「翠炎城」より 8



 とんでもなく重厚な雰囲気つくりの廊下に突入していた。

 彼らが通されていた部屋のあたりは、超高級な宿か小貴族の館風だったが、はガイツの言葉では、の場所、としか言い表せないところだ。

深奥であっても、空気は波立っており、その一際立派な扉は開放され、忙しく人が出入りしていた。

「大公閣下に取り次いでもらいたい。」

 扉の両脇に控える衛兵の槍が届く、ちょっとだけ外側で青年は侍従を一人呼び止めた。

ちなみにここまで、相当な数の使用人やら守備団やらとすれ違っているが、青年の、「ご苦労」とばかりの目線と頷きで、いっさい問いただされなかった…が、さすがに直接の行動アクションを起せば警戒の視線が幾つも刺さってくる。

「----失礼ながら、どちらのお方でございましたでしょうか?」

 言葉がそれでも丁寧なのは、青年の説明になら、見る目を叩き込まれている、から…らしい。

「…お前の演技が堂に入っている、と言いたいのか?」

「----護衛するのと、される側では、動きのテンポが違うだろ?」

「つまり…お前は護衛される側の動きをして、使用人の目を誤魔化しているということか?」

「ものすごく端的にいうなら。」

 後からの知識で補足するならば、庶民が貴族を見てそれと気づくように(逆も然り)、貴族同士でも、目にみえる、そうだ。

「私たちはデューンどのに招かれてこちらに参っていた。」

 正しくは連行されて、かも知れない。

「ご心労をおかけしております。----只今安全な場所へご案内するよう、人を参らせますので、」

 苦情を言いに来たと思ったようだ。目くばせで守備兵を呼び寄せようとした侍従に、青年は上着の隠しから取り出した、銀色のぼたんのようなそれを突き出した。

 反射的に掌を出し、そこに落とされた指輪に目を落とし、数瞬後、あきらかに硬直した。

「取次ぎをお願いする。」

「か、かしこまりましたっ。あの、御名を、」

「我らは《影彷》だ。」

「は? はい?」

 指輪、そう、印章だ。成人した貴族が所持する、家名を明かす身分証である。直系層だと儀礼的な装飾だが、家を継がない次男以下では大事な保証よすがであり、最後の手段手づるになる。成人以前に家を出た青年は有していなかったが…?

 それを問う間もやはりなく、すぐに侍従は戻ってきた。

 印章はやたら恭しげな台に載っていた。差し出され,青年は苦笑を頬に貼り付けた。再び隠しに押し込んだその瞬間,断続的に続いていた攻城機による振動が、ひときわ激しく空間を揺らした。距離があっても、くっきりと伝わってくる歓声と悲鳴が入り混じった怒号。

「----破られたな。」

「早すぎるだろう!?」

「普通の攻城機じゃない。神魔の異能だ。かなりの無茶が通る。」

 戦役の中、青年は界魔と渡り合うことがあったのだろう。説得力しかない。

「---あちらは数千規模の部隊だ。数百の守備隊ではどうにもならない。報せすらまだ走らせていない現状、鏡湖騎士団は勿論、街道砦からの応援も考えられない。」

 青年は左胸に右掌をあてた。開け放たれた扉から出てきた老人に、立礼を施した。

 古めかしい、けれどなんとも美しい所作だった。

「----どうぞ、避難のご決断を。」

 


 

 

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