「冥府の渡し守亭」にて 9

  「西側はレイドリック、東は----アリクレスタ王弟殿下にお願いしましょう。」

「はい?  おれは?」

「お前は護衛けいび。」

 リトラッドは残念だ、とばかりの顔をしたが、素直にガイツの傍に下がっていった。王弟は及び腰だったが、威信を気にしたらしい。指示された位置に付く。

 その際、青年が何事か言って、王弟がはっきり顔を歪めて、忌々し気に外野こちらを睨んだのは、なにかあったのか。

「…石を使うのか?」

 青年が掌で転がした石を、レイドリックと王弟に渡すのを見とがめたガイツが不思議そうに言う。

「レイドリックは、高め部類らしいです。王弟というんだから結構お持ちかもしれないですけれど----吹っ飛ばされる可能性の方が高いンじゃないすかね~。」

 周囲に引いた傭兵や騎士団は、野次馬交通の整理と準備中にも湧いてくる界獣の対応に当たっている。なかなか物騒な説明をした元傭兵(今は恐らく『暁』の騎士)に、お前はいいのか、と目を向けると、

「護衛なんで。」

といい笑顔が返ってきた。つまり、ガイツ専用ということらしい。

「しかし、まさかなあ、あの子が・・・なあ?」

 感謝と尊敬を捧げていた公爵本人だとは、物語の展開なら奇想天外すぎで没ではないか。

「それはおれも思いましたよ----。」

 それは心のこもった同意の台詞で応じながら、リドラッドは事前に受け取っている石を柄に填め込む。保険だ。

 深い森の奥の古い古い樹を見上げた時のような、霧が一気に晴れた嶺を見下ろした時のような、暁の一閃を浴びた時のような。

 問答無用で心が引っ張られる、高揚と畏怖感。

 青年の左右の掌に、朱と漆黒のがそれぞれ揺れた。レイドリックの手元は蒼、王弟は白。

 小さな蝋燭のよう、と思ったのは一瞬。ぶわりと縦に伸び上がり、紐を編むように絡み合う。

 青年は朱金に輝く抜き身の剣を手にしていた。いつ抜いたのだろう。いや、腰の剣には柄頭がある。

 ----あれが。

 シンラによって鍛えられた神剣を、四つに割かち、『遠海』の四方公爵家が、代々その身で護ってきたと謂う。

 神話の中に仕舞われたはずの、一振り。

「なるほどねぇ、分かりやすく、か。」

 一人だけ醒めた目で、その神秘的な様を見遣っていたリドラッドは、真っただ中で、同じ目をしている同輩に気づいて、手をひらひらさせてみた。警戒していろ、と睨まれたが、分かってしまった。

 あえて、視覚的に目立つようにしている。

 素人を巻き込み、妙なアイテムを渡す。綺石を用いた封じはだが、アレは手持ち花火みたいなだ。

 そのココロは。

 護衛中の店主に視線を流す。今回の東ラジェ訪問の目的は、男と義姉カルム(いまは義母か?)の身柄の確保だ。

 戦時中は二つの名を使い分け、いまは本名を押し出して、義家族つながりを隠し通してきたが、とうとう『夏野』が動きそうだ、とラジェ公邸の諜報部が報せてきた。四方公爵の、明確な弱みを他国に置いておくわけにはいかない。だが、彼らは傭兵身分ではなく東ラジェの住民である。『夏野』の旅券がなければ出国できない。「搔っ攫う不法出国」計画も立案しているが、マークした相手が消えれば間違いなく探ってくるし、そも、お尋ね者にしてしまうわけだ。先々の両国関係、二人の人生を狭める選択は避けたい。穏便に国籍の移動を交渉する予定だった。----が、早々に王弟がしゃしゃり出てきたわけで、『夏野』が彼らを交渉に利用するつもりでいたことが、した。

 この事態借りを徹底的に利用する、とらしい。

 呼び水は、先の失踪時間だろうが、知る由もなく、知らせる義理もない。

「ほンと、どこ計算なンだか。」

 界落は、青年が立ち会ってコントロールしているからこそ、あっさり片付こうとしているが、青年なしだったら災害が引き起こされていた可能性は低くはない。

 青年の手を取ったのは、『夏野』だ。悪魔の誘いに、誘われるのも、気づかないのも、悪い。

  剣が上がる。刀身に四色の光が絡めとられて、鮮やかに、視界に焼き付く。

 一度水平に戻した剣を、青年は上方へ勢いよく振り抜いた。

 一際の明度を放って、あたりは夜闇の静謐を取り戻す。青年の手に、剣はもうない。

 そして。

 歓声と歓呼の声が、周囲をいっぱいに満たした。

 ラジェを救ったという事実が刻まれて。まさに神話のごとき、語り継がれる一幕を主演は、謙虚な笑みを浮かべている。


 

 

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