ハア?俺が攻略対象者?!4 ~「真実の愛」その真相は 

饒筆

第1話 各種「女難」がてんこ盛り


 当国貴族が子弟子女をこぞって通わせる王立高等学院は、王都の西のはずれ、湖に突き出た断崖絶壁に建つ古城を改築して開校した。全寮制で内装は豪華かつ快適、警備は万全、講師陣は超一流と三拍子揃っているが……実も蓋もない内情を明かせば、そこは同世代の子女を一挙に集めて資質を査定し序列を作るための「檻」だ。王国にとって都合の良い貴族を養成する「養殖場」でもある。ゆめゆめ、明るく楽しい学園生活を満喫して一生の友やら思い出やらをつくるような場所ではない。

 とはいえ。

 春爛漫のクリスタルドームつまり温室植物園は、今年も花と蝶と恋人たちで溢れかえっていた。

 春になるとなぜか湧いて出るんだよなあ……こういう、脳内までお花畑の連中が大量に。ま、夏に何組残っているか見物だな。

 で、完全に冷めた目の俺がなぜここにいるかというと——筆頭公爵家の一人娘オリヴィア・マクフィールド嬢が錬金術部の部室まで押しかけて来て、背筋も凍る笑顔で脅迫したからである。

——話があるの。お昼、ご一緒しません?(にっこり)

 いや俺は今、不可視の新素材を開発中なんだけど。楽しい研究の時間を邪魔しないでくれる?

 そう言いたいのはやまやまだったが、鬼気迫るオリヴィア嬢がとにかく怖くて——なにをそんなに怒っているんだ?——俺は腕を引かれるまま、渋々オシャレな噴水の前に在るベンチに腰を下ろした。

 オリヴィア嬢は(一見)仲良く俺に並び、バスケットを開ける。

「はい。どうぞ」

 彼女はご丁寧に、俺の口元までサンドイッチを差し出してくる——おい。ここは公共の場だぞ。てか、私室に二人きりでもそんなクソ恥ずかしいことやるもんか。俺は普通に自分の手で食べる。

 俺が、差し出された方を無視してバスケットに手を伸ばせば。

 パチッ!痛い!

 オリヴィア嬢は高い音をたてて俺の手を叩いた。それから彼女はもう一度ニッコリ笑ってサンドイッチを押し付けてくる。

「はい、どうぞ♪」

「……」

 だから、その笑顔がやたらめったら怖いんだって……。

 俺は腹を据えて座りなおした。

「なあオリヴィア。何を怒っているんだ?」

 本気でわからないのだから、本人に尋ねるしかない。

 真顔の俺に問われ、オリヴィア嬢は急に萎れて俯いた。

「サイラス様……最近、私のことを避けているでしょう」

「は?なんで?」

 オリヴィア嬢の細い指がバスケットの縁をぎゅっと握る。

「……あの部室に籠ったきり、何度扉を叩いても出て来てくれないし……」

 揺れる語尾に涙の気配を察知し、俺は慌てて弁解した。

「違う!俺はただ研究に夢中になっていただけで、別にオリヴィアを避けていた訳じゃない」

「では、私なんかどうでもよくなったのね?!」(キッ)

「ええっ?」

 戸惑う俺とは対照的に、何かに火が点いたオリヴィア嬢は一人勝手に暴走し始めた。

「あんなに優しくしてくれたのに!……お互いの気持ちもはっきりさせないまま、突然ほったらかしなんて酷いわ!」

 ちょ、声がデカイ!しかも泣くなよ!

一気に衆目が集まってしまった。俺は狼狽えながらなだめる。

「悪かった。すまん。実験にかかりきりで対応しなかった俺が悪い。だから落ち着け……誤解があるようだから話し合おう」

「今更何を話すの?『月が綺麗だ』って抱き締めてくれた夜は何だったのッ?!」

 叫ぶなーッ!!しかも誤解を招く言い方はやめろ!

