第九膳『再会のメニュー』(回答)
天蓬さんが作ってくれたのは、呉の国の名物、丸い形の蒸し餃子。
話には聞いていたけれど、可愛らしい薔薇の花のような餃子の形に、思わず顔がほころぶ。
―― 天蓬さんって器用だなぁ。
蒸籠からふわわっと白い湯気がたって、薬草と羊の肉の混ざった何とも言えない匂いが鼻をくすぐる。
「熱いうちに、食べろ」
「とても奇麗な形の餃子ね。私、あまり見たことがないわ」
「そうか? 俺は餃子と言えばこの形だ」
蒸籠から一つとって皿にのせる。そして、そっと、箸で半分にする。柔らかい皮の中から餡が汁といっしょにあらわれる。ほんのりピンク色している。
「これは、呉の国で祝い事の時に食べられる蒸し餃子だ。中は羊肉を細かく刻んだものとキャベツを混ぜて餡にしてある。醤油、砂糖、酢、生姜とごま油を加えたたれにつけてたべるといい」
そういって、たれの入ったお皿を私の前においた。
さっそく、餃子を口に運ぶ。天蓬さんも自分の分の餃子をおくと、私の隣に並んで、食べ始めた。
一口口に入れると、肉のジューシーな脂が口の中にひろがる。羊肉も天蓬さんが叩いてミンチにしたから、かなりの存在感。肉を食べているーって感じ。もっと弾力があるかと思ったけど、これはこれでおいしい。
皮は、私がいつも作っている皮より少し厚め。蒸しているから、もちもちっとした食感。食べ応えがある。
「おいひい」
「そうか」
「羊の餃子って食べたことなかったけど、すごく肉を食べているーって感じがするわ。それに、そんなに羊臭くない」
「薬草を入れたからな」
「うん」
あっというまにお皿にのっていた餃子を食べ終えてしまった。天蓬さんの皿もからっぽだ。わたしは、カウンターに戻って、お茶をいれる。今日は茉莉花茶。脂っこい口の中をさっぱりとしてくれる。天蓬さんも、黙ってお茶を飲んでいる。天蓬さんが小さく首をふると、「すまぬな」とつぶやいた。
「やはり、思い出せん」
「?」
「ああ。水蓮殿の焼き餃子を食べた時に、「この味知っている!」と直感的に思った。そして、その時「呉の国の餃子を食べさせてやる」と約束したことを思い出した。しかし、どうして、そんな約束をしたのかまでは覚えていなくてな。だから、呉の国の餃子を水蓮殿と一緒に食べれば、思い出すかと思ったのだが……」
天蓬さんが空になったコップをじっと見ている。猪の顔をしていない天蓬さんの顔、モフモフしていない手を横から見る。金色の目はそのままで、すらっと伸びた鼻。ごつごつした男の人の手。
猪であってもなくても天蓬さんは天蓬さんなのに、不思議な気分。
「……、でも、焼き餃子の味を覚えていてくれたんだんでしょ? 私、嬉しいな」
「俺は大切なものを忘れているような気がしてな。もやもやしたままでいるのだ」
「大切なものって?」
「……、焼き餃子以外にも旨いものとか……」
―― そこかーい!
食べ物のことが気になってもやもやしているなんて、天蓬さんらしいと思って、思わず、ふふっと笑ってしまった。やっぱ、天蓬さんは天蓬さんだ。
「うんとね、最初に食べたのはお茶漬け、
「ちょとまて。俺はそんなに食っていたのか?」
天蓬さんが、料理の名前を聞いておなかのあたりをさすっている。今まで餃子を食べていたと言うのに、おなかがぐうとなっているみたいだ。
「ふふふ。じゃあ、ここへ来た時にはご馳走しようかな」
「本当か?」
「うん」
「それは楽しみだ」
それからは、天蓬さんが食べた料理のことを話すことになった。ブロッコリーいっぱいのお茶漬け。天蓬さんが食べたことのない
料理って、本当にいろんな意味で素敵なものを運んでくれる。お茶漬けや
「私ね、ずっとひとりぼっちだったの。でも、天蓬さんが現れて、天蓬さんのために料理を作っているうちに、大切なことをいっぱい気づくことができたの」
「そうか」
「天蓬さんが「旨い、旨い」っていっぱい食べてくれて、私、こんな風に笑顔で食べてくれる人のために料理を作りたいって思ったの」
「そうか」
「今日だって、天蓬さん。この餃子を作るために、いっぱい練習したんでしょ?」
「まあな」
天蓬さんが、唇の端をもちあげて、耳の後ろをぽりっと掻いた。
「それって、私のことを思ってくれていたわけじゃない? 私、すっごく嬉しい」
「そ、そうか? 俺は、ただ、約束を守らなくてはと思ってな……」
「そうだわ。私も天蓬さんと一緒に餃子を食べた時に、天蓬さんに約束していたんだ。『今度は、茹で餃子を一緒に作ろう』って」
「茹でるのか?」
「うん。餃子にはいろいろあってね。具もいろいろだし、形も、調理方法も地方によっていろいろだって話をしたの。……、そうだわ!! これから、いろんな餃子を一緒に作らない? 焼き餃子、蒸し餃子、茹で餃子……」
「ああ。それはとてもいい考えだ。考えただけで腹が減ってきたぞ」
「ええ? 今、蒸し餃子たべたばっかりじゃない?」
「そうだがな。腹の虫は正直でな……」と天蓬さんが嬉しそうに声をあげて笑った。
―― 料理って、希薄になった縁でさえもまた繋ぎなおしてくれる不思議な存在だなぁ。また、天蓬さんと一緒に餃子を作ることができるなんて想像もしていなかった。恐るべし。料理!
私は玉葱をきざみながら、横で鶏肉を細かくしている天蓬さんを見ながら、そんなことを考えていた。
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