「翠炎城」より 6
サクレの領城は「翠炎城」といつの頃からか呼ばれている。
川面から上る早春の靄が風に上昇し、背後に背負う蒼牙山脈の新緑と入りまじり、まるで炎に包まれたさまに見えると謂う。
ガイツは息をゆっくりと吐いて、もう一度眼下を見据えた。歯が鳴りそうなのは寒さではない。
認めがたい。だが、頑としてそこにある。
見下ろした川面----岩の形状からおそらくは淵であり早瀬が渦巻くはずの----は黒く固まっていた。真夜中に近い、月も星もない暗闇で何故見えるのか。それは、その上を松明を手にした人影がわらわらと蠢いているからだ。
そこは、凍り付いた川面だ。
楽しみ、心躍らせた
「厳寒期でも決して凍らぬ川面が、その夜かたくかたく凍り付き、『凪原』の兵を『遠海』へと渡した。」
そうして、サクレは
どうやって、サクレは
攻城する、とはどういうことか。
旅商団の護衛にすぎぬ傭兵では、ピンとは来ない。城壁を越えて、郭内に侵入するその難しさ。
数、だけではない----川面だった部分に在る、その大きなかげ。
身を潜めることを失念し、状況を見ることにすべてを持っていかれていたガイツは傍らに影がさして、はっと振り向いた。
青年は、予備動作もなく、大きな袋(だと思った)を城壁の下に投げ棄てたのだ。柔らかいものだったのか、へしゃげるような重い音が闇の中から微かに聞き取れた。
「----なんだ?」
「気にするな。」
「いや、気になるだろう!?」
「そうか、」
生返事というのか、川面のソレを見ていた。
「----間に合ったか、」
蝶の死骸に群がる蟻のようだった。凪原兵が、ソレに取りついて向きを変え始めた----こちらへと。
「アレは…なんだ?」
「攻城機だ。」
「アレがか!」
なるほど、ああいうモノで、城壁を壊すのか、と目を瞠る。
投石と破壊槌が一体となった型だ、と青年は説明した。
重量も大きさも半端ないから、籠城戦時に、材料を現場に持ち込んでその場で作る。複数台を並べて使用するものだが、いま、眼下に確認できるのは一台だ。それでも、まったくの想定外だから、東側には迎撃設備はなく、十分な脅威といえる。
「想定外、とは言っては駄目なんだが、----よもやもすぎるな。そもそも、アレは氷
投げやりに、皮肉げに青年は明かす。
「氷!? 」
「天候を変え、川を凍らせている大技中だから、流石に一機だけだが、」
投石は、巨大な匙の上に岩石を乗せて射出する。攻城機の周辺にはそんな影は見えないが、これから運び込むのだろうか。青年の説明を聞きながら、窺っているうちに、匙の部分にみるみる球体が膨らんでいく。
「氷だな、
興味なさそうに言いながら、青年は自らの右の掌を見つめて----舌打ちした。
「なんだ?」
「いや、壊せないかなあ…と思ったんだか、」
みえた訳ではないが、何か重い空気がその時、青年の左腕に纏わりついた気がしたのだ。
「
何かを計算しているが、勝算には結びつけられなかったらしい。舌打ちして、再た攻城機を睨んだ。
発射角度の調整を始めている。
「…で、なんてこっちに照準向けてるんだ? 中央棟は向こう…だろ?」
ここは城壁の端にあたるうえ、カーヴしているから、特に堅い造りになっている。例え穴を空けても、深部への侵攻に時間がかかる----からか?
「目印がこの下にあるからだろう。」
しれっと青年は言った。
「…さっきのか、」
肩を竦める。肯定だ。先の「火鼠」とのやりとりで、東云々、と
「離れよう。」
上がってきた階段を指して、青年は言った。照準が向いたことで、守備兵も中央部分からこちらへの移動を始めたようだった。
「侵入への時間稼ぎは叶った。俺たちがこの街を無事に離れる算段に移ろう。」
淡々と次の手順を語る。
ガイツを先行させた後、もう一度城壁の向こうに視線を飛ばした青年は、再た左の掌を見つめた。
「----所詮なぞるしかないのなら、何故ッ…?」
風に乗ってガイツに届いた、悔し気な呟きこそが、青年の
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