 そのとき。

「わっ。サイテー」

 いつの間にか俺たちの前に立っていた学生が、俺を見下ろして非難した。

 イラっとして睨み上げれば、そこにいたのは常に「両手に花」を体現する女タラシ野郎ジャスパー・ポートランドだ。女子には大人気だが、男どもには目の敵にされている。現に、今も左右の腕にはそれぞれ可愛い系と綺麗系の女子がしがみついているじゃないか。

 俺は恋愛に興味がないからうらやましくはないが、

「おまえに言われたくない!!」

 こいつにサイテー呼ばわりされるのは心外すぎて腹が立った。

 しかし。

「ええーやだー、自分を棚に上げて八つ当たりなんてホント最低」

「下種ってこういう人のことを言うのね」

「オリヴィア様がかわいそう」

 反射的に反論した俺は、ポートランドの左右に侍る女子たちに面と向かって軽蔑された。

 ……け、結構凹むなコレ……。

 言葉に詰まる俺を白い目で眺めつつ、二人の女子はポートランドに顔を寄せる。

「ねえジャスパー、本当にこんな酷い人に用があるの?」

「大丈夫?イジメられない?不安なら私たちも同席してあげるわよ」

 おまえら、俺を何だと思っているんだ。

 憮然とする俺、唖然とするオリヴィアの前で、ポートランドは左右の女子の手を取り、ぎゅっと握った。元々甘い顔立ちをさらに蕩かせ、媚香が漂いそうな微笑で応じる。

「大丈夫だよ。これは僕のけじめだから僕一人でケリをつけたいんだ……ここまで付き添ってくれてありがとう」

『ジャスパァァァ!』

 二人の女子は感極まって左右から抱きつく。

「がんばってね!」

「私たち、永遠にあなたの味方だからね!!」

 ……三文芝居か?

 たかが昼休みに、永久の別離を惜しむレベルの抱擁を見せつけられ、俺は完全にバカバカしくなって冷静さを取り戻した。

 脚と腕を組んで背凭れにふんぞり返る。

 フン!どうせ次に会った時には顔も覚えていないような女子どもだ。悪口叩かれても気にするな、俺。

 一方、その女子たちとの別れを存分に惜しんだポートランドは、何度も振り返りながら帰ってゆく女の子たちの背が薔薇のアーチに消えるまで手を振り続けて——

「さて」

 と俺に向き直った。俺は斜に構えて問う。

「何の用だ?」

 ポートランドが笑みを消す。

「セオドア殿下とルナちゃんの件で話が聞きたい」

 ピリ……ッ。緊張が走った。

 そういや、コイツ、ルナ嬢の「攻略対象者」とやらの一人だったな。二人がコーザリー送りになったことで俺に恨みを抱いたか。

 俺はわずかに背を伸ばし、訂正を求める。

「セオドアはもう殿下じゃない」

 ポートランドは間髪入れずに言い返す。

「そうね。アンタが蹴落としたからね」

 なんだと?急にオネエ口調か。ふざけるな!喧嘩を売る気ならいつでも買——

 俺が喧嘩腰を上げようとした途端、ポートランドは不意に両拳を握って叫んだ。

「でもね!それでもセオドア殿下は永遠にアタシの王子様なのよ——!!!」

 うわあマジか!おまえ、ソッチだったのか!!

 あんぐり口を開ける俺、そして青ざめ固まるオリヴィアに向かって、ポートランドは「てへっ」と舌を出した。



「良かった。ドン引きはしないのね」

 当初のショックが去るのを見計らって、ポートランドは俺の左隣に腰かけ、馴れ馴れしく顔を覗き込んできた。俺は顔をしかめながら答える。

「魔導士の中にもそういう奴がいるからな」

「ほんと!魔導士にお仲間が?カッコイイわぁ~ね、紹介してくれない?」

「本人の承諾を得てからな」

「ウフフ楽しみ。よろしく伝えてぇ♪」

 にこにこ顔のポートランドが俺の膝に手を置いた。

さっきの女子に対してもだが、こいつ、やたら距離が近いしボディタッチがいちいちウザイ。俺はイライラするし、右隣のオリヴィア嬢はハラハラしている。「触るな」ってキレていい?

「あの……ポートランド様はあの夜会以降、ずっと休学されていましたよね?」

 さりげなく視線で釘を刺すオリヴィア嬢に、ポートランドが余裕の微笑を返した。

「ええ、『心神耗弱で引き籠っている』とかなんとか、親が嘘を報告したらしいわね?

