「真白き林檎の花の都」では 2
《今年の『黄金の木の実の祭』も賑やかに終わりました。陽は日々短くなり、木々が色を変えて、が深まってきています。花陸の南側でもひんやりしてきたのですから、》
サクレやテュレ、を消して、
《そちらは、ずいぶん涼しくなっているのではありませんか? 冬支度ももう始まりますね。遅くなってしまいましたが、この機会に、お礼を述べさせてください。東ラジェからのお土産ありがとうございました。》
あなたにとっては、とても懐かしい街であると存じます。また、そちらに住まわれていたご家族をあの当時もとても案じていらっしゃいましたから、再会なさって、また移住を承諾してくださったと聞き安堵しました。もう、『暁』に馴染まれたでしょうか。移転したお店にも行ってみたいです…、は、ばっさり止めて、
《南の花陸の色とりどりの糸や、ビーズ、とても嬉しかったです。今までにない図柄ができて刺繍か捗ります。拙いできですが、手巾を同封しましたので、学習の成果と思ってお納めください。
わたくしは、》
お納めください、の後に、お兄様にも機会を見つけて送るつもりですと入れた。
《『
『黄金の…』から後ろは、削除だ。『暁」など、絶対書いてはいけない。
《とても博識で、お母さまの血族が砂鈴の巫女筋とのことで、おそらく
知らず、筆圧を込めて書いていた。
《わたくしには、そんな夢は訪れず、元気で過ごしています。お心遣いに感謝申し上げます。お忙しい毎日を送られていることと思いますが、どうぞご自愛ください。》
清書を終えた手紙は下書きより随分と短くなった。下書きは念のため、燐寸で火を点けて、暖炉に置いてすっかり灰になったことを確認する。それから、封蝋を落とした封書を鞄にしまった。宛名はいらない。
「シェール、どうしたの?」
まだ出かけない。まずは隣室の同級生を訪ねた。
「私、今日はお休みするわ。少し頭痛がするの。そのせいか少し吐き気もしていて、朝ごはんはやめておくわ。少しだけ部屋でゆっくりすれば、お昼には登校できると思うから、寮母さんや先生に伝えてくださる?」
ここ三年、ずる休みをしたことはない。いざというときに大事なのは信用だから、いつかのために積み重ねておけ、とは彼の言。
伝言を聞いた寮母が、水とパン粥を持って様子を見に来たが、寝台から受け答えすると、ほぼすぐに「ゆっくりお休みなさい」と去っていった。お腹は空いていたけれど、一口だけ食べて、冷めて固くなった頃合いで廊下に出した。少しして下膳する気配と、室内の気配を窺う気配がして、登校後の寮内はすっかり静まり返った。
共用部の清掃が入るまで、わずかの時間がある。抜け出す
学園に続く三叉路を、右ではなく左に。小さな水路沿いの小道を抜けて、ガゼダの大木を中心とした公園の裏手に出る。その向こうの数本の小路には学生向けのお店が軒を並べている。休日や放課後に、ちょっとしたそぞろ歩きを楽しむことも多いエリアだ。
平日の午前中で、服飾や雑貨の店の開店はまだだが、各種の食堂や
『
体調不良を装って、ごく少量の粥だけの朝食だったから、仕込みのいい匂いはきつい。本当に気持ち悪くなりそうで、手近なワゴンからパンと果実水を買った。手提げ袋を提げて、通りの端まで抜けると、正面が天院だ。《シンラの門》の
とりあえず腹ごしらえをしようと、外縁のベンチに場所を決めた。
おおよその時間と場所は、旅人から受け取った。
君たちと同じ年頃の娘への土産物を探している、と話しかけてきたのは、見かけは父親世代でも、実際は彼女の後見人たちと
ありがとう、よければ皆で食べてくれ、と、がさっと袋ごと渡されたのは、商店街で最近人気の、色とりどりの紙で個包装された
自室に戻って、袋を取り出した。ゆっくり、指を滑らす。特に厚くなっているところはない。では、と丁度部屋にあった同店の袋と見比べて、模様に目を凝らしたが変異は認められなかった。これしかない、と直感したけれど、違ったろうか。ただ、様子を見に来ただけ? …なら接触はしないはず。と、暫く袋を睨んで考え、そして、袋を切って、裏返した。
----走り書きされた、日にちと時間。
そして。
「変わったことはなかったか。」
と、
用心深い、というか、徹底しているというか。
戦役で祖父と母を亡くし、父は行方不明。親戚に預けられたが、そこには居づらいということで《『
家族との折り合いで、入学してくる学生は珍しくなく、深く詮索されることはない。帰省せず、実家とのやり取りを最小限にする裏付けだけで、完璧だ。
学費と寮費の納入は滞ることなく、月々の小遣いも手形がきちんと振り込まれる。だが、個人的な荷物は、というと、夏休暇と新年休暇の前に、それぞれ、夏至と冬至の伝承歌のカードが送られるだけ。----なのに、今年の夏は小さな箱が届いた。色鮮やかなビーズをぎっしり詰めた小袋と、これまたあまり見かけない色合いの刺繍糸がたくさん。そして、その中に小さく折りたたまれた手紙。
ラジェで買い入れた
彼が、自分が決めたことを破ったことに戸惑ったが、個人的な気持ちが窺える届け物は、自分でもびっくりするほど心に染みた。
忘れられているわけはないと信じても、2年なんの
二度目の
おいしそうだ、と思ったパンだったのに、味は殆ど覚えていない。物思いから返った時には無意識に外装の紙を畳んでいたし、果実水も半分飲み干していた。ふ、と吐息を吐き出した時、背後に影が差した。
首を巡らして、固まった。ぽかん、と目と口が開いてしまう。
強面な、彼の部下が来る、と疑いなく思っていた、のに。
「----やあ、…チシャ。」
彼の、困ったような表情は、珍しい。
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