉しない。しかし世界の命運がかかっているときなどは適切に干渉していい方に運命が進むようにする。




しかしフォルトゥナは遅かった運命に選ばれてしまった彼は既にハデスによって切り刻まれている。もう打つ手はない。


そう考えるのが人間の考え方である。


神に人の死は関係ない。特に時を司る神クロノスの前では全くもって『死』とは終わりを意味していない。クロノスは虚空から時計の針とも言える剣らしきものを取り出す。


それは空中で浮かんでいる。そしてクロノスが手をかざすと剣らしきものの後ろに数字が浮き出てきて、それをなぞるように回転し始める。


それと同時に彼が光に包まれはじめる。


「クロノスてめえ、それが何を意味するのか分かってるのか?」


「わかっているとも。君が危惧していることにはならないよ。既にあの方の承諾も得ている。」


「なっっ⁉」




ハデスが危惧していたことそれは人間界と冥界の均衡が崩れ、死者が現世に、生者が冥界に行き来が出来るようになってしまう事だった。しかしそれは『あの方』と呼ばれる存在によって起こることは無い。


ハデスは一瞬の安堵と共に今までの苦労が台無しになったことに怒りがわいてくる。


ハデスはクロノスの拘束から逃れようと必死に抵抗するが一向に動けるようになる気配が無い。


この時も彼はより強い光に包まれていく。




「フォルトゥナあとは任せたぞ。彼を頼む。」


「わかった。彼をしっかり導こう。こっちでは一瞬だが、どんなに時間がかかっても彼を『覚醒』させよう。」


フォルトゥナは光に包まれていく彼に近づいていく。すると光が一層強くなり、クロノスたちも光に覆われる。


暫くすると視界が開けてきた。その場にいるのはハデス、ゼウスそしてクロノスだけだった。


「頼んだぞフォルトゥナ、そして運命に選ばれてしまった少年よ。我々の世界は君たちにかかっているのだから。」


ゼウスの最後の言葉が黒く染まった空に吸い込まれていく。


これが初めの終焉の物語。ここからすべての終焉が始まった。

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