 アタシは弱ってなんかいないわ。昔からこの通り、身体は男だけど心は乙女なの……今までずっと家のため家族のために自分を偽ってきたけれど、なんかもう、セオドア様の一件で吹っ切れちゃったのよ。で、実家に帰って全て白状したら、家族はまーったく受け入れてくれずに『頭を冷やせ』ってしばらく幽閉されちゃった。だから学院に戻れなかったの」

 ポートランドはおどけた仕草で肩を竦める。

「学院の女の子たちはアタシに共感して、みんなお友達になってくれたのにね。でも、肝心の家族には拒絶されちゃった……哀しかったわぁ」

「それは……」

 言いよどむ俺を制し、ポートランドは苦笑してみせた。

「もういいの。ついに家族も諦めてくれて——昨日、アタシ勘当されたわ。実はもうポートランドの姓は名乗れないのよね。明日からは『ただのジャスパー』としてアフロディーテの神殿に仕えるつもりよ。今日は寮の荷物を片付けに来ただけ」

 こいつはこいつで苦労の真っ最中なんだな。

 俺はジャスパーのサバサバした笑顔を眺め、「お仲間」の同僚を思い出した……そういや、あの人の口から実家の話を聞いたことが無い。

「後悔はしないわ。アタシ、愛の女神とは相性がイイみたいなの。初めて祈りを捧げたとき、女神様はアタシの願いを輝石に変えてくださったのよ」

 ジャスパーが首から提げたチェーンをたぐると、甘ったるい桃色のやたらキラキラしたクリスタルが現れた。さすが愛の女神。

「これからはアタシらしく堂々と生きたい。だから、キチンと真相を知って納得してから退学したいの」

 ジャスパーの目がスッと細くなった。

「ねえボールドウィン。セオドア様はどうして戦場送りになったの?遠回しに死を望まれているの?」

 ああ、まあそういうことだろうな——と俺も思うが、口にできる訳がない。

「……軽々には答えられない」

 俺は黙秘権を行使しようとした。が、ジャスパーは食い下がる。

「どうして?!セオドア様は何も悪くないわ。ただ恋をしただけよ!夢中になっていろいろ疎かになったり、ちょっと失敗することくらい誰にだってあるでしょ?たったそれだけで——」

「それだけじゃない」

 俺は言い切った。胸の奥にわだかまる苦々しさが改めてこみ上げる。

「セオドアは以前から王位継承に必要な資質を疑われていた。だから、この学院での査定はほぼ命乞いに近かった——まさに最後の救済措置だったんだ」

 俺の語気の強さに、ジャスパーが怯む。

「……どういうこと……?」

「知らないのか?国王陛下は八人兄弟の第四王子だった。だが陛下が即位した際、生きておられたのはマクフィールド公爵家に婿入りして王族を離れた第六王子ただ一人だった。陛下はそういう御方なんだ」

 ヒッ……!ジャスパーの喉が鳴った。

 俺は少し躊躇ってからオリヴィア嬢に目を向けた。

「セオドアとオリヴィアの婚約も……そういうことだったんだよな?」

「……ええ、そうよ」

 オリヴィア嬢はひと呼吸置いてから頷いた。声が硬い。

「セオドア様はおそらく公爵家に迎えることになるから、私も妃教育ではなく、お父様が担っている公務や領地経営を学びなさいと言われていたわ。もちろんご本人には内緒よ。でも私はそのつもりだった」

「つまり公爵閣下は自分と同じ方法でセオドアを助けようとしたんだ——なのに!」

 俺は口を曲げ、拳を握る。

「セオドアは何もしなかった。たとえ王太子になれなくても、国に資する才を発揮できたらあんな事にはならなかったはずだ。それでも、あいつは本当に何の努力もしなかった。挙句に俺を遠ざけ、オリヴィアとの婚約を破棄して自ら墓穴を掘ったんだ!」

 ああ悔しい。口惜しい。俺も公爵もオリヴィアも、それぞれセオドアに救いの手を差し伸べていたというのに——あいつはその手を全て振り払ってコーザリーへ去った。

「そんな……」

 ジャスパーは涙ぐむ。

「それじゃあ、セオドア様は……」

 やけに色っぽい泣きボクロの脇を、一粒の涙が零れ落ちる。

「真実の愛を貫くために、ルナちゃんと手に手を取って死地へ向かったのねッ!!」

 んんっ?!

