食事のあとは生姜入りの茉莉花茶
お茶漬けを食べ終わり、生姜入りの
私はカップを彼に手渡して、自分の動揺が気づかれないように椅子に座った。
―― 凍えるような寒さの中、こんな森の奥まで来たということは、それなりの理由があるということだもの。
私はさりげなさを装いながら生姜入りの茉莉花茶を口に運ぶ。ふわっと甘い茉莉花の香りが鼻をくすぐる。大好きな香りに後押しされて、私はにっこりと笑った。
―― でも、きっと大丈夫。最悪の展開にはならないはず……。
彼は私から視線を外して部屋の中を見渡した。薬草が所狭しと釣り下がっているのは素通りした。でも、ごちゃごちゃっと箱の中にしまわれている鏡や天球儀のところで、一瞬視線が止まる。
「……、お前が、
さっきとは違う少し緊張した探るような声。頭の上の耳が小さく震えている。私は、黙って小さくかぶりをふった。
――
「そうか。違うのか……」
彼はそう言うと、安心したようなでも困っているような複雑な顔をして、生姜入りの
「花茶か。悪くない。口の中でわずかにぴりっとするのは……生姜だな。さっきのお茶漬けもそうだったが、体が温まるし気持ちが落ち着く」
口から出ている牙を動かしてふうっとため息をついた。
「……、
そこまで言うと、彼はぎゅっと顔をしかめて言葉を飲み込んだ。そして、何かを打ち消すかのように大きくかぶりをふると、私の方を見て笑おうと目を細めた。
「そうだった……。助けてくれた礼をまだ言っていなかったな」
彼は静かに持っていたコップを置くと、右手を胸にあてて頭を下げた。
「お前のおかげで命拾いをした。礼を言う」
「えっ……、あっ……、あ、ど、どういたしまして」
獣人らしからぬ態度に、私も手に持っていたコップを落としそうになってわたわたとする。そんな私を見て、ぶふっと豪快に笑うと彼は立ち上がった。
「ふむ。さて、帰るとするか」
「え? 帰る??」
「ああ。獣人と二人きりで過ごしたなどと知られたら困る御仁がいるからな」
「え? えぇ?」
―― 話の展開が見えないんですけど?
「今俺が座っている椅子もこのコップも誰かのものだ」
「?」
―― 確かにお師匠様のものを使ったけど、でも……。
「命の恩人にあらぬ疑いがかかってもかなわんからな。もう、十分に温まった。これ以上の長居は不要だ」
「でも、もう外は真っ暗だよ」
「まあ、なんとかなるだろ。鼻はいいからな」
そういうと、彼は扉のところに歩いて行った。
「でも、寒いから、せめて、これでも使って……」
私はあわてて、引出しからマフラーを出した。もう着れなくなった服を裂いて色を染めて作っておいたものだ。
「……これは?」
差し出された唐紅色のマフラーを見て、彼の目が一瞬泳いだ。
―― 確かに裂き布で作ったからボロっとしてるけどさ。そんな拒絶しなくても……。
「マ……、あ、襟巻よ。襟巻。首を温かくしていれば、少しは寒さをしのげるわ。たくさん作ったからあげるわ」
もう一度、ぐっと彼の方にマフラーを差し出した。彼も断る理由もなくなったのか、今度は手に取り、首に巻いた。首回りも人間よりも大きいから、ぐるっと巻きつける長さは足りなくて、少し長めの手ぬぐいを肩からかけているだけみたいになったけど……。
「そうか。それでは遠慮なくいただこう。世話になったな」
そう言って、彼は真っ暗な外へ出て行ってしまった。
◇◇
私は、もう一杯茉莉花茶を入れて飲む。今度は生姜なしで。
―― あの猪の獣人さん、お師匠様に会いに来たんだ。名前を名乗って伝言くらいおいていけばよかったのに……。この部屋、どう見たって、
つらつらと考えていると、さっきまであんなにキラキラしていた世界が光を失っていっていく。友達と遊びに行ったあと、一人家に帰ると押し寄せてくる何とも言えないさみしさみたいな気持ちが私を襲う。獣人さんの豪快な笑い声、鼻息、モフっとした毛並み、りっぱな牙、漆黒の服。そういうのって、お茶漬けを作るたびに思い出すんだろうなぁ……。
………… また独りぼっち。仕方ないことだけど、さみしいなぁ……。
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