「白き雌狼」亭から 6

「俺は、自分を傭兵だと思ってますが?」

「士官、いや、将官クラスだな。」

 男は断じた。

「いのちをたくさん喰らっているな。ああ、勿論自分で切り殺しただけじゃなく、いのちの上に自分が在ることを知っている----矛盾するのは、いのちを喰らいつくすような戦役は、義父どのの現役時代ならいざ知らず、今この花陸では随分起きていないということなのだが・・・。」

 つい数年前、大陸は血臭に満ちていた----が、ここは余程の辺境はずれか?

いや、随分、という言葉の範囲には個人差が?

「なににせよ、義父どのと似ている。」

「それは畏れ多い。」

 これは本当に絶句する面持ちで青年は返した。ということは、青年は男がだれなのか判っているということだ。卓の下で青年の膝を叩いて「教えろ」と睨んでみたが、小さく首を振られた。そんな余裕はないということらしい。

「あとは----妙に懐かしい気配がするんだよな…・君は本当にわたしを知らないのか?」

経つのに、未だに王都セテグで語り草となる伝説の優勝者だろう?」

「そっちか!? 昔の話だ。若気の至りだな。」

 男は立ち上がり、再び移動を促した。

「宿泊先を我が家にしてもらうだけだ。古いが、でかさと頑丈さは折り紙つきだから、窮屈な思いはさせない。傭兵ふたりという職業届には疑問があるが、悪い感じはしない。何ごともなく明日になれば、予定通り旅立ってもらってまったく構わない。」

 街の重要人物らしい男にこう言われては、今夜泊めてくれる宿はないと判断せざるを得ない。もう言に従うよりなく、二人は席を立った。今日は立て続けに事が起きすぎる。いったいどこにたどり着くというのか。

「落ち着きたいだろうが、もう少し耐えてくれ。」

 を手にするガイツに申し訳なさそうに言う。

「数日前から、対岸が何やら騒がしい。渡れる筈はないし、そこでこれみよがしな演習をして、こちらの気を逆撫でたいだけだろうと判断してはいるが…。そこにあなたたちだからな、少し警戒させてくれ。」

 ガイツが歩きやすいように、他の客に道を空けてくれるように頼みながら先導する男は、最後を歩んでくる青年に目を留めると、軽く目を瞠って、

「----わざとか? 誘っているのか? 興味津々にして、不審を抱かせたいのか? 」

 ガイツには、青年のなにが男に刺さっているのか分からない。

、会うか?」

「お断りする。」

 あまりにきっぱりとしているから、男は目をぱちくりとさせてしまう。

「義父どのに会わせてくれ、という懇願はよくされるのだが。」

「一介の傭兵が欲しがる顔つなぎや便宜には、高等すぎますから。」

「…一介ねぇ、」

「泊まるだけでいいのでしょう?」

 踏み込むな、と、ここに至っても突っぱねる胆力に、呆れたように感心したように、了解と応えが返った。

 刻はすっかり夜に移り変わって、窓辺の光を反射して、白い破片がちらちらと空から舞い始めていた。

「いくら何でも早すぎだろ、今年。」

 ぼやいた男は、思っていたよりもたくさん待ち構えていた随行の一団に向かっていく。自分たちを連れていく打合せに、男が離れた一瞬を捉えて青年が口早に囁いてきた。

「この先言葉が出てきても、騒ぐな慌てるな。俺が説明するから、決して。」

「わたしは先に戻るが、…何かリクエストはあるか?」

「着替えを買っていきたい。荷物は預けっぱなしで、この通りの身一つだ。まだ開いている古着屋があれば途中寄らせてくれ。」

 「分かった。そのように。」

 男が軽く頷き、立ち去りかけて、また振り返った。

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。わたしはデューン。サクレのデューンだ。」

「サクレ?」

 店にいたはずが突然野外に移っていたのだから、異常事態に距離も今更かも知れないが、は花陸の南部中央に位置する東ラジェの高台から、晴れた日にかすかに見える蒼牙山脈の麓だ。葡萄酒の名産地として知られる。火矢川を挟んで『凪原』と接していた国境の街だったため、開戦時に奇襲を受けた激戦地の一つ。かなり街は破壊されたと聞くが、こんなに復興したのか。

 領主は『遠海』の東宮だが、成人前だから朱玄公爵が代行しているはずだ。

「----サクレ?」

 驚き《きづき》は波状攻撃のようである。

 領地の名前を冠して名乗るということは、領主一族であるということだ。

「ご無礼仕った。たいへん高名なご領主殿のお身内とは存じ上げず。」

 木の枝の杖をついているから、いまいち決まらないが、丁寧に礼を施した。

「こちらこそ、名乗りもせず。わたしはガイツ・イセロと申す。」

「あまり恐縮されては困る。わたしは、彼の血縁ではないし、ただの平民だ。」

 男は今度こそ馬上の人になった。出立、と声がかかり、案内役の隊士二人を残し、一団は見事な統制で駆け去って行った。

「だれが、ただの平民…」

 引き攣った呟き。互いを棚上げしてないかと思ったが、ひとつまた

「つまり、我が家というのは領主館のことか?」

「ここの場合、・・・城だ。」

「・・・ご領主さまは在館かな?」

 うっとりと呟いたガイツに、青年は長く白い息を吐き出した。




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