 俺の目が点になる。ジャスパーは涙ながらに語り続ける。

「彼は玉座より、命より、ルナちゃんを選んだのだわ——なんて情熱的で、なんて悲劇的な純愛!さすがアタシの王子様!!」

 ジャスパーは感動のあまり、顔を伏せてワッと泣き出す。

 その実に自己完結的な感動について行けない俺は、閉口して瞬きを繰り返した。

 うん……?曲解と美化を二十回くらい繰り返したら、そういう解釈もアリなのか……?

 ま、いいか。いちいち訂正するのもめんどうだし、こいつはこのまま放置しておこう。

 ジャスパーはひとしきり泣いた後、俺の手をとって感謝を述べた。

「ありがとうボールドウィン。セオドア様の真意を知ることができて良かった。アタシ、これで清々しく神にお仕えできそうよ——彼の冥福と、二人の真実の愛が永遠に輝き続けることを祈ることにする!」

「……そうか。お元気で」

「あなたたちもね」

 ジャスパーはやけにスッキリした様子だが、俺は……なんか、すごく重い徒労感がのしかかってきた。

 真実の愛か——そんなものは所詮、自分や相手を騙すための妄想だろ?もしくは不始末の言い訳。そんなまやかしに酔って何もかも納得できるなんて、ホントおめでたい奴らだなあ……セオドアといい、ジャスパーといい、いかにも幸せそうな間抜け面をしやがって。

 未だに罪悪感や後悔を引き摺っている、この俺の方がバカみたいじゃないか。

 たぶん俺はずいぶん複雑な表情でジャスパーを見送ったことだろう。

 ジャスパーは一旦あっさり立ち去ろうとした。が、三歩目で踵を返した。

「そうだ」

 何を思いついたのか、首に提げたチェーンを探る。

「これは御礼とお節介よ——ボールドウィン。あなたこそ真実の愛を知るべきだわ」

 ハア?!何をする気だ!

 俺が口を開くより早く、ジャスパーの上着から桃色のクリスタルが顔を出す。その途端、俺の視界は同じ色の花びらで埋め尽くされた。

 魔法か?!

「《DISPEL》」

 俺は咄嗟に解呪を唱える。が、

——ダメ。無理!!

 風の精霊が耳元で答えた。

——これはアフロディーテの呪い。愛の試練。神の呪いは魔法じゃ解けない!

 なんだとおおおおお!

 むせかえる花の匂いに、一瞬、意識が途切れる。やばいやばいヤバイ!しっかりしろ俺!呪いに抵抗するんだ!!

 手足が縮む。狭苦しい型に押し込められる感覚がして——俺は前のめりになり、どさりとベンチから落ちた。

 オリヴィアの悲鳴が耳を刺す。

「サ、サイラス様ッ!!」

 俺は夢中でもがく。

 クッソォ!!神の呪いハンパねえ!!魔力と気力を総動員してもまったく歯が立たない。せ、せめて意識は……手放すものか……ッ!

 重い瞼を無理にこじ開けてみたが、舞い狂う花びらの奥から現れた愛と美の女神は嫣然と微笑み——投げキッスを寄越しやがった。無念。アフロディーテの呪い《愛の試練》が完成する。

 桃色の花びらがふわりと霧散し、フローラルな残り香が広がった。

 全力の足掻きが無駄に終わり、俺は息を切らせて脱力する。

「大丈夫?!」

 オリヴィアが真っ先に俺に寄り添い、絶句した。

 どうやら姿を変えられたようだが——とりあえず人間っぽいな。よし。起き上がろう。やけに弱弱しいが四肢は揃っている。そして動く。よし。俺の周りを漂う精霊たちもいつもどおり。よし。で、やはり小柄になったようだ。服や靴がだぶだぶで今にも脱げそう。なぜか長く伸びた髪が首に纏わりついて煩わしい。おまけに余計な肉が——?!

 俺は何気なく自分の胸を見下ろし、オリヴィア同様、言葉を失う。

 立派な……無意味に立派な乳房がふたつ付いているじゃねえか!

 どうやら俺は、神の呪いで女になってしまったようだった。


<第二話へ続く>

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